3・もちろん異能者は一人じゃない
ビル街を見渡せる小さな丘。
夕暮れの空にキラリと流れ星が煌めいた。
古く伝統がありそうな神社の境内。
鳥居から伸びた石畳は幾人もの参拝者を向かい入れた為か味がでるぐらいに削れている。
神社は小さな林に囲まれていた。
その木々の隙間から素度夢町のビル街の屋上が見て取れる。
そこから神社の境内が高台にあることが分かる。
「あら、今日も誕生したみたいですね。今度はお婆さんのほうみたいです」
落ち葉を竹箒で掃いていた巫女服の少女が、幼い顔で夕空を見上げながら言った。
「最近、あの婆さんの活動も活発ね。やれやれだわ」
巫女服少女の他にも、もう一人の女性が居る。
鳥居の側に置かれた狛犬の石像に寄り掛かる女性は、グレイの女性用ビジネススーツにしゃれっ気の少ない黒のパンプスを合わせていた。
巫女服の少女は、まだ小学生ぐらいに見えるが、スーツの女性は二十歳半ばに窺えた。
「この一週間で、もう三人。今ので四人目になるわ……。ちょっと人数が多すぎよ」
スーツの女性は眉間を指で摘まみながら険しい顔を見せる。
なにやら不満が溜まっている様子であった。
強気なキャリアウーマンをイメージさせる彼女は、ポケットの中からスマホを取り出すと、巫女服の少女に差し出した。
すまなそうに何かを懇願する。
「桜ちゃん、悪いけどさ。今の奴も念写してもらえる。どうせ調べるはめになるんだろうからさ」
「はい、いいですよ。夏子さん」
巫女服の少女は無垢な笑顔で微笑むと、スーツの女性からスマホを受け取った。
「ちょっと待ってくださいね。すぐに終わりますから」
「急がなくてもいいわよ。もう今日は私、署には帰らないから。直帰の連絡も入れたしね」
そう言いながらスーツの女性は、豊満な胸を抱え上げるように両腕を組んだ。
巫女服の少女は、受け取ったスマホを右掌に乗せると左掌を上から沿えた。
スマホを両手で包む。
そして、瞼を閉じると俯いて念じ始めた。
「むむむぅぅ……」
子犬のように喉を鳴らす巫女服の少女。
しばらくすると少女の周囲を渦巻くように不自然な風が巻き上がる。
スーツの女性の長い黒髪が風に煽られ揺れ始めるが、少女のおかっぱヘアーは微塵も揺れていない。
その時である。
カシャリと、デジタルのシャッター音が、少女の手の中から発しられた。
更にもう一度、二度、三度と──。
シャッター音は、計四回鳴った。
「ふぅ……」
ゆっくりと瞼を開く少女の表情には若干の疲労が見て取れた。
「終わりました」
風は止んでいた。
巫女服の少女は、無垢に微笑みながら両手でスマホをスーツの女性に返す。
「ごくろうさま、桜ちゃん。どれどれ、四枚ね。分かりやすい写真が写っているといいんだけど――」
言いながらスマホを受け取ったスーツの女性は、すぐさま画像をチェックし始めた。
一枚目。少年の顔がアップで写っていた。
「あら、若い子、少年ね。けっこう可愛いわよ。高校生ぐらいかしら」
そう言いながらスマホの画像を少女に見せるが、少女は興味なさげに微笑むばかりであった。
スーツの女性は心の中で、まだまだおこちゃまか、と思いながら詰まらなそうにスマホを引っ込めた。
二枚目の写真をチェックする。
「よし、これはいいわね。自宅かしら。一戸建てが写っているわ」
三枚目は、学校の写真だった。
その学校の風景には、見覚えがあった。
「これ、蓬松高校ね。ここの生徒かしら」
更に四枚目には――。
「何、これ……」
スマホの画面を見詰めながらスーツの女性が顔を顰める。
巫女服の少女は、彼女の表情を見て首を傾げた。
「どうかしましたか、夏子さん?」
「こんな写真、初めてじゃない?」
スマホの画面を巫女服の少女に向ける。
少女が目を凝らす。
そこに写っていたものは、ただの黒。
漆黒の一枚絵だった。
「闇……?」
二人の間に、嫌な空気が流れ始める。
「夏子さん。皆さんを集めて話し合ったほうがいいかもしれませんね……」
「何よ、悪い暗示なの、これ?」
もう一度、スマホの写真を見詰めるスーツの女性。
巫女服の少女が言った、皆との話し合いについて気が進まなかった。
あの変態達全員と一箇所に集まる。それが不快なのだ。
しかし、巫女服の少女が見せる不安そうな表情に、考えを改める。
「分かったは……、三日月堂に相談してみるわね」
「お願いします、夏子さん……」
「じゃあ、私は行くわね」
踵を返して境内を歩き出すスーツの女性。
鳥居をくぐるともう一度だけスマホの画像を確認した。
闇、学校、一戸建てと、次々と画像を戻してく。
そして、最後に少年の顔。
「まずは、この少年の居所を突き止めてからかしらね。これだけのヒントがあれば直ぐに見付かるわ。他の連中は後回しにしましょうか」
女性はスマホをスーツの内ポケットに入れた。
鳥居の先に石造りの階段が在る。
百段近くをくだった先に、赤いスポーツカーが停車してあった。
高級な外車だ。
彼女の眼前に広がるのは、夕日に染まる橙色の町並み。
そこは、素度夢町。
超能力をプレゼントされた、異能者達が住む町である。