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短編集

青春ノート

作者: 赤オニ

 小学生最後の夏休み。終業式やら先生の挨拶やらが一通り済んで、重たいランドセルを背負い手提げバッグを持って家に向かう途中、夏休みの宿題を机の上に忘れてきたことを思い出す。



 やってしまったー。うわー、なんてこったい。たまにうっかりをやらかすのが、わたしの欠点だと思う。他はまぁ、人並み程度には出来るし、成績はいい方だから馬鹿ではないと思う。……そう信じたい。



 家まであと数分。学校に戻るならあと30分はかかる。広いばかりで何にもない田舎暮らしはつらい。やれやれまったく、見渡す限り田んぼに畑で絵に描いたような田舎。春にちょっとした丘を上ると大きな桜の木があったり、夏には虫取りをしたり、秋は鈴虫の音色を聞いたり、冬は雪遊びをしたりと、嫌いではないけどね。



 しかしわたしは一応クラスでは優等生として通っているので、夏休み明けに「宿題忘れてました、てへべろ」じゃ済まない。ほら、成績もいいし? 一応クラス委員長とか務めてるし?……うん、自分で考えて今のは流石に痛い。「てへべろ」はない。



 でもなぁ、家に帰ったら冷房と言う文明の利器に色々削がれてしまう。考えてみよう、36度近くある外から25度設定の家に帰ったとして、もう一度くそ暑い外に出ようなんてわたしなら考えない。せめてこの重たい荷物だけでも家に置いてから戻りたいけど、そしたら姉ちゃんにからかわれるに決まってる。



 仕方ないけど、家に帰る前に取りに戻ろう。くるりと方向転換し、不思議そうな顔をする友達に「宿題忘れたぁー!」と告げて走り出す。ガッチャガッチャとランドセルの中身をかき混ぜるように、後ろから聞こえる友達の盛大な笑い声に押されて、わたしは学校へ戻った。



 教室に着く頃には全身汗だく。暑いからと言う理由で夏を迎える前に切った短い髪の毛も、汗でしっとりとしている。職員室に残っていた先生から教室の鍵を受け取って、教室へ走って向かう。



 扉を開ける音は、しん、と静まり返った教室にはやけにうるさく感じた。窓が閉めきられているため、蝉の鳴き声が少しこもって聞こえる。人気のない教室に入るのは初めてで、わたしの代で閉校する我が校でこんな体験をするとは……ちょっぴり得した気分。



 全力疾走したから、心臓がバクバク激しく主張してくる。深呼吸をしようと大きく息を吸って、吐き出そうとして固まる。誰もいないと思った教室に、まだ人が居たことに驚いて。



 髪の毛が白のシャツの襟元まであって、うつむいているから性別がわからない。色素が薄いのか、まだ明るい教室の中でその子の髪の毛は赤茶に見えた。



 女子かな? 男子かな? ズボンをはいているから男子かも。でも、肌がすごく白いし腕とか足とか細いから、女子かもしれない。色々考えてみるけど、考えていても仕方ない。



 それにしても、見たことないなぁ。こんなに色白の子なら、目立つだろうに。うちの学校はとても小さいから、全生徒の顔は把握できる。何せ、来年わたしら6年生が卒業したら閉校するぐらい! わはは。……笑えねぇ。



 一応、6年間お世話になった学校なので、思い出深いのだ。感慨深い。うわ、わたし今、すっごい頭良さげな言葉使ったよ! 閑話休題。昼休みは全生徒で鬼ごっこしたりして遊ぶから、皆日に焼けて黒い黒い。かくゆうわたしも、その中の一人なわけですが。



 わたしの頭がニワトリなのか、全く記憶にない。おかしい、成績はいいほうだと思っていたのに。いや、実際いいんだけどね。先生にも「勉強は出来るのに頭が残念な子」と評判だし。……あれ? もしかして褒められてなかった?



 それはそれで置いといて、記憶力はまた別の話かな? わたしの記憶力がコケコッコーだとしたら、ちょっとショックだ。三歩歩いたら鳥さんは本当に忘れちゃうのかな。色々考えてみたけど、一番疑問なのは、どうして知らない子がわたしの机の前に立っているのかってこと。



 ぼけっと間抜けに突っ立っていると、その子が顔を上げて、こちらに視線を向ける。長いまつげに縁取られた目に、射抜かれる。睨まれたわけでもないのに、なぜか一瞬どきりとした。その子と目が合った瞬間だけ、時が止まったみたいに感じたのは、気のせいか。



「これ、キミのデショ? 忘れたんだ」



 からかうように、わたしが机の上に置いて忘れた夏休みの友を持ってひらひらと振る。けらけらと楽しそうに笑う姿は、どこにでもいる普通の子だった。それから、性別は男だった。声変わりはまだみたいだけど、女子みたいに高い声じゃないから、わかる。



「返してくれる?」



 恥ずかしさから、ムッとして強い口調になってしまう。男の子に向かって手を差し出すと、置かれたのはわたしの宿題ーーではなく、一冊の古びたノート。大きさは丁度、勉強で使う学習ノートぐらい。



 名前ペンで、大きくタイトルが書いてある。所々掠れているけど。首をかしげて、それを口にする。



「……青春ノート?」



 わたしの言葉に、男の子は嬉しそうに、ちょっと照れ臭そうに笑って、「うん、そう」とちょっと理解し難い返事をした。何が青春なんだろう。彼の頭の中が常に青春なのか。青い春なのか。それを綴ったノート……だから青春ノート?



「青春ノート、いい響きデショ。これ使って、お話するんだ。話す相手は必ず決めているんだよ、それはねーー」



 ナイショ話をするみたいに、わたしの耳元に男の子が顔を寄せる。男の子のさらさらの髪の毛か頬にかかる。ほんの少し、違和感を抱いた。こんなに暑い教室の中、どうしてこの子は汗ひとつかいていないんだろうーー、と。



 そんな些細な違和感は、男の子の言葉で消えた。



「キミみたいに、宿題を忘れるようなちょっと間抜けな子」

「んなっ、何だとこらぁー!」

「アハハッ。ノート、何でもいいから書いてね、書いたら、キミの秘密基地……体育倉庫に置いてくれたら、僕が返事を書くから。僕は(しゅう)、ヨロシク」



 古びたノートと一緒に、夏休みの友をポイッと投げられ、わたわたとキャッチしている間に、彼はどこかへ行ってしまった。行ってしまった、というよりはその場から消えた、といったほうがしっくりくる。そのぐらい、あっという間にいなくなってしまった。



 白昼夢でも見たような気分だけど、わたしの手には確かに男の子ーー柊が放り投げた青春ノートがあって、それがさっきまでの出来事が現実だったことを示している。ついでのように頬をつねってみたけど、痛かったのでわたしが持っているこの青春ノートも、さっきの出来事も、夢じゃないみたい。



「しかも、面倒臭いだけの交換日記じゃん」


 

 ……何で、誰にも言ってないしバレてもないわたしだけの秘密基地の場所を、知っていたんだろう。誰もいない教室での呟きは、静かな空間に吸い込まれるように消えた。



 家に帰る頃には、もうぐったり。冷房の効いたリビングの素晴らしいこと。やっぱり冷房ってサイコー。発明した人は天才だね! このわたしが褒めてつかわす。



 わたしは汗で肌に貼り付いた服を脱ぎ洗濯機に放り込むと、着替えて冷凍庫からアイスキャンディーを取り出し、口にくわえてソファに座る。



「ああー、やっぱり冷房の効いた涼しい部屋で、お腹下しそうになりながら食べるアイス最高」

「莉子、あんたって頭いいけど馬鹿よね」

「姉ちゃん、帰るの早くない?」

「あんたが学校に宿題忘れるようなアホなことしてる間に、仕事終わったの」



 むう、よりによって何で姉ちゃんに言うかなぁ、アイツら。今度会ったら軽くしめとかないと。せっかく重たい荷物背負ったまま学校に戻ったわたしの体力を返せー。



 それにしても、相変わらず姉ちゃんってば辛らつだなー。そんなんだといつまで経っても彼氏出来ないぞ! とか言ったら本気で睨まれた経験があるので言わない。



 アイスキャンディーを舐めながら、そんなことを考えていると、青春ノートの存在を思い出す。わたしが通っている桜河小学校は、姉ちゃんの母校でもある。



 もしかしたら、青春ノート男子のことを何か知っているかもしれない。聞こうか迷って、まずはノートの中身を見てからにしようと決める。百聞は一見にしかずってね!



 アイスキャンディーをしゃくしゃくと噛み砕き、残った棒を流しの三角コーナーに捨てて、2階の自室へあがる。



 部屋は当然冷房なんてついていないからむわっとしていて、とても暑い。さながらサウナのよう。重たいランドセルと手提げバッグを下ろして、エアコンのリモコンを探す。



 基本部屋が散らかっているわたしは、何かしら探し物に時間を割いている気がする。なんと言う時間の無駄! しかし片付ける気が起きないので、恐らく年末の大掃除までこのままだと思われる。



 年末の大掃除で、お母さんと姉ちゃんから数日に渡り部屋を片付けるようチクチク言われて、ようやくわたしの重たい腰が上がる。我が家では毎年恒例のこと。



 っと、今はそんなことどうでもいい。せっかくリビングで涼んだと言うのに、リモコン探しのせいですっかり汗だくである。誰だ、部屋をこんなに散らかしたのは! わたしだ!



 いかん、暑さで頭が茹で上がっている。くらくらしてきた。約10分間、散らかった部屋と格闘し、リモコンを発掘した。冷房を設定温度18度にして、風速を強にする。エアコンがごおおお、と唸り冷たい風を吐き出す。



 はぁ、天国天国。お手軽に天国気分が味わえるなんて、我が家は平和だ。いいことだね。外は蝉が騒がしいけど、部屋の中にいるわたしには関係ないもんねー。



 さて、本題の青春ノートを見るとするか。手提げから、柊から放り投げられたノートを取り出す。ベッドに座り、ノートを広げる。表紙以上に、中身は色褪せてる。更に、思っていたよりも文字で埋め尽くされていた。なぜか、端っこだけ。



 てっきり、一ページにその日の出来事を書いて、お互いにやり取りをする交換ノート方式かと考えていたら、中身はまるで授業中にノートの端を使って、隣の席の子と会話するみたいな内容だった。



 先生の前髪の後退する勢いが止まるところを知らないとか、今日の給食はカレーライスだとか、嫌いな授業なのか、雑談をしていたり、時にはお互い答えを教えあったりしている。



 ノートには、会話と一緒に日付も書いてある。でも、夏休みに入る直前の7月で、やり取りは止まっていた。



 最後に書いてある文字はたった一言、『好きです』とだけ。返事はない。



 確かに青春ノートと言われたら、納得の出来る内容だった。うん、青春してるわー。眩しいぐらい青春だわー。これを、わたしにもやれと? てか、こんな中途半端なところで止まってるノートなんて、やだよ。



 ノートでやり取りをしているのは、筆跡からしてふたりだけみたい。ノートが進んでいくうちに、段々片方の字のはらいや、とめが雑になってるから、片方は学校で会ったもやし男子……柊と思われる。



 そして、もう片方は癖があるけど、綺麗な字をしているから女子かな。どことなく、うちの姉ちゃんの字に似ている。気のせいだと思うけど。



 告白をしたのは、段々文字が雑になっていってる柊の方みたいだ。



 女子は、何で返事をしなかったんだろう? 他に好きな人がいた? でも、これだけ柊と仲良さげなのに……。何で?



 何だか、自分が名探偵にでもなったような気分。筆跡や字の癖から推理するなんて、わたし超カッコイイ。名探偵莉子! 的な? うーん、キャッチコピーどんなのにしようかな。



 おおう、そろそろ冷房の温度上げてもいい頃か。流石に寒くなってきた。アホなこと考えている場合じゃないよ。リモコンをいじって、温度を上げて風速も弱にする。



 それにしても、年季の入ったノートだよねぇ。何もこんな古いノート使わなくてもいいのに……。おばあちゃんとかからの貰い物とか? だからってそれ学校で使うかな~。とことん変なやつだな、柊は。



 何から書こうか迷って、えんぴつを手に取ってとりあえずノートの一番前のページを見て、固まる。



「え。……は?」



 最初のページに記されていた年は、今から13年も前の年だった。どくん、どくんと心臓が大きく脈打つのが伝わってくる。13年前の日付からスタートしたノートのやり取りは、13年前の7月で止まったまま。



 寒いぐらいの部屋の中で、わたしは一人冷や汗を流していた。全身の鳥肌が立つのがわかる。



 柊は、一体……。



「莉子ー? 入るわよ」



 ノックもなしに、いきなり部屋の扉が開き、姉ちゃんが入ってくる。思わず、びくりと肩が動く。顔をしかめて「相変わらず散らかってんね」と呟く姉ちゃん。



 真っ青な顔をしているであろうわたしを見て、姉ちゃんがビックリしたように足元の荷物を避けながら駆け寄ってくる。



「どうしたの!?」

「ね、姉ちゃん……。わたし、幽霊に会った、かも」



 学校であったことを話した。柊と言う男子に会ったこと、青春ノートを渡されたこと、誰にも言ったことのない秘密基地の場所を柊が知っていたこと……。



 わたしは、ずっと考えていたことを確かめるために、青春ノートの最初のページを見せて、姉ちゃんに訴える。



「13年前って、丁度姉ちゃんが桜河小学校の6年生だった時でしょ?」



 震える声でそう尋ねると、姉ちゃんは悲しそうな、複雑な顔をしていた。



 女子の筆跡を見て、姉ちゃんの字に似てると思った。でも、小学生の字と大人の姉ちゃんの字が一緒なわけがないと、一度は振り払った考え。だからこれは、疑問じゃなくて、確認。



「柊は……、あたしの幼馴染みだったのよ。でも、病弱だったし、よく学校を休んでいたから、クラスではあまり馴染めなかったみたい」



 そこで始まったのが、隣の席だった当時小6の姉ちゃんとの、ノートの端を使ったやり取り。授業がつまらない時は、柊の机にノートの端を寄せて、ふたりでこっそりやり取りをしていた。



 姉ちゃんは柊のことが好きだった。幼馴染みとして、異性として。



 二人がいつも遊ぶ場所は決まって、古びた体育倉庫だった。わたしが今、秘密基地にしている場所だった。あそこは年中日陰になっているから、夏は若干涼しいし、冬はちょっと寒いけど、仕舞われた埃まみれの体育に使う道具で遊んでいるうちに寒さなど忘れる。



 夏休み直前、風邪を引いて姉ちゃんは学校を休んだ。柊は、姉ちゃんが見る前にそっと例の告白文を残して、転校した。体調が良くないから、もっと施設の充実した大きな病院に移るため。



 姉ちゃんが登校して、柊からの告白文を見たのは、お母さんから柊が転院先の病院で亡くなったことを知ったのは、同じ日のことだった。



 容態が急変して、最期は意識がないまま亡くなった。



「ずっと……後悔しているわ。あの日、あたしが学校を休まなかったら? 最後に柊と会えたかしら。柊からの告白を聞けて、同じ気持ちを返せたかしら。後悔しても、遅いけれど」



 くしゃりと顔を歪めて、姉ちゃんが泣く。普段、勝ち気な姉ちゃんが人前で涙を見せるなんて、相当だ。それほど、後悔していたんだ。青春ノートと一緒に、姉ちゃんも時が止まってしまった。



 進めなくなったんだ、柊のことがあるから。彼氏を作らないのも、仕事に打ち込むのも、全部柊のことがあるから?



 柊は最期に、何を思ったんだろう? 姉ちゃんから気持ちを返してほしかったら、わざわざ青春ノートに書かなくても、休んでる姉ちゃん宛てに手紙……ラブレター? でも出せば良かったんじゃないだろうか。



 柊はきっと、青春を閉じ込めたかったんだと思う。端っこだけ文字で埋まったこのノートは、柊にとっての宝物なんだ。だから、最後に書いたのが告白文。答えは、求めていなかった。それでも、わたしは勝手に姉ちゃんと柊は両思いだったと思う。



 でも、柊が閉じ込めた青春ノートには、姉ちゃんの前へ進む心も一緒に閉じ込められてしまっていて……。



「姉ちゃん! わたし、柊宛てに書くこと決めたよ」

「莉子……?」



 えんぴつを握り、ノートにでかでかと書く。



 青春ノートを持って、わたしは暑い外へ飛び出した。学校へ向かって走る足は、とっても軽い。冷房の効いた部屋の中にいるより、ずっと空気が吸いやすい。



 体育倉庫の扉を開けると、柊がビックリした顔で待っていた。長年使われていない跳び箱の上に座っていて、わたしは柊の目の前に青春ノートを広げて、突きつける。



「男なら、正々堂々告白しろやボケ! ……姉ちゃんのこと、好きなんでしょ?」

「あ、は。ははっ、やっぱり、咲子と繋がりあったんだ。キミの勝ち気なところ、そっくりだもんなぁ、13年前の咲子と。まさか、姉妹とは思わなかったけど」



 姉ちゃんの名前を口にする柊は、顔を歪めている。泣きそうなのを、我慢している……そんな顔。



 少し黙って、柊が首を頼りなく横に振った。



「ダメなんだ。もう、この体じゃあ……咲子に想いを伝えられない」

「馬鹿! 何のための青春ノート? これは、あんたが姉ちゃんと青春を送るため(・・・・)のノートでしょ。一方的に告白して、青春を自分の中だけで閉じ込めておくための物じゃない。えんぴつ、持ってきた」



 これだけ言ってわからない馬鹿なら、一発か二発殴って帰るつもりだった。何で姉ちゃんの初恋を、妹のわたしが手伝っているのやら……。何だか可笑しくなってきてしまう。



 わたしが柊に向けて突きつけたえんぴつと、青春ノートを手に持ち柊は迷いが吹っ切れたようで、文字を書き始めた。当時のやり取りを再現するみたいに、ノートの端っこに。



 書き終えた頃、姉ちゃんが息を切らして体育倉庫へ入ってくる。



「莉子! あんた、いきなり学校に行くから探したじゃ、ない……」

「姉ちゃん、これで返事……書けるよね?」



 わたしが広げた青春ノートには、13年前から時が進み、同じ7月でも、13年後の7月の日付と共に、告白文の続きが柊の字で書いてある。



 青春ノートを受け取った姉ちゃんが、静かに読み上げる。



「ず、っと……好きでいます。あの時も、今も、変わらず。返事……まっ、まっ、て、ます……。う、うう……しゅ、うの、馬鹿ぁ」



 読み上げたあと、青春ノートを胸に抱き姉ちゃんは泣き崩れた。えぐえぐと大泣きする姉ちゃんは、嗚咽混じりに「遅すぎよ」とか「勉強は出来る癖に」とか、文句を言っていた。



 柊は、泣き崩れた姉ちゃんのそばに膝をついて、背中をさすっている。見えないし、伝わらないけど、想いは伝わった。



「えん、びつ……」

「はい、姉ちゃん」



 苦笑いしながらわたしの渡したえんぴつで、涙でふやけたノートの端に、『遅すぎ、馬鹿柊。あたしも、ずっとあんたのことが好きでした。これでようやく、ケジメがつけれそうです』と、大人になった姉ちゃんの字で返事が書かれた。



 背中をさすっていた柊は返事を見て、「ずっと縛っててごめんね、咲子。お盆の時ぐらいに、たまに思い出してくれたら嬉しいなぁ……」そう呟いて、わたしに向かって手を振ると、静かに消えた。



 成仏……ってやつかな? はぁー、疲れた。夏休みは、これから始まると言うのに。



「姉ちゃん、帰ろう」



 真っ赤に腫れた目を細めて、姉ちゃんが笑う。目のふちにたまった涙を拭って、青春ノートをしっかりと手に持って二人で家に帰った。



 こうしてーー姉ちゃんのほろ苦い初恋は、13年の時を経て、ようやく終わりを迎えた。



「姉ちゃんー? 辞書借りるよ……」



 夏休み真っ盛り。蝉の鳴き声がやけにうるさい姉ちゃんの部屋に入ると、窓を開けっ放しにしてすやすやと眠っていた。



 窓が開いているから、やけに蝉の鳴き声がうるさかったのか。



 仕事をバリバリこなすキャリアウーマンなのに、こういうところで無防備だよね。姉ちゃん、身内の贔屓目からしても美人の部類に入ると思うから、会社では大丈夫か? こんなに無防備だと、狼と化した男ががおーっと……。



 アホなことを考えていたら、机の上に広げられた一冊のノートが目に入る。



 端っこが文字で埋め尽くされたそのノートのど真ん中にでかでかと、その一言は書いてあった。



『がんばれ!』



 不恰好だけど、精一杯のわたしの応援はどうやら、これで良かったみたい。

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