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神の最終定理  作者: 朝霧柑平
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第3話 定義:ベタな展開はよく起こる

 駅を出てから数十秒歩くだけで、高層建築物が見えた。周辺の建物と比べると、そこだけ大きな存在感を放っている。比較的近年に建てられ、外装、内装ときれいであった。ここが幸太郎と千景の通っている大学であり、レベルで言えば中堅の中の中堅といったところ。理工学部と工学部のみで、生徒は多いが女性がそれほど多くはないのが残念である。

 受付で資料を渡されてホールに入った。すでに学生がちらほらと着いていて、久しぶりに会う友人との話で溢れている。あたりを見回して席を探していると、知っている顔があった。


「千景。久しぶり~」


 凛としながらも、元気に響くような声の主は手を振っている。いや、手を振りながら突進してきた。千景よりやや背が高く、少し暗めの赤いショートヘアをなびかせて突っ込んでくる姿は、さながら獲物を狙う猛禽類である。しかし、狙われた小動物にあたる千景は動じなかった。この1年間繰り返されてきた日々の進化の過程による知恵なのか、生き残るための本能なのか。千景は直線的に突っ込んでくる野生動物を「ひょい」と、体をひねる最小限の動きで回避した。


「ひゃあ!」


 問題となったのは、勢いの付いた体を受け止めるものはないことであり、幸太郎の手前で頭から床にダイブした。ドシャ、と鈍い音が響き、周辺にいた学生の視線が集まる。


紗季さきちゃん久しぶりだね……大丈夫?」


「そうね……」


 千景が困惑しながら手を差出が、気まずい雰囲気が周辺に広がる。怪我は本人の自業自得だが、この空気では幸太郎も同情せざるを得ない気持ちになった。


「矢代も久しぶり……席とってあるから……こっち」


 よろよろと立ち上がり、お通夜状態になった四条優香(しじょうさき)は、千景の手を引きながら席をまで案内した。普段はスタイルの良い美人なのだが、時々ある残念な行動がもったいない。

 ホール後方へ向かうと、既に1人の男が携帯をいじりながら席で待っていた。高身長に明るいブラウンの長めの髪を垂らし、眼鏡をかければとさわやか知的系男子、眼鏡を外すとただのイケメンという腹立たしいスペックである。しかしながら、頼れる年上といった雰囲気を出しており、オシャレなお店の店員でもやっていそうである。ここまで完璧であると妬みより憧れのほうが近い感情を持つほどだ。


「よぉ。元気にしてたか」


八色やいろ君ひさしぶりだね~」


「幸太郎に大鳥さん、久しぶり。俺は元気にしてたよ~。それで、なんで四条は落ち込んでるの? 大丈夫か?」


「あまり大丈夫じゃない……」


 ちょうどあの悲惨な光景を見ていなかったようで、八色悠助やいろゆうすけは状況をいまいち飲み込めていなさそうである。取り敢えず座ろうと悠助が奥にずれ、優香、千景、幸太郎の順に座った。

 もらった資料を眺めながら雑談していると、ほどなくしてオリエンテーションが始まった。とはいえ、年間予定や諸注意、資格云々についてがほとんどであり、あくびを噛み殺すことに集中する。


「なあ千景。今年は……って、もうだめか」


 千景に話しかけようとするも、すでに座席の前の机に突っ伏しており、寝息が聞こえてくる。頬を軽くつついてみるが、起きる気配はなかった。今日は朝早くから活動していた仕方ないのかもしれない。ちなみに優香もこっくりこっくりと、舟をこいでいる。もっとも、話している内容はたいてい資料を読めば全部書いてあり、わざわざ聞く必要もないので寝かしておく。


「というわけで悠助、俺も寝るぞ」


「いや、どういうわけだよ。それと俺も限界なんだけど」


 そんなやり取りから数分後、幸太郎の周辺は睡魔により全滅していた。




「幸太郎君、幸太郎君。おきておくれよ~」


「おきなさい矢代。さもなくば千景はもらっていくわ」


 頭を小突かれたのに加えて変な言葉が聞こえたところで、幸太郎は意識を戻した。顔をあげると、ホールには学生がほとんど残っていない。幸太郎の目の前では、紗季が千景を捕獲しているという、理解に苦しむ光景があった。捕まっている千景も嫌がっているというより、ノリノリである。幸太郎は理解に苦しんだので、理解することを放棄した。


「終わったのか。悠助はどうした?」


「悠助ならあっちで話しているわよ。人気者は大変そうですこと」


 千景を離す気はないらしく、紗季は顎で指した。少し離れたところで女性に囲まれている悠助の姿がある。凄いことに、学科の数少ない女子がほとんど集まっている気がする。


「矢代と千景は、この後どうする予定でいるの?」


 紗季はようやく満足したのか、千景を解放した。


「俺は書類を出しに行かないといけないし、明日も早いから帰る」


「わたしも幸太郎君についていくよ。帰りに夕飯の買い物をしないといけないからね」


「そう。それじゃ、また明日ね」


 紗季と別れを告げ、幸太郎と千景はホールを後にする。ホールのある1号館は主に教授の部屋や研究室になっているため、ここに残る学生も少ない。ホールとは打って変わった、静かな廊下を歩いていく。


「きちんと書類は持ってきたの?」


「あるよ。ほら」


 幸太郎はリュックを前に担ぎながら、ファイルを取り出した。千景の前で、ファイルをペラペラさせながら歩く。前方不注意で曲がり角に差し掛かったその時、


「きゃっ」


と、声が上がった。当然というべきか、必然というべきか。ちょうど角を曲がって来ていた人にぶつかったのである。横髪、後ろ髪ともに胸の下あたりまで伸びている、ラベンダー色の綺麗な髪が印象的な女性だった。千景と同じくらいの身長ではあるが、整った顔立ちがお嬢様のような雰囲気を出していた。文句のない美人といったところだが、むっとした表情をしている。


「すいません。前方不注意でした」


 幸太郎は素早く頭を下げた。素直と素早い謝罪に驚いたのか、どうやら言葉に詰まったようだ。


「あ、いえ、こちらこそ……すいません……」


 状況としては何も悪くなさそうだが、思わず謝ってしまったのだろう。だが、すでに幸太郎のペースである。


「見たことない顔ですね。新入生ですか?」


「あっ、はい……今年から情報学科の1年です」


「俺たちと同じ学科ですね。2年の矢代幸太郎です。分からないことがあったら聞いてください」


「同じく2年生の大鳥千景だよ。よろしくねー」


 便乗して千景も挨拶してきた。女性は突然の自己紹介に驚いたのか、少しの間考えるように黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。


「……えっと、結城綾香ゆうきあやかです。よろしくお願いします」


 話によると、どうやらキャンパス内を見て回っていたらしい。とはいえ、幸太郎にも予定があるので一緒に回ることはなく、その場で別れることになった。



「ところで……どうしてあの子が新入生とわかったの? ああいう子がお好みでして?」


 綾香が見えなくなったところで、千景が変質者を見るような目でこちらを見上げてくる。いつもと変わらない表情だが、口調が明らかに怒っている。


「いや、あんなに可愛い子がいたなら知らないわけないじゃん……? 声かけたくなるでしょ……」


「だめだよ。私は幸太郎くんをきちんと……」


 千景は自ら言葉を切った。気まずそうにこちらを見てくる千景の頭を軽く叩く。

 幸太郎は千景の言いたいことと、言えなかった理由を知っている。実際は千景が気を使いすぎていると考えているが、それを伝えることもなかった。


「今日はかつ丼が食べたい」


「うん……あとで必要なもの買わないとだね」


 こういう時は幸太郎の方から話題を変える。千景も普段通りに接しようと、それ以上落ち込んだりすることはなかった。その後、さっさと書類の提出を済ませて、2人は買い物をしに近くのスーパーに寄るのであった。

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