20・大蜘蛛の乱(1)
マフラーの轟音が喧しい五人乗りの乗用車。
角刈りの男がハンドルを握り、助手席には豹柄の帽子を被った男が座っていた。
後部座席の中央に龍一が座っている。
その左には月美が座り、右にはパンチパーマの男が座っていた。
不良との揉め事。
こんなことに月美を巻き込み心苦しい龍一。
幼馴染みを危険に晒している。
ことの始まりはリーゼントの男に絡まれたさい、咄嗟に出てしまった一発の拳。
今思えば後悔している。
おそらくはパンドラ婆から貰った超能力が作動したのだろう。
無意識のままに左腕が動いてリーゼントの男を殴り伸ばしてしまった。
彼らは報復に来たのだ。
仲間を引き連れてだ。
車内は静かだった。不良たちも殆ど口を開かない。
隣に座る月美がギュッと手を握ってきた。
月美のほうを見る龍一。
彼女は何を考えているのか真っ直ぐ前を見ていた。
凛とした表情だったが、少し不安の色も窺える。
彼女は人質だ。
自分が逃げなければ何もされないだろう。
この不良たちも、か弱い女性に暴行を加えるほどの外道ではない様子だった。
豹柄帽子の男が言っていたことを思い出す。
「リーダーが硬派で厳しい」と──。
彼らにも掟があるのだろう。
不良にも破れない仁義があるのだろう。
脅迫的な申し出だった。
リーゼント男とのタイマン。
これに勝っても負けてもことはチャラになる。
受けるしかない。
最悪は月美に自分の骨を拾ってもらうしかないだろう。
そんなことになったら月美は泣くかもしれないが、彼女が怪我をするよりましだ。
「ごめん……」
龍一が小さな声で言った。
月美は「うんうん」と言いながら首を横に振る。
僅かな会話をマフラーの叫ぶ排気音が掻き消す。
前に居る二人には届かなかった。
しかし隣に座るパンチパーマの男には聞こえていた。
気だるく呟くパンチパーマの男。肘を突きながら愚痴る。
「これじゃあ、俺らが悪党みてえじゃねえか……」
龍一が問う。
「悪党……、じゃないのですか?」
「違うわい、ボケ。俺らは走り屋だ。暴走行為や喧嘩に励むが悪党じゃねえよ。……高田の野朗、タイマンが済んだら一発殴ってやろうかな。全部あいつのせいだ」
怖い顔をしているが、本当に極悪人ではないようだ。少し安心する。
やがて龍一たちを乗せた車は人気の少ない地域に入って行った。
「もう直ぐ、到着するぜ」
運転している角刈りの男が言う。
龍一が前を見るとボロボロの廃工場の建屋が幾つか見えてきた。
明かりが溢れる建屋が一つ見える。あそこがアジトらしい。
車は壊れた門をくぐると荒れた敷地を進み一つの建屋のシャッターをくぐった。
「到着~」
車が止まる。目の前には、ゴテゴテに改造された族車やバイクが数台止められていた。
「降りな」
豹柄帽子の男が指示するままに従う龍一と月美。
別の車で後を追ってきた連中も車を降りて二人を囲みながら前に進む。
改造車の隙間をすり抜けると広いスペースに出た。
更に十人程の大蜘蛛たちが屯して居る。
「おい、大宮。おせーぞ!」
ソファーに腰掛けたオールバックの男が荒々しい声を上げた。かなりイライラした様子である。
「テメーが集合かけといて遅刻とはよ、ふてー野朗だな、大宮!」
そうだそうだ、と周りの大蜘蛛たちからもブーイングが上がった。
こめかみに青筋を走らせながら言い返す豹柄帽子の男。
「馬鹿かテメー! 集合場所間違えてるのはオメーらだろが!」
「嘘つけ!」
「嘘つくか、バカ!」
「おい、ハゲ。本当か?」
オールバックの男が豹柄帽子の横に立つスキンヘッドの男に訊いた。
スキンヘッドの男は「大宮さんの言うとおりです」と静かに答える。
若干の沈黙の後にオールバックの男はそっぽを向いて話を逸らした。
「で、大宮。そのカップルは誰だ?」
「話を変えてんじゃねーぞ、平山!」
スキンヘッドが言う。
「こいつですよ、高田をぶん殴って伸ばしたのは」
「ゴラァ、ハゲ。勝手に話を進めるな!」
豹柄帽子の男がスキンヘッドに掴み掛かって凄んだ。
それをソファーに腰掛けていたもう一人の人物が声だけで止める。
「大宮、いい加減にして話を進めてよ」
「カヲル……」
大人しくなる豹柄帽子の男。龍一も月美も一瞬で理解できた。
この人物がリーダーだと悟る。
とても大柄で筋肉質。
サラサラのロングヘアーは背中まである。
否。座っているからわからないが尻に届く長さだろう。
サングラスをかけていて双眸は窺えないが、かなりの美少年だ。
しかし声だけが声変わりしていない少年のものだった。
体躯とは裏腹に年齢は幼いのかもしれない。
いろいろとアンバランスだが凄みは上等なぐらい威圧的である。
「俺が話す。チェンジだ」
豹柄帽子が言うとスキンヘッドは頷いて一歩さがった。
不良たちの視線がサブリーダーの大宮に集まるなか、彼は淡々とした口調で話し出す。
「昨日、駅前で安田をぶん殴った蓬松高校のヤツを見つけて捕まえてきた」
お~、と声が上がる。
スキンヘッドが前に一歩でて大宮に耳打ちを入れた。
「安田ちゃいます。高田です」
また一歩下がるスキンヘッド。
しかし大宮は名前の間違いを訂正しない。なかったことにして話を続ける。
「名前はマンドコロリュウイチだ」
「マンドコロ……?」
名前を聞いて首を傾げるオールバック。
聞いたことのある名前だったが、いつ何処で聞いたか思い出せない。
「そして隣の女は、こいつの彼女だ。この野朗が逃げ出さないように人質として連れてきた」
周りがざわめく。大蜘蛛たちがバラバラに話し出した。
「人質だってよ……」
「なんかその言い方、卑怯者臭くね~」
「てか、人質ってエロくね~」
「そうだよな、女子高生捕まえて人質だもんな。エロエロ行為だよな
「あの子、脚、すげー細いし、人質に取るにはエロイよな」
「さすが策士の大宮さんだ。やることがエロイよな」
「実にエロエロだ。けしからん!」
「エロエロ策士万歳!」
外野のヒソヒソ話しにイラつく大宮だったが咳払いを一つ吐いてから話を続ける。
「こいつが逃げない代わりに、彼女には手を出さないことを約束した。こいつには皆の前で高田とタイマンを張ってもらう。勝っても負けても恨みっこなしのタイマンだ。彼女さんには、伸びたこいつを連れて帰ってもらう役を頼んである」
「そりゃ~、おもしれ~や。彼女の前で彼氏がボロボロにされる。おもしれー筋書きだぜ」
オールバックが揶揄する。
その後に大宮がリーダーであるカヲルに同意を求めた。
「カヲル。それで一先ず今回の件は手打ちってことでいいよな?」
無言で頷く大柄のロンゲリーダー。異存はないようだ。
「じゃあよ~。とっとと始めようぜぇ。名誉挽回ってやつだ。不意をつかれたとは言え、負けっぱなしでいられないからよ~」
右腕をグルングルンと廻しながら前に出て行くリーゼント男の高田。彼は不敵に微笑んでいた。
他の大蜘蛛たちは壁際に移動して殴り合えるだけの広場を作る。慣れた動きに見えた。
「お嬢さんは、こっちに来ていな。あぶね~ぜ」
パンチパーマに言われて月美も下がった。
廃工場の真ん中に龍一と高田だけが残る。
龍一に逃げ道はない。
大蜘蛛たちに囲まれているし、建物に出入りできそうな場所には見張りが立っている。
やはり、不本意だが戦うしかない。
最悪でも負ければ済む。
多少の怪我で許してもらえるだろう。
最後は土下座でも何でもする覚悟だ。
そうすれば月美に危害が加わることはないだろう。
期待するは超能力だった。
パンツが大好きになる代わりにプレゼントされた超能力だ。
具体的な能力はまだ不明だが、それに期待するしかない。
超能力の効果は、自動戦闘能力だろう。
一度はリーゼント男をKOした能力である。
もしかしたら、この窮地も救ってくれるやもしれない。
この超能力が、どこまでできるか次第だが……。




