14・リュウジ
時は夜。三日月ビル五階にある会議室。
ほんの三十分前まで、年齢性別ともにバラバラな面々が揃って秘密結社と名乗り、怪しげな会議を開いていた。
秘密結社異能者会――。
彼らの目的は、産まれ来る異能者たちの管理である。
今宵集まった全員が異能者であり、他の異能者が超能力で悪事を働くのをよしと思えないメンバーであった。
何故に良しとしないかは、人それぞれであるが、利害が一致しての集まりであるのは確かであった。
このメンバーには、間違いなく悪党だけはいない。それだけは全員が自負している。
「厄介なことになったな……」
メンバーに三日月堂の愛称で呼ばれる男は、一人会議室に残り窓の外を眺めていた。思わずもらす言葉に暗いものが混ざる。
五階の窓から見える景色は、駅前大通りを駆け抜けて行く車のヘッドライトばかりであったが、その灯りが映し出す街角には、まだまだ人通りがチラチラと見られた。
「私の予想が正しければ、嫌な展開に進んでいるやも……」
振り返った三日月堂は、ホワイトボードに貼られたままの写真に目を移す。まじまじと龍一の写真を凝視していた。
そのような中、静かな会議室にカチャリとドアノブが廻される音が響くと、扉を開けて二人の男女が入って来た。
「三日月堂さん、桜ちゃんを送ってきました」
「ご苦労さまです。千田さん、夏子さん」
小説家と女刑事である。二人は未成年である巫女服少女の桜を自宅まで送って来たのだ。
この春、中学生になったばかりの少女を夜な夜な一人で帰すわけには行かず、刑事である十勝夏子が送ってくると言い出したのだが、今度は小説家の千田和人が、女性だけでは心配だと二人で送ることになったのである。
三日月堂は優男だが、小説家の千田和人は優男を通り越して痩せ男である。雄としは兎に角弱そうだ。
そのような脆弱な男がついてきても、夜の不安から女子二人を守れるのだろうかと、刑事である十勝夏子は思っていたが、彼女は千田が自分に好意を抱いていることに気づいていない。
刑事としては鋭い勘を持ち合わせているが、事自分の恋愛に関しては鈍い様子である。
会議室に帰ってきた十勝夏子が、ホワイトボードの写真を見ながら三日月堂に問う。
「ねえ、三日月堂。何故に会議の時に、この少年について語らなかったの?」
「どういうことですか?」
小説家の千田が、何を話し出したのかと二人に訊く。どちらでもいいから内容を明確に答えてもらいたい様子であった。
三日月堂が答える。
「いやね、あの二人が思ったよりも早く少年を特定したのでね。それを聞いたなら、どうやら私の勘違いだったようでしたし」
「じゃあ、昨日言っていたのは、貴方の勘違いだったの」
十勝夏子の言葉に三日月堂は「多分」と答えた。
「多分って、どういうことですか?」
まだ話が見えない千田が再び問う。
「この写真の少年がね、私の知り合いというか、店の常連というか、まあ、良く似ている子がいてね」
「え、そうだったんですか?」
「昨日、それについて夏子さんには言ってあったんですがね。まあ、似てると言っても、顔立ちは似ているが、感じが随分と違うと言うか……」
実に歯切れが悪い。
「なんですか、それにしても曖昧な表現ですね」
「似ているが似ていないってことなの?」
小説家と女刑事が、はっきりしない三日月堂の話に怪訝な顔を見せる。
「似ているけど、目つきが違うんですよ」
「目つき、ですか……」
「そう、目つきの感じが違いすぎて、別人に見えるのですよ」
「どんな風に違うの? もっと具体的に表現できないかしら」
十勝夏子に言われて少し悩んだ三日月堂は、両手の人差し指で自分の両目を釣り上げながら言った。
「もっとこう、目が鋭いと言いますか、尖っていると言いますか……」
二人は三日月堂の作り面を見たあとに、ホワイトボードの写真を見直す。
「こっちの少年は、随分と穏やかと言うか、優しげと言うか……。僕が知っている少年と違うのだよ」
「不良少年、そんな感じなのかしら?」
「いいや、どちらかといったらね、一本筋が通っていそうな感じなんだよ。頑固な強さを秘めた顔つき。こんなにもろそうな少年じゃないんだ」
小説家がホワイトボードから龍一の写真を一枚取って言う。
「写真だから、イメージが違ったとか? 写りかたの問題では?」
小説家の言いようにも一理ありそうである。
「僕もそうかなと最初は思っていたんだけど。花巻君の報告を聞いてね、別人だと思ったんだ」
「だから会議では言わなかったのね」
「何故、別人と思われたんですか?」
「少年は自分の名前を僕に『リュウジ』と名乗っていたからね」
「『リュウジ』ですか、じゃあ名前が違いますね」
『龍一』でなく『リュウジ』。
「三日月堂、少年のフルネームは知らないの?」
「残念ながら訊いていません。携帯電話の番号とメールアドレスは交換しているのですが」
「じゃあ、少年が名前を偽っているとかでしょうかね?」
「千田さん、それは考えられないよ。彼と知り合ったのは二年以上前だ。お客として本屋に来ているのは、それよりもっと前からです。彼がわざわざ嘘を名乗る理由はないでしょう」
そのような嘘をつく必要がなさそうだと二人も悩む。
「そうか……。まだパンドラ爺婆が活動を開始する前からの知人ってわけか」
「じゃあ、三日月堂が少年の名前を間違えて覚えていたとかは、ない?」
「それはないと思いますよ……。私は人の名前を間違えることが少なくてね。そこそこ記憶力には自信があります。それに彼が来店するたびに名前を呼んで挨拶しているからね」
「間違えて名前を呼ばれれば、本人も流石に訂正するか……」
「双子とかはないかしら?」
「花巻君の報告だと表札にはリュウジはなかったよね」
「そうか……」
「それなら会議の時に言っても良かったんじゃない?」
再度同じことを問われる。
「そりゃあ夏子さん、もしも間違いだったらリュウジ君に迷惑がかかる。名前と顔が少し似ているだけだからね。それに、その少年が異能者とは確定していないしね」
確かに彼らから見て龍一が異能者であることは、確認が取れていない。桜の念写だけが、それを示しているにしか過ぎない。
「そうか、いつもなら直ぐ、本人に訊きますものね。貴方はパンドラ爺さんか婆さんに超能力を貰いましたかってね」
「そうそう、秋穂さんがいれば嘘は通じない。質問だけで異能者かどうかは判明しますしね」
秋穂とは、あのホステス風の女である。
十勝 秋穂 《とかち あきほ》。
彼女の超能力は嘘を感じ取る能力であった。
人間嘘発見器である。
嘘の内容や何が真実かは分からない。
しかし、嘘をついているか否かは百パーセント分かってしまう。実に便利な能力である。
十勝秋穂は刑事の十勝夏子の妹である。
それだけじゃなく会議に出席していた巨乳の女性も彼女たちと姉妹であった。
長女・春菜。
次女・夏子。
三女・秋穂。
四女・冬樹。
十勝四姉妹である。
彼女たちは姉妹四人でパンドラ爺に行き当たり同時に異能者になっている。
そして春菜と秋穂も異能者になる前は警察関係に勤めていたが、超能力をプレゼントされると仕事を辞めている。
春菜は冬樹と三日月堂ビルの四階で喫茶店『キャッツアイ』を経営しているが、秋穂は無職であった。
今は秘密結社異能者会から報酬を貰い暮している。
嘘発見能力を異能者会のために使う。
超能力を人にばらさない。
これらが条件で、彼女は一ヶ月にして五十万円の報酬を貰っている。
彼女と行動を共にしていたチンピラ風の男である花巻陸男も同額の報酬を貰っている。
それらの資金源が異能者会にあるのは、すべて売れない小説家の千田和人が提供しているからだ。
何故にそれほどの金額を売れない小説家が出せるかは、彼の超能力に秘密があった。
千田和人の超能力は、自分が執筆した小説の生原稿を黄金に変える能力なのだ。
純金を作り出せるのだ。
しかし彼は、生原稿以外を黄金に変えられない。
ワープロやパソコンでプリントアウトした原稿は、何故か黄金に変わらない。
自分で筆を執った原稿しか金には変えられないのだ。
だから千田は、売れない小説家でありながら食いぶちには困っていない。
本当は、自分で書いた小説が売れて、大御所小説家として印税で暮しながら物語を作り続けたいのが本望であった。
だが、なかなか人生とはうまくはいかない。
今彼が書く小説は、原稿ごと黄金に変えたほうが金になるのが現状だった。
まあ、バイトをしながら読んでも貰えない小説を書き続けるよりはましだと本人も最近では思い始めていた。
困ると言えば、金に変えた原稿を千田本人が現金に変えてばかりいると怪しまれる点であった。
普通の家柄に産まれた千田が、ゴールドショップにちょくちょく純金を持ち込めば怪しまれる。
そこで考えられた換金法は、資産家の息子である三日月堂が代わって換金する手段であった。
彼なら何度も純金を現金に換金しても、親の金を息子が使い込んでいる程度にしか怪しまれないからである。
「それにしても、この闇の念写さえなければ、いつもと同じ段取りで確認できるのですが……」
黒い写真を手に取り、千田が残念そうに言う。
「まあ、今回は慎重に行こうと決めたんだから、そうしましょう。ねえ、二人とも」
十勝夏子の言葉に二人の男が頷いた。
「でも、三日月堂。念は入れて損はないでしょう。その『リュウジ』君の電話番号を教えてくれないかしら。私のほうでも彼を調べておくからさ」
刑事としてのルートを使うのだろう。
職権乱用だが、今は心強い手段である。
国家権力は、やはり偉大である。
「そうですね。本当はプライベートな情報だから、教えるのは心苦しいのですが、ことがことですからね……」
と、言いながら三日月堂はスマートフォンを出して番号を女刑事に見せる。
夏子は番号を警察手帳にメモると「じゃあ、私も帰るわね」と言って踵を反した。
扉の前で「おやすみなさい」と手を軽く振ると会議室を出て行ってしまう。
「本当に、ただ似ているだけでしょうかね?」
女刑事を見送った小説家が、まだ今一つ納得行かないのか、話を蒸し返した。
「同一人物か、似ているだけか、言い出した僕にも分からないぐらいです」
「まあ、『リュウジ』は夏子さんに任せて、『龍一』は、あの二人に様子を見ていてもらいましょう。ちゃんと調査すればはっきりしますよ」
「あの二人に、このことを知らせますか?」
花巻陸男と十勝秋穂にだ。
「追々僕から話しますよ」
「その辺は貴方にお任せします、三日月堂さん」
そう言いながら小説家も出口を目指す。
「では、私も帰ります。また」
「はい、おやすみなさい」
小説家を見送ると、三日月堂はまた独りとなる。
その後も彼は、五階の窓から通りを走る車のヘッドライトを眺めていた。
やはり闇の念写が脳裏から離れないのだ。
不安が強く残った。




