第85話 ラペリン神国
「隊長! ラペリンに送り込んでいた連絡係から連絡が来ました!」
カノンからすれば待望の報告を受け、思わず顔を上げて先を促す。
「先方からの伝言が来ています。 『トップが直接来い。』 以上です。 伝言としては以上のようですが、連絡係からは、他にもいくつか報告が上がってきています。 先だって送り込んでいた連絡員は、全員死亡との事です。 先方が言うには、『なにか言っていたが、半分も聞く前に殺してしまった。 話を聞いてみたら、興味が湧いたから会ってみよう。』だそうで...」
報告をしに来た隊員は、不安そうな顔をしていた。
カノンはというと、自分の配下が殺されていたことなど全く気にしていないようで、マリンが興味を持った、という部分に安堵していた。
(よし、第一関門は突破したな。)
己の才能と努力でもって、王国近衛隊の隊長にまで上り詰めてからも、カノンは野望の為に情報収集を継続していた。
ここまでの地位と配下を手にしていても、己が国を作るという野望に届くかと言われると、まだまだ足りないと思っていた。
王子を使って独立し、その後に国を我が物にする、というのが今のところ最も成功確率も持続性もありそうなプランではあったが、魔獣の力を手に入れ、ルークと言う魔獣を意のままに配下とする術がある事を知った今、この力が手に入れば今までとは違った方法で国が作れると確信した。
カノンは、個人の力には限界があると分かっていたものの、その限界を越えていく個がいる事も知っていた。
ボーンなどは、確かにずば抜けた力を持っている。
が、しかし、近衛隊が100人でかかれば? いや、1000人でかかれば?
『優れた』程度の戦力で、数で押し切れば倒せてしまうだろう。
例え10人でも、同時に多数地点を攻めれば、一人しかいないボーンは9カ所を防衛出来ずに陥落する。
そんなものは超越者ではない。
世界の歴史や伝承、神話と言ったものにまで手を伸ばし、自分の知識を使って検証していくと、その超越者が実在するということが分かった。
もしそういったものが敵に回れば、せっかく国を手に入れても、奪われてしまうかもしれない。
危険性を一つ一つ丁寧に取り去っていかねば。
今この世界で、大国と言われているこのグロール王国であっても、まだ足りない。
なぜなら、この王国は1体のドラゴンに滅ぼされかけたことがあるのだから。
カノンの検証の結果、超越者と言える生物はひとまず以下の3つ。
まずはドラゴン。
近衛隊の力を活用し、世界中から情報を集めた結果、カノンにはこの王国を襲ったドラゴンの居場所が大まかにではあるが分かっていた。
ただ、未だに生きていることに驚きはあるが、それは人間の尺度で見れば、の話だ。
このドラゴンはもうしばらくは行動を起こしていないようで、相当な不興を買わなければ敵にまわる事はないだろう。
このドラゴンに縁のある土地、ダリウスにちょっかいを出したりすれば、あるいは敵となるかもしれない。
そうでなければ、力を貸してくれないとはいえ、敵にも回るまい。
次は英雄。
おとぎ話や伝承として、世界各地に広まっているこの英雄の存在は、一見すれば作り物に思える。
だが、各地に残されたドラゴンの爪痕やおとぎ話に出てくる土地、そして歴史を鑑みると、この英雄と呼ばれた男が実在の人物だと分かる。
ただ、この男は既に死亡しているとみてほぼ間違いない。
とはいえ、人間がこの英雄の域にまで達した、という事実がある以上、他の誰もそこに到達し得ない、とは考えない方が良いだろう。
そこに辿り着くのが自分なら、という思いもある。
魔獣の力と、人類最高峰を自称する頭脳。
個の力で見ても、既に世界の一握りに入っている自負はあるものの、この英雄と対峙して勝ちを拾えるかと言われれば、個ではまだ力が足りない様に思える。
そして最後が、魔導士マリンだ。
魔人族だといわれる彼女の存在が確認できる最古の記録は、英雄の物語の中だ。
英雄が魔術の教えを乞う相手として登場し、その時点で齢500を越えていた、とも言われている。
実際、マリンが英雄と出会った西の国には魔人族の里があったようで、その辺りの伝承では1000年以上前からマリンという存在がいたという言い伝えが残っている。
とはいえ、魔人族の寿命はどんなに長くても250年ほどであるということで、カノンは一つの推測をしていた。
『魔導師マリン』とは称号のようなものであり、特に優れた魔導師の中で知識と共に受け継がれているのだろう、と。
基本的には、歴史の表舞台に登る事はないマリンだが、英雄を弟子としたところからしばらくの間は人の世に関わっていたようだ。
ダリウスの街を作るにあたって、ドラゴンと英雄、そしてマリンというすべての超越者が揃っていたと考えると、空恐ろしい。
それからはまた歴史から姿を消していたが、マリンの名は受け継がれていたのだ。
ルークに宝珠を渡し、魔獣を作り出して操れるようにした存在。
その能力、知識、行動から見て、おそらくはマリンだろう。
俺の知りうる限りでは、マリン以外にそんなことが出来ない以上、ほぼ間違いないだろう。
それに、もし別人だったとしても、その能力は既にルークに対しての行いで証明済みだし、それでも構わない。
マリンは超越者の中で唯一、人に力を与えている。
今回も、ルークにその望みを叶えるために力を与えた。
そのマリンが一体どこにいるのか、何者なのか、それは意外と早くに突き止めることが出来た。
いや、前からすでに調べていた相手だったのだ。
宗教国家ラペリン神国の教皇、マリン。
そう、名前に工夫もなく、そのまま名乗っているのだ。
元々王国の近衛として、超常の力を持つと言われるこの教皇の行動は、常に警戒していた。
信心がない自分には理解出来ない事の多い国ではあるが、王国と隣接している以上、当然関心度は高い。
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ラペリン神国
国の成り立ちはおよそ400年ほど前。
神の力を授かったという女が、神の奇跡を使い信徒を増やしていった。
神の力は枯れることなく揮われ、人は人を呼び、いつしか女のいるところに村が、街が、そして国が出来上がっていった。
女が伝えた神の存在は、その当時はそこまで重要視されておらず、力を示し続けた女に対する信と恭で人が集まっていたのだが、いつしかその女の語った神の言葉は体系付けられ、拡大され、肉付けされて今日のような宗教国家という形になっていった。
代々、教会のトップが国の運営を取り仕切る事が慣例となっており、初めの女が教皇となって以後、教皇位は空位とされていて、枢機卿によって運営がなされていた。
なぜ、教皇位が空座となったのかは、初代教皇の女が退位する際に残した言葉に起因する。
「私が戻るのを待て。」
こう言って、教皇は国を去った。
以後三百数十年、信徒たちはその言葉を守り、待ち続けてきた。
そして今から5年ほど前、一人の少女が現れた。
神の力を行使した前教皇同様、少女には奇跡の力が備わっていたらしい。
すぐに枢機卿は少女を教皇と認め、全権を返上した。
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この時点でカノンは既に近衛隊の隊長として、各地に密偵や連絡員を潜入しており、ラペリンにも当然人員を投入していた。
新教皇マリンは、以前の枢機卿による堅実な為政外交の時代とは打って変わって奔放に振る舞い、他国との関りは急激に失われ、ラペリン内では食糧問題や疫病などが発生していた。
カノンは、早晩教皇が反乱を起こされるか、もしくは他国から侵攻を受けるのではないか、と考えていた。
王国の領土を広げることも視野に入れていた。
しかし、カノンから見れば悪政でしかない新教皇の統治に、ラペリン教の上層部を始め、国民末端に至るまで、誰一人不平不満を言う様子がなかった。
カノンは確信する。
これは、呪いや洗脳の類であると。
ラペリン教徒が長年待ち続けていた、教皇の帰還。
彼らにとっては、それこそが全てであり、彼女の意志こそが神の意志、彼女の言葉は神の言葉なのだ。
国民にとっては、それがどんな内容であれ、この世に顕現した神自らの指示に従うことが出来る喜びに溢れ、飢え苦しむことですら神の与えたもうた試練となるわけだ。
幸運なことに、その狂信はまだ外へとは向いておらず、王国との戦争やメイル連合国内への教化などは始まっていない。
とはいえ、十二分に警戒を、というのがカノンの考えだった。
新教皇マリンは、ラペリン信徒内では前教皇の生まれ変わりだと言われている。
王国も含め、諸外国は信徒の意気を高める為のお飾りであり、何らかの行動をラペリンが起こすのではないか、と警戒している。
カノンはと言うと、今代の教皇と先代の教皇は、どちらも『マリン』であると睨んでいた。
ある意味では、同一人物と言えるかもしれない。
そう、ラペリンを作ったのもまた、マリンなのではないか、と考えていた。
西の国で英雄と出会い弟子として受け入れると、行動を共にしてドラゴンと戦い、その後ダリウスの街を作った。
そこから先のことはよく分かっていなかったが、ラペリン神国の礎を築いた所までが、一人のマリンかもしれない。
数百年の時を経て、なぜ今代のマリンが再びラペリンに現れたのかは分からないが...
だがしかし、これほどの幸運はなかなかないだろう。
信心のないカノンも、流石に運命を感じる部分もある。
自分が生きている時代に、こうして力と権力が充実しているタイミングで、数百年姿を消していたマリンが現れたのだ。
最早これは、天命と言えるだろう。
確信へと至ったカノンの下に、再び連絡員が訪れる。
「隊長、ボーン様が戻られました。」
その知らせを受けると、カノンはスクッと立ち上がると部下たちに伝える。
「よし、俺はラペリンに向かう。 副隊長を一人、王子に付けろ。 足の速いものを3人選んで俺に付いて来させろ。 行動開始だ。」