31・偶然にも集合した
十勝夏子。
少年課の刑事であり秘密結社異能者会に所属する十勝四姉妹の次女である。
年齢は二十代半ばから後半ぐらいだろう。
正確な年齢は語ろうとしない。それが大人の女というものだ。
異能者会内では創立メンバーであり優秀な功労者の一角。
そして、キーロックと呼ばれる超能力封じの超能力を有している。
パンドラ爺婆が他者にパンドラキーと呼ばれる能力で超能力を与えるのとは逆に、他者の超能力を封印してしまう超能力である。
「次の勧誘交渉は、日曜日の筈じゃあなかったでしょうか?」
敬語で問う千葉寺カヲル。女刑事に対して礼儀を正していた。
十勝夏子は豊満な胸を抱えるように腕を組んだ。
「あなたが犯罪行為に超能力を使わなければ口出ししないと約束したけど、こうも喧嘩ばかりしているようだと、超能力の悪用とみなしざるおえないわ」
「これは両者合意の果たし合い。警察の出る幕じゃないと思いますが」
「馬鹿ね……。合意でも非合意でも、未成年の喧嘩は立派な犯罪よ」
「え、そうなの?」
千葉寺カヲルが振り向き残った仲間三名に問うような眼差しを向ける。
すると大宮とスキンヘッドの二人が頷いた。
平山だけが、えっそうなのと言いたげに眼を丸くしていた。
夏子の言うことが正しい。
「あなたとの交渉は地道に時間をかける積もりだったけど、異能者同士で戦うとなるとほっとけないわ」
「異能者同士?」
「あら、気付いてなかったの。その子らもパンドラ爺婆に行き当たった異能者仲間よ」
「え!?」
驚いているのは千葉寺カヲルだけでなかった。
大宮と平山、それにスキンヘッドも驚いている。
この三人も異能者の存在を知っているようだ。
「その子ら二人も異能者なのは間違いありません」
三日月堂が言いながら廃工場内に入って来た。後ろに花巻と秋穂を連れている。
三日月堂が十勝夏子の横に立つ、異能者会のメンバーが横一列に並んだ。
平山がボソリと言う。
「あの女もか……」
平山は遠目にボーイッシュな少女を見ていた。
龍一が異能者である可能性については異能者の存在を知る大宮にも予想できた。
だが、たまたま人質扱いで連れて来た娘までもが異能者なのは予想外であった。
「あの女まで異能者だったとわ。異能者大集合だな……。このまま天下一武道会が開催できそうだぜ」
「「できねーよ!」」
大宮とスキンヘッドが平山にツッコミをいれた。見事にハモっている。
しかし、この三名は異能者でない。普通の人間である。
ジャイアントスパイダースで異能者なのは千葉寺カヲルだけである。
話の全体図が訳の分からない方向に進んでいるのを三日月堂が大人な口調で正す。
「元々今日我々異能者会が追っていたのは、そこの少年でね。彼が先日パンドラ爺婆に行き当たった新たな異能者なんだ。彼について探っている最中に、たまたまこの騒ぎに遭遇してしまったという次第でね」
「ここに異能者会の面々や新異能者が集まったのは、ただの偶然?」
千葉寺カヲルに三日月堂は、そうですと頷いた。
「しかも運が良い。もう一人異能者になった人物で、見つけ出せていなかったショートヘアーの少女も見つけ出せた。偶然って凄いね」
龍一の頭を膝枕したままの月美が自分の顔を指差しながら言う。
「私を捜していたの?」
月美は自分が捜し人になっているとは想像もしていなかったようだ。
三日月堂は軟らかい笑みで「はい」と答えた。
そして自分たちの存在を紹介する。
「我々は秘密結社異能者会。パンドラ爺婆に行き当たった人々で結成された、異能者たちの異能者の為の組織だよ」
ポカンと口を開けて聞く月美。
「簡単に説明させてもらうと、我々は自分たちの生活を守るために異能者同士で協力し合い、世間から異能者の存在を隠すのが結成理由となっています。その為に、新たに産まれ出る異能者を見つけ出し、適切なケアを施すのを活動内容の一つとしているのですよ」
十勝夏子が付け加える。
「我々は異能者のままで平和に暮らしたいの。だから別の異能者が超能力を犯罪に使って騒ぎを起こしてもらいたくないのよね。その騒ぎが元で、我々に火の粉がふりかかるのを避けたいわけよ」
「それで、私や龍~ちゃんを捜して、調査していたと?」
「そうです。少年が超能力を悪用するような人間かを調査させてもらっていたのです」
三日月堂は微笑みを絶やさず話を続ける。
「率直に言いますと、あなたはパンドラ爺婆に行き当たって一週間程過ぎている。そこまでは我々もつかんでいましたが、貴方が何処の誰かは分からなかった。今日、たまたま出会えてラッキーです。幸運ついでに訊かせてもらいたい。もう、あなたも自分が得た超能力が、どんな物か分かっているでしょう。どのような超能力か教えてもらいたい」
月美は素直に答える。
「透視能力です。生物以外を透かして見ることができます」
あまりに素直に答えたので異能者会全員が拍子抜けしてしまう。
それから僅か後に異能者会メンバーの視線が秋穂に向いた。
すると彼女が黙って頷く。
月美が嘘を吐いていないという合図である。
十勝秋穂の超能力は嘘発見能力である。
嘘の内容は分からないが、嘘を付いているか否かは完璧に分かる超能力である。
月美の超能力が危険な能力じゃあないと知ると三日月堂たちが安堵した。
十勝夏子が月美に言う。
「私には異能者の超能力を消すことができる超能力があるの」
月美がキョトンとしながら話を聞いていた。
「超能力と共に得た変態的趣味に苦しんでいる人も救えるし、世間に危害を加えかねない超能力も消せるわ。もしも貴方が望むのなら、その超能力と一緒になるけど変態的趣味も消せるわよ」
超能力と変態趣味はセットである。
夏子を含め全員が、月美がセットで得た変態趣味について訊かなかった。
マナーである。
異能者の中には語りたがらない者も多い。
夏子もその一人だ。
月美は夏子の申し出に対して首を横に振った。
そして膝枕している幼馴染の顔を見下ろしながら言う。
「いいえ、私は自分の超能力も変態的趣味も気に入っています。消したりしません。それに龍~ちゃんも異能者に成ったとしたのならば、尚です。でも、もしも龍~ちゃんが超能力を消して貰うなら私も消して貰いたいです」
「その子は彼氏?」
「ただの……、幼馴染です」
十勝夏子や三日月堂には月美が望んでいる未来が予想できた。
異能者のペナルティーは変態的趣味だけでない。
異能者は異能者にしか恋しない。愛せない。
花巻と秋穂の関係がそうであるように、この少女も幼馴染の少年と両想いに成りたいのだろう。
その為には二人が同じサイドに立っていなければならない。
普通の人間か、変態な人間か―――。
同じ道を進まなければならない。
月美は異能者に成ってから龍一に向けていた執着が薄れた気がしていた。
それに不安を抱いていた。
しかしここ数日で、その不安が消え去った。
更に以前よりも愛おしくなったのだ。
その理由が龍一も異能者になったのだというならば納得できた。
超能力を消すのは構わないが、この気持ち、この想い、この恋心を消すのが切なく思えたのだ。
今は龍一のことしか見えていない一途な恋愛である。
それが月美には心地良いのだ。幸せなのだ。
いまだ苦痛に魘される龍一の頭を膝枕で介抱している月美が、三日月堂たちの話を聞きながら龍一の右胸に開いた穴を気にする。
そっと指を伸ばした。
野球のボールが入るか入らないかぐらいの大きさの穴。
中は真っ暗である。
とても人の胸に開いた穴とは思えない感じがした。
小さなブラックホールのように底無しで気味が悪い。
三日月堂も月美の視線の先に気付く。
「ところで、少年の右胸に開いた穴は――。やはり超能力の影響かな?」
察しの良い三日月堂は右胸の穴を見て超能力の影響だろうと予想した。
人の胸に穴が開き、血も出ない。死なない。この不思議な現象は超能力であれば納得できる。
三日月堂が二人に近づこうと一歩前に出た時である。
月美がキャっと悲鳴を上げて跳ね退く。
月美の細脚を枕にしていた龍一の頭が落ちてコンクリートの床に後頭部をぶつけた。
ゴンと硬い音が鳴る。
「いてー!?」
後頭部を両手で押さえる龍一。
半分気を失いかけて朦朧としていた頭から霧が瞬時に晴れた。
「どうしました?」
三日月堂の質問に月美は声を震わせながら龍一を指差して言う。
「何か……。何か居る……。穴の中に……」
三日月堂よりも近くにいた千葉寺カヲルが先に穴を覗き見ようと身を屈めて顔を近づけた。
寝そべる体の横から顔を近づけたのだが、そこに意識をはっきりとさせた龍一が上半身を起こしてくる。
「いてて……。いきなり酷いよ、月美……。悲鳴を上げてどうしたんだよ?」
「ん?」
言いながら上半身を起こした龍一の声に反応して、覗き込もうと横から頭を近づけていた千葉寺カヲルが声のほうを向く。
「「ん!?」」
二人の視線が超接近した時には顔と顔がぶつかっていた。
否。ぶつかったというより、優しいタッチで重なり合っていた。
二人の唇と唇が触れ合う。
フレンチキスである。
お互い顔の角度が違った為に鼻同士がぶつかる事無く綺麗な口づけとなっていた。
僅かな沈黙。
皆が目を丸くさせていた。
月美は呆然と硬直している。
龍一と千葉寺カヲルは青ざめていた。
そして時が動き出す。
「えーーーーーーーーーーーー!?!?!?」
「僕のファーストキスがーーーーー!!!!!!」
テレポートでもしたのかと思える速度で離れる二人。
周りの者たちは唖然としながらハプニングを見守っていた。




