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変態超能力をプレゼントDX  作者: ヒィッツカラルド
33/61

33・怪異の願望発言

怪奇な風景。黒雲の水溜り。中に何か潜んでいる。蠢いている。包帯の巻かれた腕が伸び出て地面を掻きむしっていた。細指の爪を立ててガリガリと――。


肘まで浮上した腕が倒れるようにコンクリートの床を掴むと、黒雲の水たまりから体を引きずり出す。頭部だろと思える黒い髪が見えはじめる。それは、まるでプールから這出てくるかのように漆黒の煙内から出てこようとしていた。


「な、なんだあれは……。ミイラか……」


直ぐに顔まで見えた。薄汚れたポロボロの包帯を、腕と同じように顔にも巻いていた。


前に出ていた三日月堂が後退りながら異能者会メンバーの列に戻る。そして小さな声で指示する。


「花巻さん、焼く準備を……」


「わかっているぜ……」


包帯を巻いた奇怪なものは、這いつくばりながらも全身を漆黒の煙から引きずり出す。そしてフラフラと立ち上がる。


猫背でダラリとした姿勢のせいで大まかな身長しか分からないが、おそらくは150センチ半ばぐらいだろう。細くて小柄だ。子供のサイズである。


全身を薄汚れた包帯で覆っているが、所々の隙間から肌が見えていた。その肌が死人のような紫色なのだ。


長い黒髪も包帯の隙間から出ている。その長髪には生気と艶がまったくない。カサカサでボサボサである。


両目は包帯で隠されていたが、口は露出していた。だが、上下共に唇がなく、黄色い前歯が不気味に見えていた。その奥で赤い舌が別の生き物のように蠢いている。


あまり大きくない体躯。ガリガリに痩せているため、性別は体格から判断できなかった。


どの角度から見てもホラー全開の風貌。死者そのものだ。


その化け物は、皆に見守られながら天井を向くと、奇怪な声色で言葉を紡ぐ。


『僕の唇は兄さんのためのものなのに……。僕の体も、心も、すべてがすべて愛おしい兄さんに捧げるべきものだったのに……』


「なにを言ってるんだ?」


「さあ……。わけがわかりません……」


花巻の質問に三日月堂が答えられなかったように、この化け物が何を語っているのか説明できる者はいなかった。


否――。


一人いる。


『僕が兄さんを一番愛していたんだ。僕のほうが兄さんと長く一緒にいたのに。何故なんだ……。あいつさえいなければ……。すべては僕の憧れのままに……。理想のままに……』


「そんな、嘘だ……。あり得ない……」


天井のほうを向きながら語り続ける化け物とは別に千葉寺カヲルが呟いた。全身が驚愕に震えている。


『僕のほうが、あいつよりも兄さんを理解している。愛している。でも、あいつを兄さんは選んだ……。認めたくないよ。認めたくないよ……』


「嘘だ……。こいつは……」


龍一がチラリと千葉寺カヲルを見た。何故に動転しているのかがわからない。


『兄さんが僕の側を離れて行く……。嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だ。僕のすべては兄さんなんだ。兄さんがいなくなるなら僕が兄さんになる。そうすれば僕はいつでも兄さんと一緒だ。僕が兄さんになる』


更に化け物の言葉が意味不明な内容に変わっていった。支離滅裂である。


「嘘だ!」


千葉寺カヲルが一際大きな声で怒鳴った。まるで化け物の台詞を否定するかのようにだ。


化け物の顔が千葉寺カヲルの方向を見る。


『嘘なもんか。僕は兄さんのように強くなった。大きくなった。マッチョになった。ジャイアントスパイダーズのリーダーにもなった。兄さんと同じだ。僕は兄さんと同じ人生を体感している。同じ道を歩んでいる。ただ違うのは、僕は愛さない。好きにならない。あんな奴を好きにならない。僕は兄さんになった僕を愛する。だから邪魔はしないでよ……』


三日月堂が結論に達した。


「あれは、千葉寺君の分身。おそらくはリュウジ君の超能力だ……」


「これが僕の超能力……」


そこまでは龍一も何となく理解できた。だが、細かい所まで理解しきれない。この状況を作り出して何になる。自分の超能力に複数の疑問が発生していた。


『邪魔をしないでよ。僕は僕を愛する兄さんになったんだ。だから兄さんも僕を愛する兄さんになってもらうよ。そのためにはあいつが邪魔だ。すべてはあいつが悪い。あいつに消えてもらいたい。いいや、今の僕にはあいつを消すだけのパワーがある』


言いながら化け物の体が膨らんでいった。筋肉が盛り上がり身長が伸びる。ものの五秒程度でガリガリのミイラは筋肉マッチョマンの巨漢に変貌する。


「骨格肉体変化か!」


「そんな……嘘だ……。その能力は僕だけのユニークなのに……」


『何が陰のスケ番だ。ヤンキーの総帥だ。素度夢町の虎子だ。あの女がいなければ、兄さんは僕の側にいてくれたのに……』


「え、虎子って……」


巨大化した化け物が語る名前に龍一が驚く。


虎子――。


いそうでいない珍しい名前。それは龍一の姉の名前だ。なおさら思考回路がこんがらがる。


「なんで、ねーちゃんのことを……」


幾つかのキーワードが示していた。ここで語られた虎子とは龍一の姉に違いない。陰のスケ番やら素度夢町の虎子とは、姉の学生時代の通り名だ。


月美も疑問に思い口走る。


「なんで虎ね~ちゃんの名前が出てくるの?」


「姉ちゃん?」


未だに羽交い締めを解いていない平山が月美に訊くと、彼女は素直に答えた。


「うん、龍~ちゃんの姉さんよ。虎子さんって……」


「ちょっとまてよ。それって……」


驚いているのは平山だけでない。大宮とスキンヘッドも硬直していた。


「虎ね~ちゃんは、龍~ちゃんの姉で、昔は素度夢町の虎子って呼ばれていたはずよ。バリバリのヤンキーで、ケンカも強くて、カリスマスケ番だったて聞いたわ」


「あっ!」


平山が何かを思い出したようだ。月美を羽交い絞めにしたまま今度は千葉寺カヲルに訊く。


「カヲル……。虎子さんの苗字って知ってるか?」


「し、知らない。虎子さんって、苗字で呼ばれるの嫌いだったから……」


大宮も知らないと目で語る。スキンヘッドに関しては合ったこともないらしい。


平山がじらすように言った。


「確か……、マンドコロだったよな……」


「平山……。マンドコロって、そいつだろ……」


大宮が龍一を指差す。ここに連れてくる前にフルネームを聞いた。まだ覚えている。


「虎子さんも……、マンドコロって苗字だったはず……」


千葉寺カヲル、大宮、平山、それにスキンヘッドの四人が龍一を凝視する。


「政所虎子は、僕の姉です……」


「「「「えーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」」」」


四人が絶叫した。仰天の真実に顎が外れそうである。


「こいつ、虎子さんの弟か!」


「嘘だろ。嘘と言ってくれ!」


「おそらく僕の姉は、皆さんが存じている女性と同一人物だと思われるわけで……」


平山が叫ぶ。


「落ち着け、皆。先ずは落ち着こう!」


そう叫んでいる平山は、まだ月美を羽交い絞めにしていた。錯乱は続いている。


動揺全開でおたおたする四人。そんな中、突然に化け物が龍一のほうを向いた。包帯で両目が隠れていたが、視線が合ったような気がした。嫌な予感が龍一の背筋を凍らせる。


『こいつがあいつの弟……。僕から兄さんを奪って行ったあいつの弟……』


「何故だろう……。ピンチの感覚が二倍に増えたような気がする……」


気のせいでないだろう。千葉寺カヲルと化け物が、二人並んで龍一のほうを見ている。


憎悪のようなものを大量に感じた。化け物がやや前。千葉寺カヲルが化け物の右やや後ろに立っていた。


千葉寺カヲルの視線は、化け物と龍一を同時に見ているようだ。まだ困惑が見て取れる。


龍一の左拳がゆっくり上がる。左半身だけが防御姿勢を取った。


『あいつの弟……。僕から兄さんを奪った、あいつの弟……。僕が、僕が、僕が幸せになるためには、まず……』


化け物の台詞には、憎悪がこもっているのがありありしていた。


ぬぅ、と化け物が前に出た。


来る――。


龍一がそう思った瞬間、千葉寺カヲルが化け物の右肩を掴んで止めた。


『ぁあ?』


化け物が振り返ると千葉寺カヲルがテレホンパンチを振り上げていた。


「僕はお前なんか、認めない!」


振られる剛腕。拳が化け物の頬を抉った。右顔半分が剛拳一打に吹き飛ぶ。黒い霧が肉片のように舞った。


『があぁぁぁあああ!』


化け物の片膝が崩れ落ちて地に着く。


「僕は認めない。お前の言葉なんか認めない」


千葉寺カヲルが鬼の形相で怒鳴り散らす。


「僕は兄さんへの思いを乗り越えたんだ。僕は兄さんのように強くなることで、兄さんへの想いを断ち切ったんだ!」


叫びながらも涙ぐんでいる。


「僕は、兄さんに幸せになってもらいたい。だから諦めたんだ。お前の言葉なんて嘘っぱちだ。嘘なんだ!」


『ぐぅぁぁぁあああ!』


化け物が叫びながら立ち上がる。そこに千葉寺カヲルのチョップが落ちて切り裂く。脳天から真っ二つになる化け物。二つに割れた化け物の体が黒い霧となって消えて行く。


「見た目より、弱いな……」


平山がポツリと言った。拍子抜けしている。でも、まだ、平山は月美を羽交い絞めにしていた。





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