18・追う者たち
結局のところ龍一がまなみ先生の手伝いで資料室に荷物を運び終えたのは、午後五時ぐらいであった。
廊下を歩きながらスマートフォンの画面をチェックするが、月美からこれといった連絡は入っていない。安堵する。
教室に鞄を取りに急いで帰ると、数人のクラスメイトが残っていた。
他のクラスの生徒も居る。
殆どが帰宅部のはずの連中だった。
普段は、こんな時間まで残っているような連中ではない。
そんな彼らが雑談に花を咲かせている。
わざとらしいが教室に駆け込んできた龍一に気付いていないふりをしていた。
龍一はクラスメイトたちに「お先に」と声をかけると、即行で教室を駆け出た。
数秒後、残っていたクラスメイトたちも慌ただしく教室を出て龍一を追う。
完全に龍一のあとをつけて卓巳が言っていた『幼馴染の彼女』を見に行く気だろう。
そのぐらいは龍一にも予想できていた。
駅前を目指す龍一の背後を、距離を置いて複数の生徒が尾行して来る。
物陰に隠れながらついてくるが、人数が多すぎて目立っていた。
中には隠れる気のない者も居る。
しばらくして龍一が、駅前にあるコンビニ・口一ソンに到着した。
雑誌コーナーでファッション誌を立ち読みしていた月美が、やっと到着した幼馴染をガラス越しに見つけると笑顔で店を出て来る。
「すまん、月美……」
龍一の一言目は謝罪だった。
そのような態度の龍一に、月美は優しい笑顔で「べつにいいよ」と明るく答えてくれた。
時間が遅くなったことを気にしていない様子だった。
しかし――。
「それより龍~ちゃん、後ろの人たちは……」
月美に言われて振り返ると、後を追って来ていた面々が、直ぐ真後ろに迫っていた。
皆が、月美の容姿を見て驚愕の表情に固まっている。
「か、可愛いじゃあねえか……、畜生……」
誰かが呟いた。
卓巳から美少女だと聞いていたが、それが本当だったと確認するとショックを受けている。
中には頭をたらして肩を揺らしながら泣いている者も居た。
「泣くな、友よ。ヤツは俺たちと違う星の下に生まれたんだからよ……」
「でもよ、でもよ……。現実が受け止められねーよ……」
「畜生……。本当にスレンダーでボーイッシュな美少女じゃねえか……」
驚きと悲しみの空気のなかで龍一が眉間を摘まみながら月美の質問に答える。
「ク、クラスメイトだ……」
その言葉を聞いてから月美が、礼儀正しく頭を下げた。
短いスカートの制服前で両手を重ねながら頭を下げる月美が「いつも龍~ちゃんが、お世話になっています」と丁寧に述べた。
汚れなき青春の香りが彼女から感じられる。
頭を上げた月美の顔は無垢で満面の笑顔だった。
「ま、眩しい!」
「なんだこのできた幼馴染は!」
「まるで長年連れ添った女房じゃねえかよ!」
「畜生!」
「神様の馬鹿野朗!」
あとをつけてきた生徒たちが驚愕に次々と声を上げる。
現実を受け止められずに走って逃げ出す者も居た。
「じゃあ、月美。行こうか?」
「うん、龍~ちゃん」
龍一がクラスメイトに「それじゃあね」と言うと、再び月美が頭を下げた。
ここまでついてきた連中も、これ以上は後を追わなかった。
敗北感に足が動かないのだ。
クラスメイトたちが悲しみに暮れていると、彼らの前に三人の男が現れた。
「えっ……」
最初に気付いた生徒が声をもらすと他の面々も彼らに気付く。
「やば……」
全員が身を縮めて彼ら三人から視線を伏せる。
悲しみや驚きの空気が消えて、緊張感が周囲を支配した。
真ん中の男が声をかけてきた。
「おい!」
三人の身形は統一されていた。
黒い革ジャンに革のパンツ。
そして、強面。
一人はロカビリー風の立派なリーゼントだった。
「おめ~ら、ちょっといいか~」
「は、はい。なんでしょうか……?」
応対する少年の声が震えていた。
背後でこそこそと話す声が囁かれる。
「大蜘蛛だよ……」
その声が三人の男たちにも届いていた。
だが、彼らには心地良い言葉に思えたのだろう。顔が怪しく微笑む。
リーゼントの男が訊いてくる。
「おめ~ら、あいつの仲間か~?」
龍一の背中を指差して言っていた。
「が、学友ですが……」
「名前は?」
「な、名前ですか、僕の?」
男が凄みながら顔を近づけてきた。リーゼントの先がクラスメイトの額にくっつく。
「おめ~の名前なんぞ訊いてね~わ。あいつの名前だよ!」
「政所龍一です!」
訊かれた生徒が隠さず答えてしまうと、男はリーゼントを離して振り返った。
遠くに見える龍一の背中を眺める。
「そ~か、あいつの名前はマンドコロか~。おもしれ~。おもしれぇぜ~」
邪悪な笑みが前を向き直す。
「時間とらせてよ~、悪かったな~。けぇ~ていいぞ、てめ~ら」
「はい……」
トボトボと逃げるように移動するクラスメイトたち。
その姿を見送った黒尽くめの三人は、何も言わずに踵を返し龍一たちの後を追う。




