19・悪の面子
素度夢町駅前にあるファミリーレストランの店内。
巣くうは大蜘蛛たち。
ジャイアントスパイダーズのメンバー四名が窓際席の一角を陣取っていた。
黒い革ジャンに蜘蛛の刺繍を背負った四人組。
一人は豹柄のウールハットにサングラスを被った強面。名前は大宮である。
グループの参謀役でありサブリーダー的な存在を努めている。
その他三人は、パンチパーマ、スキンヘッド、そして角刈りなどと個性的な髪型をしたジャイアントスパイダーズのモブメンバーたちだった。
どの顔も大宮に劣らない程の強面で、モブキャラであっても腕っぷしだけなら凡人を遥かに上回る。
彼らには暴力以外に取り得は無い。寧ろ暴力のみが才能と言えよう。
「もう五時だぞ、おい!」
大宮が勢い良くテーブルを叩いた。
ダンっと大きな音が店内に響き渡り、他の客たちの注目が四人のテーブルに集まった。
店員が注意しようか悩んでいる。
だが、その覚悟は無いようだ。
大宮の激昂に他の客は驚いている様子だが、同席している仲間三名は冷静を通り越して無関心に見えた。
「そっすね~」
怒鳴る大宮を余所に、パンチパーマの男が座席にふんずりかえりながらスマホで時刻を確認した。
とてもやる気のない態度である。
「なんで俺ら四人しか集まってねーんだよ。揉め事大好き男の平山まで来てねーじゃあねえか!」
「皆、時間を勘違いしてるんじゃないんですか?」
「あー、ありうるな~。俺もこいつが家まで誘いに来なければ、今日の約束忘れていたもんな~」
「駄目じゃん、それ。勘違いどころか、ド忘れじゃんかよ」
「平山さんは、特にルーズだしなー、時間にはよ~」
平山とはジャイアントスパイダーズのナンバースリーである。
血気盛んで暴力的な男だが、喧嘩の強さだけではグループ内でナンバーツーである。
「畜生てめーら、最初っから俺の話をなんも聞いてねーなー!」
「すんません、大宮さん。俺ら基本的に、ろくでなしですから~」
言いながら頭を掻く角刈りだったが、あまり反省している感じでもない。
「分かってる! 分かっていたが、むかつく! 兎に角むかつく!」
怒鳴りながら大宮が、もう一度テーブルを叩く。
また店内の視線が四人のテーブルに集まった。
それでもやっぱり店員は彼らを注意しに行けない。
「あー、納得いかね~……」
大宮が呟きながら浮かせた腰を席に下ろすと同時に、革ジャンのポケット内でスマートフォンが音を奏でる。
「誰からだ――、高田か……。あいつ何してやがったんだ。とりあえず出るか……。もしもし、俺だ……」
しばらく電話相手が一方的に話している様子だった。
大宮は「あー」とか「ほおー」とか言って相槌を打っているだけだった。
だが、突然に窓の外を凝視する。
「なるほど~」
豹柄帽子とサングラスに隠された大宮の顔が、怪しく微笑んだ。
窓ガラスに怪面が映り込む。
「どうしました~、大宮さん?」
他の三人も窓の外を見た。
窓の外を指差してパンチパーマが言う。
「お、あれ。あの下品なリーゼントは安田じゃね~か?」
「安田ちゃうがな、高田だ」
スキンヘッドがぼそりとつっこんだ。
「あと二人いるな。あいつら誰だっけ?」
「高田の子分らしいぞ。この前仲間入りしたばかりだ。カヲルさんもOKだしたしよ」
「そんなことより、あいつらの前を歩いているカップルが居るだろ」
大宮の言葉を聞いて、三人の視線が動く。
「あー、いますね~。あれがどうかしましたか?」
「あれが高田をのした蓬松高のガキだ。名前はマンドコロリュウイチ」
「マンドコロ~。すげー名前だな……」
席を立ちテーブルを離れる大宮。
「俺らも行くぞ。あのガキを挟み込む。ひっ捕まえて、アジトに連れて行くぞ」
「へ~い」
続いてパンチパーマとスキンヘッドも席を立つ。角刈りも遅れて三人を追う。
「会計は任せた!」
言うなり三人がダッシュで店を出る。
すると独り角刈りだけが残された。
「うわ、ずれー!」
文句を言いながらも角刈りは、ちゃんと会計を済ませるのであった。
一方―――。
龍一と月美の二人が駅前通りを歩いて行く。
背高いビルに囲まれた長く続く四車線の大通りを幾台もの車が往来していた。
歩道には人々の行き来も多い。
目指すはデパート。
男子にとって秘密の楽園である女性用下着売り場がテナントに入っている商業タワーだ。
魅惑を秘めた七階建てビルが、龍一の視界にも捉えられた。
距離にして約百メートル先。
普段はそこに聳えたっているのが当然と思えていた何気無いデパートの姿が、今では希望とロマンに輝いて見えていた。
隣に月美が居なければ、辛抱堪らずに全力でデパートの入り口を目指して突っ走り、自動ドアの分厚いガラスを頭で突き破ってでも目的地である女性用下着売り場に飛び込んで行きたい気分だった。
だが、そうも行かない。
そこに入るには女子の同伴がなければ立ち入れない。
残念ながら世界の理で決められた定めである。
小心者の男子高校生である龍一では抗えない。
だから我慢に我慢を重ねて龍一は幼馴染と並んで歩いていた。
合流してから月美が何やら楽しげに話しかけてきていたが、殆どが右の耳の穴から入っては左の耳の穴へと抜けて、ダラダラと流れ落ちている。
「ねぇ、龍~ちゃん聞いてるの」
「ああ、聞いてるよ。聞いてる……」
「ウソ。さっきから上の空じゃない」
頬を膨らませた月美が龍一の腕を肘で突く。
何か月美に質問をされた気がする。
「……なんだっけ?」
「だから色よ」
「色?」
「大人の黒か、情熱の赤かよ。龍~ちゃん……は、どっちが……好み?」
ブラックとワインレッド。やはりパンツの色だろう。
龍一が戸惑う。
そして想像力が先走る。
スレンダーな月美ならば、どちらを穿いても素晴らしいことだろう。
いかがわしい想像が止まらない。
空想が煩悩に飲み込まれていく。
そこに邪魔が入った。
「龍~ちゃん……」
「ん?」
龍一が考え込むように下を向いていた時である。
前を見ていた月美が可笑しな声を漏らして歩みを止めた。
龍一も数歩前に進んで足を止める。
「どうした、月美?」
振り返りながら問う龍一の背後を月美は見ていた。
そして龍一の視線も月美を通り越した。
「やばぁ……」
月美の後方に知った顔がいた。
ポマードべっとりのリーゼントヘアーに黒い革ジャン。
昨日、カツアゲをしてきた不良男である。
しかも今日は同じ革ジャンを着た仲間を二人連れていた。
「ひっひっひっひぃ~」
リーゼントが不敵に笑っていた。
「月美……、逃げるぞ」
龍一が月美に言う。
しかし、予想外にも返事は月美以外の人物が返して来た。
後方から龍一の肩に手が添えられる。
「どこに逃げる積もりだい?」
「痛っ!?」
掴まれた肩が握力に軋む。
振り返った龍一に痛みよりも嫌な光景が見えた。
肩を掴むパンチパーマの男。
更に、もう二人居る。
豹柄帽子の男にスキンヘッドの男。
前後ろ合わせて計六人の大蜘蛛たち。
前進も叶わず退路も断たれた。
挟まれている。
逃げるのは不可能。
他にも通行人は居るが彼らに関わるのを恐れて避けていく。
リーゼント男が紫に変色した自分の顎先を撫でながら威嚇的に述べた。
「よぉ~、にいちゃん。俺を覚えているよな~。忘れたとは言わせね~し、忘れていても思い出してもらうぜ~」
仕返しだろう。
困ったことになった。
しかも今日は仲間が居る。
最悪なのは、こちらに月美がいることだ。彼女を巻き込めない。
「覚えてますよ……」
現状を的確に把握した龍一の表情が真剣に引き締まる。
いつものナヨナヨとした顔が凛々しく変わっていた。
その変化に月美が気が付き見上げていた。
不良たちも龍一の変貌に気付いた。
肩を掴んだパンチパーマの腕を龍一の左腕が素早く弾き飛ばした。
「痛てッ! なんだこいつ。急に怖え~顔になったぞ……」
豹柄の帽子を被った男が冷静な口調で言う。
「なるほどな。高田が一発で伸ばされたのも満更嘘じゃあねぇって訳だ。いい面構えしていやがるじゃねえか」
「ガリ勉かオタクかと思ってたが、猫被るタイプかよ。あぁ~、いてて」
弾かれた腕を摩るパンチパーマ。
二人はまるで本性を現したかとでも言いたげな口調だった。
「月美、ごめん。今日は買い物に付き合えそうになくなった。先に帰ってくれないか」
「龍~ちゃん……」
心配げに龍一の顔を窺う月美。
しかし龍一は月美と視線を合わせずに、豹柄帽子の男を直視していた。
この男が、この中で一番のリーダー格だと見抜いているのだろう。
問題の元凶であるリーゼントの男より、この豹柄帽子の男が会話の鍵だと悟れている様子だった。
その豹柄帽子の男が述べる、
「いやいや、お嬢さんもここに居てくれ。できれば場所を変えたいんだが、お嬢さんもついて来てもらいたいんだがよ」
冗談ではない。龍一が一歩前に出た。
「この子は関係ないでしょ。謝罪なら僕がする。場所を変えたいならついて行くから彼女は帰してくれ」
「安心しろよ。その女には何もしねぇ~よ」
暴力的で有名な不良グループの戯言だ。信じられない。
「こう見えても俺らのリーダーは硬派でな。女に乱暴を働くことを許さねぇ。その彼女には別の仕事をしてもらう」
「仕事……?」
まさか如何わしいアルバイトかなと、ピンク色の想像を思い浮かべる龍一。
そのような姿も見てみたいが、月美が他人に汚されるのは許せない。
だが、豹柄帽子の男は想像と異なる台詞を述べた。
「ギタンギタンになって、一人で歩けなくなったテメーを、連れて帰る役目だよ」
安堵とガッカリが混ざり合った微妙な表情を見せる龍一。
そして相手の狙いが自分一人への復讐だとはっきり理解できた。
「お金は出せませんが、僕が心から謝罪を述べれば許してもらえますか?」
甘い考えである。
「謝罪はいらねぇよ。金も請求しねぇ。それは約束してやる」
「じゃあ、何を……」
「面子の問題だ。こっちとしては不意をつかれたからってよ、蓬松のボンボン連中に後れを取って、そのままって訳にはいかなくてな。そのぐらい分かるだろ、テメーにもよ」
「面子ですか……。じゃあ、僕にどうしろと?」
「まずは俺らのアジトに来てもらう。そこでそいつとタイマンを張ってもらうぜ」
豹柄帽子の男は、顎先でリーゼント男を指しながら言っていた。
「タイマン……。喧嘩をしろと……。一対一で?」
「そう。それで、そいつをぶん殴ったことをチャラにしてやる」
「ほ、本当ですか?」
信じがたい。
「ああ、本当だ。勝っても負けてもチャラだ」
「彼女には、何もしませんね」
念を押す言葉に気迫が籠っていた。
「ああ、何もしね~し、他のメンバーにも悪さはさせねえ」
「他の約束は破っても構いませんが、その約束だけは守ってください。そうするのなら僕は何処にでもついて行きます。あなたかたが納得するまで付き合います。でも……」
「でも?」
「でも、彼女に関した約束事を違えたら、僕は皆さんを皆殺しに行きます。何年かかってでも、全員を皆殺しにします」
後ろでリーゼント男が口笛を吹いて茶化す。
しかし正面から龍一の双眸を見ていた三名には、そのような余裕が無くなっていた。
龍一の瞳の奥に殺気を秘めた光が揺らいでいた。
本気で人を殺し兼ねない狂気が窺える。
進学校である蓬松高校の優男とは思えないほど龍一の顔は怖かった。
怒りと怨みを執念に変換できる眼差しであった。
「ああ、約束する……」
完全に気後れが露見していた。
そして大宮は、相手の力量を甘く見ていたことに気付く。
否。この場に仲間が六名居たことを幸いだと感じていた。
一人ならリーゼント高田の二の舞いだっただろうと想像していた。
「ごめんね、月美」
龍一が月美のほうを見て言った。
その表情はいつもの龍一に戻っていた。
オカルトオタクで、気弱で、女の子に口下手で、優しくて、暴力が苦手な幼馴染の表情にだ。
そんな幼馴染に月美も笑顔で答えた。
「うん、私は大丈夫だから。いざとなったら自慢の美脚で、トムソンガゼルのように逃げ出すからさ」
健気にも心配しなくて良いと言っている。
「本当に御免ね。絶対に月美だけは守って見せるから。何があってもさ」
小さなころから龍一は、こうして男らしい台詞を口にすることがある。
そして態度に表し実行する。
本人は、その男らしさに気付いていない。
それが月美の乙女心を強く引きつけて放さないのだ。
普段は情けないところが多い幼馴染に、惚れ込んでいる理由である。
「けっ……。けっこう玉の座った野朗じゃねえか……」
パンチパーマが小声で言う後ろでは、豹柄帽子の男がスマホで仲間に連絡を入れていた。
暫く経つと歩道に立つ八人の横に一台の車が横づけられた。
フォードアの車。運転しているのは角刈りの男。
随分とスピードが出そうなやんちゃな車である。マフラーが小五月蠅い。
車の窓が開くと角刈りが顔を出した。
「大宮さん、車を回しましたぜぇ」
豹柄帽子の口元が狂喜に釣りあがる。サングラスがキラリと光を弾く。
「さあ、二人とも、これに乗りな。蜘蛛の巣にご招待だ」
龍一と月美が指示に従う。
それら一部始終を、別の二人組が反対側斜線に車を停車させて窺っていた。
白いジャージのチンピラ風の男とホステス風のケバイ女だ。
異能者会のメンバー、花巻陸男と十勝秋穂である。
「あらら~。あの子たち、変なのについて行っちゃったわね」
「あのガキ共はジャイアントスパイダーズだな。族だよ。あの千葉寺カヲルが仕切っている暴走族だ」
「やばくない?」
「とりあえずあの車を追うぞ。お前は三日月堂に、また連絡を入れてくれ」
分かったと頷いた秋穂がスマホで電話を掛けた。本日二回目であった。
車を発進させる花巻が愚痴った。
「ちっ、やっとショートヘアーの娘を見つけたのによ。よりによって千葉寺カヲルと揉め事かよ。あの政所龍一って坊主は、闇の写真が示すようにトラブルメーカーかもしれねぇ~な……」
龍一たちを乗せた車と、それを追う花巻たちの車が素度夢町の郊外を目指す。
目的地は、今は使われていない廃工場。
周りには民家も少なく。人気の少ない地域である。
政所龍一VSジャイアントスパイダーズ。
今宵の抗争は、そこで間もなく開始する。




