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「スカイディアへ」  作者: プレG
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第88話 ラディッシュの食堂事情

「それで、どうしてあんな依頼を出そうとしてたんです?」


運動場からいつもの食堂へと場所を移し、ヴォーグから話を聞く。


つい何時間か前にたらふく食事をしたばかりだというのに、シェリーとアリスは当然の事かのように親父にお任せコースを注文している。


「親父さん! 今回は奢ってもらえることになってるから、たくさんたのむわ!」


先程の疲労がまだ抜けきってはいないものの、宿屋の主人として、客の望みには応えてやろうという心意気が親父の腕を動かす。


猿族の従業員を呼ぶと、街にある食材屋へとメッセージを持って走らせる。


『あの二人の食事、今日は一回余計に作る。』


見る者が見れば、愕然として膝から落ちるであろう、短いながらも雄弁に語りかけてくる文言だった。



~~~~~



1軒、また1軒と、「そんな、バカな!?」と言って崩れ落ちる店主たちを尻目に、猿族の従業員は肉屋、魚屋、八百屋たちへとメッセージを届けて回っていった。


各店にとって、最早ラディッシュは最も大きな取引先となっていた。


元々評判のいい宿で、特に食事には定評があったため、そこに食材を納めているということは彼らにとっても自信となっていた。


それほど、あそこの親父はしっかりと食材を見極めているのだ。


だからこそ、ラディッシュから注文が来ている店だということは、良い食材を取り扱っているということの証として、同業者からも一目置かれることとなるのだ。


だが最近、ラディッシュからの注文には毎回頭を痛めさせられていた。


ある時から、突然注文量が増えたのだ。


原因はすぐに分かった。


街の住人の間で話題となっている二人の女冒険者、シェリーさんとアリスちゃんだ。



八百屋の店主は語る。



始めの内は、何かの冗談だと思った。


二人の女冒険者が、とんでもない量を食べる。


ラディッシュの親父からも、二人のファンになったという客からもそんな話をされてはいたが、ラディッシュからの注文量は人一人二人に起因するような増え方ではなかったのだから。


元々が宿屋であるラディッシュは、いくら親父が食事に強いこだわりを持っているとはいえ、酒場部分を合わせても30人が限界だろうという規模だ。


そこまで極端な量の食材は必要としないはずだ。


だが、その30人分の仕入れを、一組だけで喰い切るというのだから、そう簡単には信じられない。


先日、食材の搬入のためにラディッシュを訪れた際、偶然にも彼女らと遭遇した。


美しい女性と、可愛らしい少女だった。


なるほど、この子達を目当てに、客が集まっているのか。


それにしても、キャパシティの倍量を消費するとは思えないが。


もしかすると、大量の食材を贅沢に使っているのかも知れないな。


勿体ない様な気もするが、あの親父の料理が新たなステージを迎えたのかもしれない。


安くて旨くて、量が多い。


そんな親父の料理が好きだったが、きっと今度の料理も美味しいのだろう、仕方ない。


そう思っていた。


二人の女性がテーブルに着くと、親父の緊張感が増した。


食堂から「親父さ~ん! お任せコースでお願いしま~す!」「あぁ、おなか減った! アタシはフルーツジュースから!」という声が聞こえてくると、親父は一気に動き出した。


相変わらずの見事な手際で、次から次へと調理を進めていく。


3品、4品と同時進行で作られているが、その内容はどれも以前の親父の料理と変わらないように見える。


高級志向にしたようには見えない。


出来上がった料理を従業員がテーブルへと運んでいく。


並べられた料理に目を輝かせながら、女性たちは食事を始めた。


口々に「美味しい!」「幸せ!」と言いながら料理を口に運んでいくのを見ていると、とても良いものを見ている気分になる。


こりゃあ、話題になる訳だ。


気が付けば、彼女たちの周りのテーブルにも客が座っており、次々に注文が飛び交うようになる。


流石にこの量の注文は捌き切れないのではないか、と心配になるが、親父はレベルアップしていたようで、同時にいくつもの料理を完成させていく。


全てのテーブルに料理が行き渡っても、親父の動きは止まらない。


いや、むしろ加速していった。


次々と料理がカウンターに並んでいくが、既に皆のもとに食事は行き渡っている。


このままでは、料理は冷めてしまうし、なんなら無駄になってしまう。


注文を取り違えたのか。


まぁ、あれほどの量を一気に注文されれば、仕方ないのかも知れない。


そんなことを考え、これで生まれる無駄分で、食材が余計に必要になっているのかもしれないな、と納得する。


その間も、親父の手は止まらない。


おいおい、これは止めた方がいいんじゃないか、と思い、声を掛けようとして気が付いた。


出来上がった料理が、カウンターから消えている。


一体どこへ行ったのか、と再び食堂内に目を向けると、食堂にいる客たちは皆、各々の食事を楽しみつつも、一所を見つめていた。


視線の先は、あの二人。


相変わらず、非常に美味しそうに食事を続けている。


目の前にたっぷりと並んでいる料理を、嬉しそうに見比べながら、次々に食べている。


ああいったものを眺めながらの食事と言うのも、良いものなのだろうな。


しかし、よく見ると彼女たちの前には先程までの料理とは違うものが並んでいる。


もしかすると、一口二口食べては周りの客にあげてしまい、いろんな味を楽しもうとしているのだろうか?


いや、そんなことはない。


こうしてみている間に、彼女たちの前にあった皿が空になる。


すぐに従業員が空いた皿を下げ、代わりに新たな料理を置く。


皿が空く、皿を置く、皿が空く、皿を置く。


幾度この作業が繰り返されただろうか。


いつしか周りの客から、今日自分の食べた肉が旨かった、だとかニンジンの甘みが強い、だとかという声が上がりだし、「シェリーさんにあの肉料理を!」だとか、「アリスちゃんにニンジンジュースひとつ!」といった風に追加注文が飛び出し始めた。


料理が届くと、注文をしれくれた人に向かって「ありがと~!」や「う~ん、美味しいわ!」という声がかかるので、注文をした人も嬉しそうにしている。


どうやら暗黙の了解で、各自プレゼントとしての注文は一品まで、となっているようで、誰の頼んだ料理が一番美味しそうに食べて貰えたか、だとか、「シェリーさんが今食べてる肉料理、俺が注文した奴なんだぜ!」などと言って楽しんでいるようだ。


頃合いを見て、親父からデザートが振る舞われ、彼女らは「「御馳走様でした。」」といって食事を終えた。


なるほど、これは凄い。


確かに食材が無くなる訳だ。


届けに来た食材の量と彼女たちの消費量を比べれば、場合によってはまだ足りないのかもしれない。


これは、仕入れを見直さなくては。


あの食べる姿を見てしまえば、より美味しいものを食べてほしいと自然に思ってしまう。


仕入れルートを開拓し、新しい食材、より新鮮で、美味しい食材を用意しないといけないな。




同様の事が、肉屋、魚屋の眼前でも繰り広げられ、食材屋3人衆は決意も新たに商売に励むこととなった。


ただ、高品質なものを、大量に、となると、そのための交渉や安定供給のためのルートの手配など、作業は困難を極めた。


彼らの苦労の甲斐もあり、ラディッシュの料理は更なる高みへと至っていった。


なんとかあの二人が来ても足りるだけの量を手配できるようになった頃、新たな困難が3人衆を襲った。


苦労の甲斐あり、量も質も向上した結果、彼女たちの舌は喜びを増し、食べる量が増えたのだ。


同時に、当たり前と言えば当たり前なのだが、ラディッシュの食堂がどんどんと有名になり、単純に消費量が増加したのだった。


良い食材のために、生産の場にまで顔を出して品質管理をするようになっていた三人は、今以上に供給をすることの難しさに直面し、日々忙しく手配や作業にいそしんでいる。


今はまだ過渡期であり、後に彼らが一番大変な時期だった、と語る頃なのだが、そんな彼らのもとには今日もラディッシュからの注文が来る。


「あの二人の食事、今日は一回余計に作る」


そのメッセージを受け取り、いつも以上に大変な仕事が舞い込んだ、と膝から落ちる。


明日明後日の事も考えれば、やはり新たなルートも開拓しておかねば。



こう言った困難と闘い続けた結果、最終的に、八百屋は畑を、肉屋は牧場を、魚屋は漁師を束ねるまでになっていくこととなる。


ここでの苦労は後に花開くのだが、そんなことを知る由もなく、彼らはもうしばらくはこんな日々を続けることとなるのだった。



~~~~~



「アリス、そんなにたくさん食べないようにね。 っていうか、さっき食べたばっかりでしょ?」


「大丈夫よ! ヴォーグ相手に運動もしたし! それに、報酬を受け取らない代わりにご飯を御馳走してもらう事になったんだから、遠慮するのも失礼でしょ?」


「そうよね、失礼にあたるようなことはしたくないものね。 仕方ないわ。 私も手伝うから、しっかりと『奢った』と思えるくらい食べましょうか。」


「ちょっと、シェリーは運動もしてないでしょうが。 なんで仕方なく感を出してんだよ。 普通の量位にしとくようにね。」


「竜人さん、そんなに気を遣う必要はない。 報酬を支払う気でいたのが、食事で良いと言われたのだ。 それこそ、腹がはち切れる程食べてもらわないとこちらの気が済まないというものだ。」


「ヴォーグさん、彼女らを侮らない方が良い。 現に、あなたはアリスが強いと思って戦ったにもかかわらず、力を読み違えていたでしょう? 同じです。 あなたが思っているより、ずっと食べますよ、奴らは…」


真剣な顔でそういう竜人の言葉を聞き、背中に悪寒が走る。


とはいえ、狼族の男が一度言ったのだから、自由に思う存分食べてもらうのが筋だろう。


「忠告は受け取った。 だが、食事位は好きにしてもらって構わない。」


その『食事』こそが、一番の鬼門であると、ヴォーグは理解していなかった。



はじめの竜人の問いにヴォーグが答えたのは、ラディッシュの親父が完全に燃え尽き、ヴォーグの尾が竜人に力を向けられた時よりも膨らみ、食堂に放たれた2体の鬼が「ふぅ、満腹!」と言って人に戻ってからもうしばらく経った後となった。

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