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変態超能力をプレゼントDX  作者: ヒィッツカラルド
23/61

23・大蜘蛛の乱(4)

シーンは廃工場内に戻る。


仕切り直しを重ねられたタイマン劇が、いよいよ幕を開ける。


今宵対する二人も見守る月美や外野連中も、もうこれ以上の延長はないだろうと願っていた。


「ギタンギタンにしてやるからな!」


平山が血走る双眸で睨みつけながら言う。


ポマードで撫でられたオールバックが、若干だが乱れていた。


「お、お手柔らかに……」


この後に及んで、まだ情けない言葉を溢す龍一を無視して平山が構えを取る。


強く握り締められる双拳はボクシングの構えであった。


少し体を横に向け、両拳を顔の高さまで持ってくる。


両脇は硬く閉められ、爪先で軽やかにステップを刻んでいた。


軽やかでありながら力強い構え。


本格的なボクシングの臭いが龍一の恐怖を煽る。


鼻に付く獣の臭いがキツイ。


「や、やっぱり、ちょっと待ってもらえますか……」


「待つか、ボケっ!」


問答無用。逃げ腰の龍一に平山が襲い掛かる。


やはり初弾は平山から手を出した。


ステップダッシュからのジャブ。


右足だけで地面を蹴り、素早く滑るような移動と同時に繰り出される閃光のような左ジャブだった。


「シュッ!」


三メートルは有った距離が瞬間的に零になり、パシンっと肉が鳴る。


誰もが平山の初拳が龍一の顔面を叩いたと思った。


拳が着弾する音も聴こえたし、龍一の頭部が後ろに跳ねていた。


だが、次の瞬間である。


皆が驚きの表情を作る。


全員だ。


全員が驚きの表情を作ったのだ。


輪を作り見ている大蜘蛛たちも、人質の月美も、審判を代わったスキンヘッドの男も、窓の外から覗き見ている異能者会の三人も、千葉寺カヲルも、拳を打ち込んだ平岩も、拳を打ち込まれた龍一本人までもが驚きの表情を見せていた。


「嘘、だろ……」


ジャブを放った体制で固まる平山が、消え去りそうな小声で呟く。


平山の左ジャブが、龍一の左掌に包まれていた。


「俺のジャブを取りやがった……」


龍一の上半身は後方に逃げていたが、左手は平山のジャブを受け止めているのだ。


しかもただ止めたのではない。掴んでいるのだ。


「これが僕の超能力……。ツインヘッドドラゴンのパワー……」


我に戻った龍一が、平山の拳を開放した。


龍一が驚愕の表情で自分の左掌を見詰めていた。


優れた運動神経を持ち合わしていない自分が、あれ程にも速いパンチを受け止めた。


この現実に思い当たることは、やはり――。


「自動防御……。否、自動戦闘能力なのか……」


その言葉は独り言であり誰の耳にも届かなかった。


「あの時と、一緒だ……」


駅前の路地裏でリーゼント高田に絡まれた時と同じである。


あの時も勝手に体が動いた。龍一の意思とは別にだ。


「まぐれだ! まぐれに決まっている!!」


驚きから目が覚めた平山が気を取り直して二発目のパンチを繰り出す。


今度は左のロングフック。


大振りだが速い。まるで死神が持つ鎌のように鋭利なフックだった。


そして、今度こそ龍一の顔面を捕らえると思えた。


逃げない龍一。躱しもしなかった。


寧ろ平山のフックが速すぎて見えていない様子である。


平山の拳が龍一の顔に接近していた。


あとゼロコンマの間にヒットするだろう。


そう思い、そう見えた瞬間、またバシンっと肉が鳴った。


「入ったか!」


声を出した大宮の尻がソファーから浮き上がる。


龍一の右頬と平山の左拳の距離は、ほぼ無い。


ほぼ無いが――。


無いが、頬と拳の間には龍一の左手が割り込んでいた。


「くぅ……」


濁った声が平山の口から出た。


またである。また自分の拳が掴まれていた。


「糞ッ!」


掴まれた拳を力任せに引っこ抜く。


周囲からざわめきが沸く。


「なんだよ、あいつ。つえ~じゃんか……」


外野の誰かが言った。


その台詞が平山の焦りを煽った。額から冷たい汗が流れる。


蓬松高校―――。


そこがどんな高校か平山も知っていた。


進学校だ。


通っているのは金持ちか、勉強に専念している近眼野朗ばかり。


女も堅物で冴えないブスばかりだ。


運動部も弱い。そう認識していた。


そんなところに、こんな奴がいるとは思わなかった。


「こいつ、かなりできるぞ……」


距離を取り直す平山。


龍一は追わない。攻撃の意思がない様子である。


二度に亘りパンチを受け止めた自分の左手を見詰めている。


「ならば……」


ならばコンビネーション。


あまり作戦を考えない平山が珍しく戦略を練る。


ワン・ツーから入って間合いを詰める。


そこから闇雲に打ち込む。


いずれ崩れる。


そのうち当たる。


当たれば崩れる。


そしたらまた殴る。


全力で息が尽きるまで打ち続ける。


それで勝負が決まる。


平山にしてみれば上出来な作戦だった。


「俺が負ける訳がね。こんな野朗に!」


作戦を立てたが焦りと怒りが先走る。


ワン・ツーから入る予定が左のアッパーカットから入ってしまった。


脳と体が連結していない。本能と反射神経だけが連結されているようだ。


そのアッパーに対して逃げない龍一。


自動的に左手が素早く動く。


平手打ちでアッパーを叩いて横に逸らした。


「また!」


三度防がれた。


だが間合いは狭まった。そこから拳を連続で打ち込む。


「この畜生が!」


左右の両腕が、横振りの乱打を始める。


「オラオラオラオラオラ!」


右、左、右、左と続くムチャクチャな両フック。


顔や肩、腕や腹。急所は狙っていない。


兎に角当たれば良い。


そのような勢いだけのパンチだった。


だが、一発たりとも龍一の体には当たらない。


すべてが打ち落とされる。


龍一は避けていない。


下半身は一歩も動いていない。


その体制で平山のパンチをすべて打ち落としていた。


しかも左腕一本で打ち落としている。


「ぐぅぬぬぬぅぅぅぅぅ……」


自分が繰り出すパンチをすべて止められる平山の表情が悔しさに牙を剥く。


それでも諦めずに、更に更にとパンチの回転率を上げていく。


スタミナの限り連打を加速させていく。


しかし平山の拳は龍一にダメージを与えられなかった。ヒットが許されない。


裏拳、平手打ち、掌打、チョップ、掬い打ち、腕刀、肘打ち。


龍一が身に覚えのない技で巧みに受け流す。


龍一の左腕が様々な技で、左右から飛んで来る平山の拳を打ち落としていた。


「まるで武道の達人じゃねぇ~か……」


驚愕の表情で大宮が言った。


観戦している皆にも、そう見えた。


喧嘩自慢の平山が繰り出す両拳を片腕一本で防いでいる。


まさに達人の技に見える。


「凄い……」


左腕一本でパンチの嵐を凌ぎながら驚く龍一。


体が勝手に動いている。


いや、左腕だけが勝手に動いていた。


龍一には平山の連続フックの殆どが見えていなかった。


それなのに左腕が勝手に動いてパンチを打ち落としている。


「この超能力……。凄い」


龍一が呟いた言葉と同じようなことを、窓から覗き見ていた異能者会の三人も考えていた。


「かなり戦闘向きの超能力だよな」


花巻の言葉に三日月堂が「ですね」と答えた。


超能力が少年に達人級の技を使わせているように見える。


凄いの一言だ。


並の技術を遥かに凌駕している。


息を切らして拳の連打を中断させた平山が叫ぶ。


「連打が駄目なら、一撃に賭ける!」


右腕を頭の高さで後方に振り被った平山が、力を筋肉のバネに溜め込む。


モーションが大きすぎる。


ボクシングではテレホンパンチと呼ばれる愚拳の構え。


だが、勢いと気迫だけは十分に籠っていた。


「くらぇぇぇぇえええええ!」


叫び、猛り、全力で発射されるオールバック平山のダイナマイトパンチ。


狙いは龍一の顔面。


例え防御されても、その防御ごと打ち破る積もりだろう。


「だぁぁあああ!!!」


迫る鉄拳。


ここで始めて龍一が、左腕以外を動かした。


正しく述べれば、勝手に動いたのである。


動いたのは龍一の左足。


スッと、動いて平山の大きく踏み込んだ左足を、内側から外へと払う。


「ぬっ!?」


驚く平山。


「おおっ!」


外野も驚く。


まるで足場が突然に消えたような感覚が平山を襲う。


そして繰り出したダイナマイトパンチに引っ張られるように上半身が真下に落ちて行く。


廃工場の地面が自分の眼前に迫り飛んで来る。


転ぶ!


速い!


手をついて――。


間に合わない。


ガゴンッ!?


咄嗟に両手を着いて受け身を取ろうとしたが、間に合わなかった。


両手が地面に着くと同時に顔面を地面に激突させていた。


受け身は取れていない。


「がぁ……」


右顔をコンクリートに激突させた平山が、龍一の足元で痙攣していた。


ダメージが大きいのか起き上がって来ない。


平山の視界に龍一の左足が見えたが、歪んで映る。


眼球までもが痙攣していた。


「さすが龍~ちゃん。ちっちゃな頃より一段と強くなっているね」


明るい口調で月美が言ったが、龍一は何を言っているのだろうと振り返り首を傾げた。


「糞ったれが……」


平山が震える脚で立ち上がる。


一歩下がる龍一。


まだやれるのかとスキンヘッドが平山に問うと、できると虚勢を張った。


平山の右顔が紫色に変色していた。瞼がはれ上がり血も出ている。


「舐めやがって……」


平山が前に出る。


よろよろしているが表情の殺気は、まだまだ満ちていた。


皆が平山の動きを見守る。


平山が深呼吸を大きく一つ入れた。


「十分だ。……休憩終了」


回復。


呼吸が整う。


いざ、再戦。


「行くぜ!」


スーと動く平山。


龍一との間合いを縮める。


今度は闘志を握り潰すように拳を固めていない。


緩く開いた両掌を前に出してくる。


掴む気だ。柔道だろう。


組投げを狙う平山の右手が、龍一のブレザーを掴もうと伸びる。


先ずは襟を掴む積もりだ。


しかし、龍一の左腕が、それを阻止する。


襟を掴ませない。


平山の右手首を外側から掴む。


そして、捻った――。


「ッ!?」


関節が決まった訳でない。


しかし平山の手首が捻られるや否や、平山の体が風車のように大きく回った。


横に回って腰から落ちる。


かなり派手なアクロバティックな投げ技だった。


「なんだアレ!?」


「合気だ、合気道だぜ!」


鮮やかな投げ技に、観戦している者が声を上げた。


「がっ!」


投げ技の名は、小手返し。


外野が述べた通り、合気道の技である。


難易度の高い投げ技だ。


素人が簡単に真似できる技ではない。


「が、はっ……、ぁぁ」


倒れた平山の口から苦痛の声が飛び散る。


倒れたまま顔を歪めて動かない。


龍一の左足が、勝手に動き出す。


膝を曲げ、腿を上げる。


踵で平山の顔面を狙っていた。


頭部を踏み潰して勝負を決める積もりなのだろう。


「ヤル気か、あいつ……。頭を潰す気だ!」


大宮が冷や汗を流しながら言う。


「龍~ちゃん! ダメよ!」


凶行を静止させようと月美が叫ぶが、震えた声で龍一が事情を返す。


「足が、勝手に……」


止めようと思うが、龍一の意思を裏切り体が動く。


龍一を見上げる平山は、敗北を覚悟したのか動かない。


もう動けないのかもしれない。


腕を上げて、龍一の踵落としを防ぐ体力もないのかもしれない。


皆が終わったと思った。


あのオールバック平山が負けると思った。


しかも、とどめはストンピング。


酷い最後である。


そして、とどめの一撃が落とされる。


「ストップ!」


龍一の足が止まった。平山の鼻先でだ。


叫んだのは、踵を落とそうとした張本人、龍一だった。


「と、とまった……」


安堵の表情を見せる龍一。


足を引っ込めて後ろに下がる。すべてが勝手に動いているのだ。


数々のパンチを捌き落としたのも、脚を刈ったのも、投げ技を使ったのも、ストンピングを打とうとしたのも、すべてが龍一の意思ではない。


体が勝手に動いたのだ。


流石に龍一の常識では、他人の顔面を踏み潰す行為はできなかった。


できないが、体が勝手にやろうとした。


それを頭で考えても止められなかったから口に出してみた。


以外にも言葉にしたら止まったのである。


倒れたまま平山が言う。


「何故、止めた……」


「何故って……」


「俺に恥を掻かせる積もりか……」


恐る恐る言う龍一。


「僕の……、勝ちで……いいですよね?」


下から睨みつける平山。暫しの間を置いてから目を閉じる。


「俺の負けでいい……」


観念したようだ。決着がつく。


「やったー、龍~ちゃん!」


龍一の勝ちである。


喜んだのは月美だけであった。


勝利を収めた龍一本人ですら、この勝利に戸惑っている。


その時である。


突然ソファーから立ち上がる巨漢。ジャイアントスパイダーズのリーダー千葉寺カヲル。


「君の勝ちだ。おめでとう」


視線が集まると千葉寺カヲルが、声変わりしていない少年のボイスで言う。


「だから――」


嫌な予感がする。


「次、僕とやろう」


「やっぱり……」


肩を落としながら龍一が呟いた。


何となく予想はできていた。


万が一にも勝てば、更に強い人と戦う。


そうなるだろうと――。


負けるまで続くだろうと――。



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