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神の最終定理  作者: 朝霧柑平
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第1話 定義:矢代幸太郎は狂気にある

 誰もが寝静まり、青白い月明りが不可思議な空気を漂わせる夜の街は、朝日を静かに待つ。矢代幸太郎やしろこうたろうもまた、深い眠りについていた。1LDKのアパートは、どこも綺麗に片づけられており、6時にセットされた目覚まし時計が、静かに秒針を刻んでいる。


「――っい!」


 突然、声にならない悲鳴を上げて意識が覚醒した。脳を直接つかまれたような気持ち悪さと、血液が頭を巡回する感覚が不快で目が回る。平衡感覚を失った視界は、空の胃袋に刺激を与え、床に胃液を撒いた。肺に空気が取り込めず、全身が燃えてゆく熱さすら感じられる。両手で頭を押さえ、枕に顔をうずめ悶えながら、必死に痛みを堪えた。時計の針の音が耳にまとわりつき、煩わしい。


「はーーっ……はーーっ……」


 目まぐるしく回る視界のなかで、呼吸を整えようと意識を集中させた。徐々に体の熱は冷めていき、全身の冷や汗が、肌と寝間着を密着させてくる。今すぐにでも服を脱ぎたいが、動く力は体に残っていない。うつ伏せになり、頭痛にも似た不快感が過ぎ去るのを待つ。


 ――数十分、一時間近く過ぎたのだろうか。時間という感覚が戻ってきたのは、目覚まし時計が鳴り響いたからである。気だるい体をゆっくりと起こし、うつろな目で時間を確認する。真っ黒で短めの髪はぼさぼさになり、やや細い目には覇気がない。筋肉を感じられない細い体は、今にも倒れそうであった。


「気持ち悪い……」


 すでに頭痛と不快感は消え去っていた。汗まみれの寝間着を脱ぎ捨て、床に散った胃液にかぶせる。綺麗に拭き取り、そのまま可燃ごみの袋に突っ込んだ。起きたついでと、汚れたシーツを運びながら風呂場に向かう。シャワーで手早く汗を流し、髪を整えて部屋へと戻る。カーテンを開くと朝日が入り込み、数分間日光と戯れて脳をリフレッシュさせた。その後、ごみ袋を片手にクローゼットを漁り、今日着るための洋服を探す。


「また揃え直さないとな」


 かなり着込んでいたとみられる洋服も可燃ごみの袋に詰め込む。一応、まだマシといえる無地Tシャツに麻シャツを羽織った。とにもかくにも、今日をしのげれば何でもよい。簡単な朝食を済ませ、机から通帳とカードを取り出す。通帳には、去年バイトで稼いだお金がまだ多く入っていた。使い道はおおよそ決定しているのが残念であるが……。黙々と出かける用意を始め、今日の予定を頭の中で流すように繰り返した。急ぐわけではないが、やれることは手早く済ませたい。


「とりあえず洋服を買いに行かないと」


 天気は快晴、桜がきれいに咲き始め、出かけには最適といえるだろう。鍵をかけ、春の日差しの匂いを感じながら駅へと足を向ける。


 ――これから、楽しい日々を過ごさなくてはならない。


 考えるのも面倒くさいことを忘れるように、足の運びは自然と速くなっていた。

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