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変態超能力をプレゼントDX  作者: ヒィッツカラルド
32/61

32・ファーストキスの行方は怪異のままに

龍一の絶叫が廃工場内に響き渡る。


「うわぁーーーーー!!」


「きゃぁーーーーー!!」


ファーストキスを奪われたと千葉寺カヲルが嘆きながら叫声を上げていた。


二人の顔が真っ赤に染まる。


耳や鼻の穴から蒸気を噴出しそうなぐらいに取り乱していた。


絶叫の後に膝から崩れた千葉寺カヲルが両手を地面に付いた。


瞼を全開まで見開いた状態でブツブツと呟く。


そこには絶望の色が有り有りと窺えた。


「僕の貴重なファーストキスが……」


絶望に沈む千葉寺カヲルに比べて龍一は最初こそ大声を上げて驚いていたが直ぐに冷静を取り戻しつつあった。


龍一は、これがファーストキスでないからである。


キスの経験があるのだ。


しかし相手は月美ではなかった。


それはまだ龍一が小学校に上がる前のことである。


姉の虎子が龍一のファーストキスを奪ったのだ。


だが、虎子本人の唇で奪った訳でない。


ある日突然に姉が一人の男の子を家に連れてきた。


なんでも同じクラスの男子らしい。


今でも覚えている。


その男子生徒の風貌を――。


背丈は当時の姉よりやや大きかった。


小学生なのに凛とした顔付きに運動神経の良さそうな体格をしていた。


今思い出してみると体育会系として将来有望そうな男子であった。


その男子に龍一はファーストキスを強引に奪われたのだ。


当時は泣くほどショックだった。


男子とキスをしたのだ。当然だろう。


このことは誰にも言ってない。月美にもだ。言えるわけがない。


その男子と姉との三人の秘密である。


事件の経緯は、こうである。


龍一が姉に後ろから羽交い絞めにされると躊躇う男子の唇が近づいて来た。


姉の命令だったらしい。


後で理由を龍一も聞かされた。


なんでも彼は姉と勝負をしたらしい。


互いの唇を掛けてだ。


どんな勝負を行ったかまでは知らない。


その男子が勝てば姉とキスできる。


姉が勝ったらその男子は龍一とキスする。


完全に龍一は、とばっちりである。


でも、その男子は姉が好きだったらしい。


そして勝ったのは姉の虎子。


龍一は、その時にファーストキスを奪われたのだ。


悲しくも男子にだ……。


だから今回の事故も冷静に受け止められた。


ショックは小さく我慢できた。


だが、龍一や千葉寺カヲルとは別の人物が大きなショックを受けていた。


幼馴染の月美である。


寒いぐらいの殺気。


龍一が気付いた時には月美が動いていた。


「おんどりゃ~、人の幼馴染に何さらしてくれてんねん!?」


下手くそな関西弁を使う月美。


両手両膝を付いている千葉寺カヲルの横に立つ月美が静かな抑揚と共に

長い黒髪を鷲掴みにして引っ張った。


「いてて!」


長髪を乱暴に引っ張られ顔を歪める千葉寺カヲル。


月美が凍てつく程の冷たい視線で見下ろしながら片腕を振り上げた。


その手には掌に納まりきらないサイズの石が乗っている。


「どたまカチ割ったる!!」


月美の表情は本気だった。見ている全員が引く。


「おいおい、あの女。完全に行った眼しているぞ!」


大宮が大声で叫ぶ。


末代まで怨んでいる悪霊のような形相で歯茎を食いしばった月美が、躊躇いの欠片も感じさせない勢いで石を振り下ろした。


千葉寺カヲルのこめかみに石が減り込む。


「痛っ!!」


流石の千葉寺カヲルも顔をしかめた。


「やめろ、月美!」


「龍~~ちゃ~~んはぁ~~~、黙って!」


「はひぃ!」


二発目の石撃が同じこめかみを殴る。


そして迷わず三撃目へと続いた。


「おい、止めるぞ!」


流石に不味いのではと考えた大宮が仲間に声を掛けてから飛び出した。


オールバック平山とスキンヘッドが続いて飛び掛かる。


「先ず石を奪い取れ、石だよ!」


「わかった!」


「暴れるな、こらっ!」


「きぃぃーーーー!!!」


大宮、平山、それにスキンヘッドの三名が月美を押さえ込む。


平山が背後から羽交い絞めにしている間にスキンヘッドが石を取り上げた。


指示を出していた大宮は石で肩を殴られ蹲っている。


「放せゴラァ! 生皮剥がして逆さ吊りにするぞ! 生皮はお前らの包茎チン○の皮だからな!」


「畜生……。なんだよこの女……。大丈夫かカヲル?」


汚い言葉を吐き散らしながら月美が引きずられて行く。


場の混乱が収まったかに思えた。


だが、もう一人冷静を失っているものがいた。


「よくも、よくも、よくも!」


千葉寺カヲルである。


石で打たれたこめかみが赤くなっていたが、それ以上に顔が赤くなっていた。


怒りで頭に血が上っている様子だ。


「よくも僕のファーストキスを!」


どうやら怒りの矛先は額を石で殴った月美でなくファーストキスを奪った龍一に向けられているようだ。


『僕のファーストキスは――!』


まるで地の底から這出てこようとする死者の声色に聞こえた。


『僕のファーストキスは、兄さんに捧げたかったのに!』


何を言っているのだろう。


兄に?


今の台詞は全員に聞こえていた。


龍一の脳裏には近親相姦とホモの言葉が重なって浮かんでいた。


合わせて禁断のホモ兄弟なのかと眉を顰める。


だが、正面に立つ千葉寺カヲルも龍一を見て目を丸くさせていた。


その巨漢の背後からチンピラ風の男が龍一を指差して言う。


「小僧、お前さん。兄弟そろってホモなのか?」


「え?」


何を言っているのか意味が理解できない龍一。


自分には姉しか兄妹がいない。男の兄弟はいない。


近親相姦扱いされてもホモ扱いされる覚えはない。


「僕には男兄弟はいませんが?」


「でも、今、ファーストキスは兄貴にって言ったじゃんかよ?」


断じて言ってない。


「言ってないよ。言ったのは、この人……」


龍一が千葉寺カヲルを指差す。


だが、千葉寺カヲルも長い黒髪を振り乱しながら顔を左右に振った。


自分は言っていないというジェスチャーだろう。


状況が混乱していた。


「どうでもいいけどよ。お前の胸……」


大宮が龍一のほうを見ながら言った。顔が青い。


「リュウジ君、キミ……」


「あれ、なんでここに三日月堂さんが?」


「それよりキミの右胸の穴から……」


龍一が周りを見回せば大蜘蛛たちが数を減らし代わりに知らない大人たちが増えているのに今ごろ気付く。


そして三日月堂に言われるまま視線を自分の胸元に落とす。


「なんだこれ!?」


自分の右胸に穴が開いていることにも今ごろ気付いた。


自分の拳がスッポリ入りそうなサイズである。


そこから真っ黒な煙が出ていた。


「何これ!?」


周りの人間に問うが誰も答えを返してくれない。


皆が一歩二歩と後ずさる。


煙はドライアイスの冷凍スモークのように下へ下へと落ちて行く。


この漆黒の煙は空気より重いようだ。


そして足元に広がって行く。


漆黒の水たまりを作り出す。


「三日月堂さん、何これ、なんです!?」


「落ち着けリュウジ君。兎に角落ち着け!」


「あわわわ!」


落ち着いていられない。


右胸に穴が開き、真っ黒な煙が滝のように流れ出ているのだ。


冷静を気取れというのが無理だろう。


ただただ龍一は戸惑う。


『僕のファーストキスは、兄さんに捧げたかったのに! なんでこんな奴に!』


また声がした。


龍一の声でない。


千葉寺カヲルの声に特徴が良く似ていたが、声が聴こえたのは龍一の足元だった。


足元に広がる漆黒の煙から声が聴こえて来る。


「ひぃ……」


煙が溜まる床から龍一が跳ね退いた。


三日月堂が逸早く気付いた。


「リュウジ君の穴が塞がっている。煙も止まっているぞ!」


本当であった。


龍一も触って確認したが右胸の穴は塞がっていた。


穴が開いていた痕跡どころか白いYシャツにも穴は開いていなかった。


残ったのは床に広がった漆黒の煙だけである。


無風の廃工場内で、その煙が生き物のように揺れていた。


『僕のすべてを兄さんに捧げたかったのに、何故だよ、兄さん!』


声色に悲しみが篭っていた。


悲声は漆黒の煙の中から聴こえている。


漆黒の中に何かが居る。


オドオドしい何かが潜んでいる。


「何か、出てくるの……?」


月美も暴れるのを止める。


しかし後ろから羽交い絞めにする平山に問うが「知るかよ」と返される。


漆黒の中から何かが生え出た。


「手!」


人間の腕である。


薄汚れた包帯が巻かれた人の腕であった。






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