第81話 終結
目の前にいる超獣は、いつからなのかは分からないが、精神に破綻を喫しているようだ。
言っていることも動きも、支離滅裂で理解できない。
先程アリスを助け出したときの俺の動きには、全く付いてこれていなかったが、それを幻覚だの洗脳だのと喚いていた。
屋外に出てからも、ブツブツと何かを言い続けていて、とてもじゃないが有益な情報を聞きだせるような相手ではなさそうだ。
まぁ、なんにせよアリスを傷つけた時点で穏便な解決への道は断たれているんだけどさ。
あまりに非現実的で、自分にだけ都合の良い解釈をしているように思えるこの超獣は、腕を切り落として尚、俺を殺すことに執着しているようだ。
一体どれ程の特殊な力を使っているのか分からないが、この世界においても相当に常識外れな力が宿っていることは間違いなさそうだ。
とはいえ、戦闘能力自体は危険を感じるような水準にはない。
シェリーでも一方的に勝てる相手だろう。
それに、アリスだってそこまで勝てない相手ではないだろうと思うんだけど、見たところ何も出来ずに捕われてしまったようだ。
やはり旧知の相手ということで、油断したのかな?
とにかく、さっさとアリスへの報いを与えねば、とスイッチを切り替えなおす。
そんなことを考えていると、ルークの手のひらが光だし、力が集まっていくのが分かった。
折角だから、完全に心を折ってやろうということで、もう一煽りして、全力を出し切ってもらうとしよう。
その上で、その最大威力の攻撃ごと吹き飛ばしてやる。
「ルーク、だったか? 独り善がりで哀れなヤツだな。 自分に都合よく物事を捉えたところで、アリスはお前を見ていないのに。」
「そんなことを言っても、最早無意味だ。 俺の心は、かつてないほどに平穏だ。 アリスも、後で俺の力を使って洗脳を解いてあげればいいんだ。」
慣れない煽りをしてみたが、全く効果がなかったらしい。
仕方ないな、普通に吹っ飛ばすか。
「ん、うぅん...」
後方から声が聞こえて竜人が振り返ると、アリスが意識を取り戻したようだった。
「アリス、大丈夫か?」
目の前で力を溜めているルークを気にもせず、スタスタとアリスの下に向かい、声をかける。
アリスは目を開くと、竜人の顔を見て安心したようで、「竜人、ごめんなさい... さっさと戻って来いって言われてたのに、深追いしちゃった。」と謝罪してきた。
「ホント、心配かけなさんなよ。 ともあれ、無事で何より。 アリスには悪いけど、ルークはこのまま俺が相手をさせてもらうよ。」
「うん、わかった。 でも、気をつけて。 森の中ではそうでもなかったけど、村の中は完全にアイツ有利になってるみたいで。 こっちの力は出せなくて、向こうは力が増すんだって。」
アリスからの警告を聞いて、頭に?マークを浮かべる竜人。
力が制限されている感じなんて、全くしていない。
「ふふふっ、今更知ったところで、もうどうにもならないぞ。 今やその効力はさっきまでよりも強まっている。 もう素早く動くことも、俺の攻撃を受けることも出来ないはずだ。 こうしている間に、こちらの力は溜まりきった。 これで終わりにする。」
そういってルークは開いた手のひらをゆっくり握りこむ。
集まっていた力が更に凝縮され、より一層強い光を放っている。
万が一にもアリスに被害が及んではいけないので、竜人はアリスの下を離れてルークに向き直る。
「アリス、愛してるよ。」
「アタシも愛してる!」
急にそんなことを言い出した竜人に反射的に答え、それから照れだすアリス。
竜人はルークに向かい、ニヤリと笑う。
先程まで、何を言おうが感情を出さなくなっていた顔が著しく歪み、怒りが激発する。
「貴様―っ! さっさと消えてなくなれ!!」
握りこんでいた一度引き、竜人に向けて突き出すと同時にこぶしを開いて力を解き放つ。
竜人に向けて、力が解き放たれた瞬間、その手の前に竜人が現れた。
竜人はそのルークの放った渾身の一撃をそのまま自分も手を突き出して握りこむと、グッと力を込めて握りつぶした。
「な、なん
ルークの胸に刀が突き刺さり、胸の奥に同化していた宝珠を貫通する。
刀を引き抜くと割れた宝珠から力が零れだす。
「あ、あぁ... 俺の力が。 神の、英雄の力が。 これじゃ、アリスを迎えられない...」
急激に力を失い、萎れていくルーク。
力に満ちていた身体は、まるで乾燥しきっているかのように末端からパラパラと砕けて粉のようになって崩れていく。
「アリス... アリスゥ...」
うわ言の様に名を呼び続けるルークの下に、ふらつく足取りでアリスがやってきた。
「ルーク、なにがどうしてこうなったのか分からないけど、村と森の皆と、おじいちゃんに詫びてから死んで行きなさい。 そうすれば、これ以上は嫌いにならないで済むから。」
ルークを見下ろし、そう告げるアリス。
「あぁ、みんな、ごめんなさい... 僕は、どうして... もっと前に、ちゃんとアリスに気持ちを伝えていれば、また違ったかもしれないのに。」
先程までとはうって変わって、まるで憑き物が落ちたかのようなルーク。
「何言ってるの? 何も違ったりしないわよ。 アタシは竜人が好きなんだから。」
今際の際にいるルークに、ピシャリと言ってのけるアリス。
「アリス、さすがにこの状況でそれを言うのは...」
思わず竜人からも、お情けを、という言葉が漏れる。
「ふふっ、さすがはアリス。 手厳しいなぁ。」
ルークは少し寂しそうに笑うと、それでも満ち足りた表情をして消えていった。
風化したルークの中からは、刀に貫かれて二つに割れた宝珠が出てきた。
何とも言えない、後味の悪い決着だな、と思いつつ辺りを見渡す。
魔獣達は相変わらず残っているようで、大元を叩いたから解決、とはならないようだ。
しばらくの後にシェリーが合流し、一気に森の入り口までのルートを掃除してからそこにキャンプを張る。
そこから数日の間にダンクたち獣人本隊が到着し、竜人からルークを含めて大物は始末済みという報告を受け、戦士達が残りの魔獣を倒す為に森へと入っていき、同時に森の深いところの魔獣を三人が減らしていった。
一度兎族の村まで獣人たちと一緒に向かい、獣人たちが留まれるように建物の残骸や魔獣の屍骸の処理をしていく。
多種多様な獣人たちが力を合わせ、村の復興をしていく様を眺めつつ、これで一応は決着か、と一段落の区切りをつける。
半壊していた建物なども、一度全て取り壊し、兎族の村はまるで大きな空き地のようになっていた。
そこに改めて施設を建てていき、しばらくの間はここを拠点に大森林解放を続けていくことになる。
獣人の多くはもう一箇所の拠点である狐族の村や、泉の方にも留まっているが、首脳陣は兎族の村の方に集まっていた。
以前とは全く違ってしまった村を眺めてから、森の中に作られた墓場へと向かうアリス。
「おじいちゃん、もう会えないなんて考えたこともなかったなぁ。」
お墓の前に花を供え、しみじみと言う。
「そういえば、おじいちゃんにはまだ言ってなかったよね? アタシ、竜人と結婚したの。 あの時、おじいちゃんが送り出してくれなかったら、きっと上手くいかなかった。 ありがとうね。」
しばらくその場に留まった後、立ち上がって村に戻ろうと振り返る。
振り返った先には、竜人とシェリーが立っていた。
「二人とも迎えに来たの? さっ、行きましょ!」
二人の間に入り込み、左右にいる二人と腕を組んで歩き出す。
「さぁて、魔獣退治を頑張っちゃいましょー!」
~~~~~
獣人族による、大森林奪還作戦は、多くの人間達の見込みを外れて大成功のうちに終息した。
ジョーイ王子をはじめ、多くの者が戦力不足で獣人が敗走し、場合によっては戦力は壊滅しオークランまで撤退。
良くても人間側に再び助力を求める必要が出て、今度こそ人間に有利な条件での助力となるだろうと思っていた。
王子はその時点でアリスを手に入れ、人間の中でも利に敏い者は、先日まで王子が獣人優遇派なため大人しくしていたが、これで大森林に新たな利権が発生し得ると、そこへ食い込むことを目指していた。
獣人のために、共に戦おうと立ち上がっていた人間達も、流石に獣人たちだけでは不可能だろうと考えていた。
ボーンとホームズだけは三人の力を知っていたので、こういう結果になる可能性も考えてはいたが、まさかこれほど早く、そして被害が少なく決着するとまでは思っていなかった。
オークランで王子に合流したカノンは、合流してすぐにルークの死を察知した。
ルークの宝珠によって株分けされて魔獣化したカノンには、ルークからの指示命令がいつでも届いていたのだが、それが途絶えたのだ。
カノンや近衛隊たちは、魔獣化してもなお、その鍛え上げられた精神力でその命令には従っていなかったが、かといってルークに危害を加えられるほどには無視は出来ていなかった。
そもそも、カノンはルークを利用したいと思っていたので、そのルークを失ったのは、彼の計画にとっては痛手であった。
王子なしで国を作ることが出来るチャンスだったのに、それは未然に防がれてしまった。
「仕方ない、再び計画を王子ベースのものに戻すとしよう。」
王子を使って新たな独立国家を立ち上げ、そこの重臣として名を馳せる。
十分な功績を残してから、不慮の事故か病で王子が急逝する。
そうなれば、国の一大事をまとめられる物は私しかいない、となるだろう。
その点から考えても、王子が獣人を娶ってくれればいいのだが。
何しろ、火種が作りやすい。
あと一歩、というところまで来ていたのだ。
一度計画が動き出してさえしまえば、もう止まることなく私の国が手に入るところまで来ていたのだ。
悔しい思いをさせられはしたが、代わりに得たものもあった。
いや、計画が後退したとしても、それを補って余りあるほどのものを手に入れた。
今カノンの手元にあるのは、最早ボーン率いる王国聖騎士団ですら止められはしない軍団。
魔獣化が出来る近衛隊を使えば、おそらく王都を落とすことも可能だろうが、そうはしない。
出来るだけ被害を少なく、無傷に近い形で、大義の旗の下に国を手に入れたい。
攻め落として手に入れるのではなく、私の元に人々が集っていくようなものが理想的だ。
夢物語の様なシナリオも、この力があれば、現実のものとなるかもしれない。
「くっくっく。」
あまりの楽しみな今後の展望に、自然と笑い声が出ていた。
「ん? 珍しいな。 カノンが笑っているとは。 何か良い事でもあったのか? こちらは大変不愉快な思いをし続けているんだがな。」
「おっと、これは失礼しました、王子。 いえ、ここからの大逆転劇を描いておりまして。」
「そうか。 しっかり頼むぞ、カノン。 人間と獣人が手を取り合うようにして、アリスさんを手に入れるのだ。 神託を成す為に、な。」
「えぇ、必ずや成し遂げて見せましょう。 大丈夫です、計画に変更はあれども、流れは変わっていませんので。」
そう王子に答え、カノンは再び思索に耽る。
さて、ルークから詳しくは聞き出せなかったが、ルークにあの力を与えていたのは宝珠らしい。
私の知る限り、宝珠にはそんな力はない。
そして、その宝珠をルークに与えた人物。
心当たりはある。
宝珠を手に入れられる上に、その宝珠を使って人を魔獣に変えられるほどの『何か』を組み込める人物。
実在するのかも怪しいところだったが、どうやら存在するようだな。
味方に出来ればこれ以上心強いものはいないが、それ以上に敵に回さない為にも、踏んではいけない尾をきっちり探っておかねば。
「伝説の魔導師、マリン、か。 面白い...」
~~~~~
獣人の戦士たちが魔獣を退治しているエリアとは離れた森の中。
言葉を解する上位種と話し合いを竜人がしていた。
魔獣化している者たちの中でも、知能や自制心といった部分にはかなり個体差があった。
兎族の村で襲い掛かってきた鹿の魔獣は、人と比べても何ら遜色のないレベルで言葉を話していた。
竜人と魔獣たちの話し合いが続く中、余計な乱入者が現れない様に上空で待機をしていたシェリーがある重大な事実に気が付いた。
「あっ! ご褒美まだもらってない!」