16・風神
龍一の心は躍っていた。
卓巳と歩む登校の道のりで、ニタニタと緩い笑顔が絶えない。
周りには同じ学校を目指す生徒たちが幾人も歩いている。
卓巳が問う。
「朝から何をにやけてやがる?」
その言葉に龍一は、自分の表情筋がだらしないことになっているのにやっと気付いた。
「何かいいことがあったのか?」
長身に金髪の卓巳が見下ろす視線で訊くと龍一は顔を引き締めてから何も隠さずに答えた。
「今日の放課後に、月美と買い物に行くんだ」
平然と振る舞ったつもりだったが、声が弾んでいた。
龍一は気持ちを偽るのが兎に角へたである。
「え、マジ。デートかよ龍~。やったな!」
「デ、デートじゃないよ。ただ買い物に付き合うだけだ!」
親友を祝ったつもりが力強く否定されたので、卓巳がムスッとしながら言い返す。
「世間じゃあな、それをデートって言うんだ」
「ち、違うってば……」
「ちがわね~よ。お前は、馬鹿か、それともアホか?」
卓巳が龍一の肩を肘で突き飛ばす。
「痛い!」
身長190センチの肘鉄に、身長175センチの体躯がよろめいた。
「大体よ、お前にその気がなくても月美ちゃんは、違うんじゃないか。彼女はお前をデートに誘ったつもりかもしれね~ぞ」
「ま、まさか……」
戸惑いながら考えこむ龍一。
言われて見れば可能性はあるかもしれない。
幼馴染とはいえ月美も年頃の女の子だ。異性との恋に落ちても可笑しくない。
そして月美が通っている学校は女子高である。
恋愛対象になる男が居ない現代社会の女島だ。
出会いの少ない月美が、いつも隣にいた手頃な龍一に好意を抱いたとしても不思議ではない。
しかし、不思議ではないかもしれないが、まさかという疑念も残る。
自分のようなドン臭い少年を、ボーイッシュで健康美あふれる王子様系美少女で名高い月美が、恋愛対象として相手にするだろうか?
女子高で女の子にモテモテな月美だ。スレンダーな美少女だ。
周りに男子がいれば、既に彼氏ぐらいいても可笑しくないはずだ。
だが、今まで彼氏が出来たどころか好きな芸能人がいることすら聞いたことがない。
「まさかの訳が、ないだろう普通よ」
また卓巳の肘鉄を食らう。
「だから、痛いってば……」
さっきより弱い一撃だったが、同じ箇所に二発目が入ってやっぱり痛い。
「月美ちゃんは、絶対にお前のことを好きだってばよ。あれは、ただの幼馴染の女の子じゃあないぞ。じゃなきゃよ、毎朝時間を合わせてお前と登校するか?」
龍一も、そうだよな、と思う。
それにここ最近、月美の言動は可笑しい。
特にこの三日間は、やたらとドキドキさせる。
下着の買い物に誘ってきたり、部屋に入って来てパンツを見せてくれたりとだ。
お節介な性格で時々世話を焼いてはくれていたが、そこまでストレートで過激な振る舞いはなかった。
「まあ今日は、ちゃんと月美ちゃんの買い物に付き合ってやれよ」
「お前に言われなくても付き合うつもりだ。でも、デートじゃないぞ!」
照れ隠しに言う龍一を、卓巳が茶化す。
「あー、はいはい、そうですか、そうですかぁ~」
「なんだよ、その言い方……」
「で、何を買いに行くんだ?」
唐突な質問に、一瞬だが龍一の足が止まった。直ぐに歩き出す。
「え~と……」
「んん?」
言えない――。
パンティーを買いに行くとは言えない。
月美が穿くパンティーを、龍一が選ぶなんて言えない。
その時である。
突風が吹いた。
地を這うような低い風が周囲を駆け抜けた後に、天へと舞い上がって行った。
「「おおっ!」」
龍一と卓巳が声を上げた。
他の男子生徒も目を剥く。
前を歩く同じ学校の女子生徒のスカートが、突風に煽られて捲れ上がったのだ。
周囲の女子生徒たちにも、同様のハプニングが発生していた。
二人の前を歩いていた女子生徒が、靡く髪とスカートの裾を咄嗟に押さえていた。
「きゃ!?」
しかし後方から見ていた龍一と卓巳の視線をブロックすることまでは不可能だった。
彼女は秘密の楽園を二人に晒す。
「やだー、もー!」
突風にスカートを弄ばれた女子生徒たちが、小さな悲鳴を上げたあと、天に向かって文句を溢す。
バッチリとパンツが見えた。桃色である。
そして、龍一がボソリと言う。
「パンツだよ……」
龍一が述べたのは、月美と買い物に行く品だった。
「ああ、ピンクだったな――」
だが、卓巳は龍一の言葉を誤解して受け止める。
突風により、目の前に儚く花開いた乙女の秘密だと思ったのだ。
「なんか朝からよ、俺らラッキーだな。良い物を拝めたぜ!」
「うん……」
二人は前方を歩く女子生徒の背中に向かって両手を合わせた。頭を垂らして拝む。
「突風の神様有り難う!」
「突風の神様って、なんだよ?」
「風神雷神の、風神かな?」
「なるほど……。さすがオカルトマニア」
「ギリシャ神話で言うと、風神はアイオロスかな」
「アイオロス……。射手座のゴールドセイント?」
「それは、コスモを感じる人ね」
そのような会話をしながら二人は校門をくぐった。
学校に到着する。




