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「スカイディアへ」  作者: プレG
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第41話 解体屋・竜人

ギルドに入ると、職員さんが迎えてくれたが、その顔は喜び半分、恐怖半分だった。


(まっ、そりゃそうだよね。)


竜人の力を知らない、ギルドカードのステータスから判断すれば、そもそもCランクの冒険者であることが不思議なほどである。


とはいえ、そこは数多の冒険者と関わりあってきたギルド職員。

きっとステータスでは表記しきれないような方法で勝利する術を持っているんだろう、と判断していた。


例えば肉体的なステータスが低くても、野生的な勘や、あるいは経験則で相手の優位に立てることは多いだろう。


強力な力を持つ仲間がいれば、頭脳でサポートをすることが出来る者がいれば、仲間を導き、更なる強者とも互角以上に戦うことも出来るだろう。


だが、である。


彼はたった二人、しかも一人は冒険者ですらない若い女性だ。


普通、という言葉の範疇にはないのだろうが、先ほどまで言っていたことが本当に可能なら、それは最早グリフォンなど比べ物にならない『化物』なのではないだろうか。


この街を守りたいと思い、どんな方法を使ってでも、と熱くなっていた先ほどまでは、『グリフォンを退ける』ことが出来るなら何にでも縋ろうと思っていた。


そのグリフォンは今、私の目の前に首だけの姿になって現れた。


しかも2体も、だ。


この竜人という男は、一体何者なのか。


Eランクの身体ステータスで、このように見事にグリフォンの首を落とせるものなのだろうか。


そして、まるでちょっと買い物に行くかのようにグリフォンを足止めに行ったシェリーという女性は…


もしかすると、いや、もう分かりきったことだが、いま私たちは、グリフォンなどよりも何倍も危険な生き物を街に入れている。


この街を守る、という観点からすれば、この二人は危険すぎる存在だ。


決してこの街を敵視させてはならない。



「竜人さん、お疲れさまでした。 まさか、こんなに早くグリフォンを討伐してくるなんて思っていませんでした。 報酬をご用意してきますので、少々お待ちを。」


まるで普通の依頼を達成してきた冒険者を労う様に、ごく自然に竜人に声を掛ける職員の足元を見ると、小刻みに震えていた。


「いやぁ、請け負ったからには早い方が良いでしょう? 街の皆さんの不安をさっさと取り払った方が良いと思いましたし、また邪魔されても困りますから、ね。」


チクリと刺した竜人を、すでに小刻みではなく震えだしている職員と、もうこれ以上ない程に打ちのめされているギルド長を見て、ちょっとやりすぎだな、と反省し、話を変える。


「ところで、グリフォンの素材はどうしましょう? 全身丸々が1体と、翼なしが1体あるんですけど。 こちらで買い取ったりしてますか?」


「え、えぇ。 買い取ることも出来ますよ。 ただ、今回の報酬を支払うとギルドの現金が足りなくなるものと思いますので。 商人ギルドに売っていただくのも良いかもしれません。 ギルドでも欲しい素材はありますが、それはあとから商人経由でも取引できると思いますし。」


「なるほど。 分かりました。 でも、商人ギルドに人は残っているんですかね?」


「おそらく、商魂逞しい商人ギルドの事です。 へばり付いている人はいると思いますよ。 ともかく、まずは金庫からこちらの分の報酬を出してきますから、それからということで。 お邪魔でなければ、商人ギルドには私もご一緒しましょう。」


竜人を目の届くところに置かねば、どこで何が起こるか分からないと思い、本心では逃げ出したいと思いながらも同行を提案する。


「おぉ、それは助かりますね。 是非お願いします。」


そういってギルド内の椅子に腰かけ、近くにいた若い冒険者が持ってきた飲み物を受け取り、グイッと飲み干している竜人をみて、さっさと片付けてしまおうとギルドの金庫に向かう。


今回、竜人さんに支払われる報酬は240万イェン。


これだけでもこの街ならちょっとした家が建つ金額だ。


ギルドの帳簿を把握していた職員は、何とかギリギリで払いきれるラインで高額報酬を提示した。


この額を支払ってしまうと、これからしばらくはギルドは火の車になってしまうが、全てを失う事に比べれば、安いものだろう、と納得する。資金繰りが厳しい部分は、王都のギルド本部に事情を話して援助を申し入れれば、融通はしてくれるはずだ。


「それにしても、なんとかなって良かった…」


竜人の目の前という緊張からも解放されているせいで、一瞬身体から力が抜けるが、まだ仕事は終わっていない、と持ち直す。


金庫の取っ手に手をかけ開き、報酬を取り出していく。


10,20,30...

80,90,100・・・

150.160,165・・・


おかしい。


金庫の中には、300万イェン入っているはずだった。


が、165万イェンしかない。


一気に冷汗が噴き出してくる。


「そ、そんな… どうなってる!?」


自分の数え間違いを疑い、そうであってくれとすら思いながら再び勘定する。


やはり165万イェンしかない。


頭が真っ白になり、口から「ははっ…」と笑いが零れる。


全身の力が抜け、職員はそのまま床に崩れ落ちる。


その拍子に部屋の中にあった机や椅子をなぎ倒してしまい、大きな音をたてる。


その音を聞き、部屋に入ってきたのはギルド長だった。


「すまん… こんなことになるとは思っていなかったんだ。 借りた金は必ず返す予定だった! 一時的に借りただけだったのに、こんなタイミングでこんなことが起こるなんて、誰にも予想できないだろう?! それに、今回の報酬をあんなに高額にするとも思っていなかった。 そうだ、高額すぎるんじゃないか!?」


地面に座り込み、顔だけで天井を仰ぎ見ていた職員は、謝罪から始まり、言い訳、自己弁護、そして責任転嫁へと変わっていくギルド長の話を放心状態で聞きながら、すでに諦観していた。


「結局、全てあなたの独り相撲でしたね。 たった一人でこの街を終わらせるなんて、ははっ、凄いことをしましたね、ギルド長…」


そういってスッと立ち上がり、竜人の待つ受付フロアへと歩き出す。


「お、おい、どこにいくんだ!?」


「どこって… 竜人さんに『報酬は支払えません』と伝えに行かないと。」


そういって歩みを止めない職員の服を掴み、必死にその場に留めさせる。


「待ってくれ! それを言えば、私は殺されてしまう! 何か方法を、伝え方を考えねば!」


「私はもう、十分に考え、十分に行動し、そして十分に苦しんだと思います。」


力なく笑うと、ギルド長の手を解き、部屋から出ていった。


椅子に腰かけて待つ竜人の元へ、先程までとは全く変わってしまったように見える職員がやってくる。


「… 職員さん、大丈夫ですか? 顔色が優れない、ってレベルじゃないですよ?」


「心配していただいて、ありがとうございます。 竜人さん、一体私たちはどれだけの恩を仇で返すのか… もう、私はどうしていいか分かりません。 金庫に報酬分のお金はありませんでした。」


それを聞いて、周りの冒険者たちがザワつく。


「おいおい、ギルドが報酬を払わないってどういうことだよ!」

「この人はこれほどの依頼を達成したのに、これがギルドの仕打ちか!」


口々に罵倒の言葉を職員に浴びせている。


「ちょっと待った。 職員さん、報酬は全くなしですか? それに、一体何があったんですか?」


竜人の口が開かれると、周りの冒険者たちがピタリと黙る。


うなだれていた職員がゆっくりと顔を上げ、何があったのかをポツポツと話し始めた。


その話を聞き、竜人は「よし!」と結論を出す。


「報酬は、とりあえず100万イェン貰いましょう。 残りの140万イェンは、後日回収という形での分割払いでいきましょう。 ただし、ギルド長はキッチリと裁いて下さいね。」


「しかし、それでは…」


「ここにいる冒険者全員、今起こった事、見聞きしたことを口外しないように。 誓え。」


急に竜人から殺気が漏れ出し、ギルド内にいた冒険者たちは身震いしながら頷く。


「今の約束、違えるなよ。 ということで、100万下さい。」


あっさりと殺気を引っ込め、おかねちょーだい、と手を出す。


大急ぎで金庫に戻り、100万イェンを持ってきて竜人に渡す。


受け取った竜人は、その場にいた冒険者たちに口止め料といって5万イェンずつを手渡し、「よくこの街から逃げ出さなかったな。」と褒めていた。


そんなことをしていると、シェリーがギルドにやってきた。


「ちょっと、竜人。 いつまで待たせるのよ? まだ終わってないの? 私、いつまでも一人でグリフォンの死体と一緒にいるなんて嫌なんだけど…」


「おぉ、悪い悪い。 今終わったところだよ。 じゃあ、報酬ももらったし、グリフォンの素材を片付けにいこうか。 職員さん、来れますか?」


「えぇと… ギルド長を捕らえて牢に入れたら向かいますので、商人ギルドで合流でも良いですか?」


そういってこの場にいる冒険者数名にギルド長捕縛の依頼を口頭で出していく。


「分かりました。 なるべく早めにお願いしますね。」


職員にそう告げると、竜人とシェリーはギルドから出ていった。


ギルドの外から、「ちょっと、まずは屋台に寄って行きましょ? さっき見たら、串焼きを焼き始めてたから。」という声が聞こえてきた。


ふぅ、と一つ息をつき、冒険者たちに号令をかける。


「あの二人を待たせるわけにはいきませんからね。 さっさとギルド長を捕らえて牢にぶち込みましょう! その後は祝勝会ですよ!!」


「「「おう!!」」」

冒険者たちは威勢よく返事をしてギルド長を素早く捕縛。


なんやかんや喚くギルド長を牢屋に連行し、いくつかの必要な事務処理を最低限こなし、商人ギルドへと向かう。


冒険者たちは、お祭りムードとなりつつある店々、人々のサポートを行っていた。


商人ギルドのすぐ近くまで行くと、ギルド前に人だかりが出来ていることに気が付く。


「あれは、まさか?」


小走りで駆け寄ると、人だかりの頭の並びの上に、毛や羽がハッキリと見えてきた。


「あぁ、やっぱりか…」


ギルドの前には、グリフォンの死体が二つ。


「まさか、そのままここに持ってきているなんて。」


グリフォンの死体の横を通り抜け、商人ギルドの中に入ると、竜人とシェリー、そして苦笑いしている商人ギルドの職員が見えた。


(あぁ、きっと私もあんな顔をしていたんでしょうねぇ…)


傍から見ると、あんな感じなのか、と申し訳ないがちょっと笑ってしまう。


「すみません、お待たせしました。 どうなっていますか?」


「あぁ、職員さん。 待ってましたよ。 商人ギルドに買い取ってもらおうと思ってもってきたところです。 ここの商人さんがこれから査定をしてもらうんですけど、丸々のグリフォンを査定したことがないらしくて、どこから手を付けるか、って相談してたんですよ。」


「なるほど。 でも、まずは場所を移しませんか? 裏に商人ギルドの倉庫がありましたよね?」


「はい、確かにそうですね! では、裏の倉庫に持っていきましょう! ん?持っていけるのかな?」


商人ギルドで竜人たちの担当として紹介されたのは、年のころならまだ10代後半くらいに見える若い商人だった。


こんな若い人で大丈夫なんだろうかと思わなかったといえばウソになるが、彼の眼はグリフォンを持ち込んだ竜人たちをギラギラと輝かせながら見つめていたので、そんな彼に任せてみようと思った。


街から逃げ出すものも多い中、その商人、ビーズは見事に逆張りに成功し、大きなビジネスチャンスを掴んだことになる。


とはいえ、この元気印の青年ビーズ、まだまだ経験が浅く、スムースな取引、とはいかなかったものの、竜人にとってはなかなか楽しい時間となった。


倉庫にグリフォンを運ぶ際、グリフォン2体を一人でズリズリと引きずっていく竜人を見て、ビーズは「いやぁ、竜人さんは力持ちっすね!」と驚いていたが、それ以上にこの異常性に目を奪われたのが職員だった。


(やはり、どう考えてもギルドカードに表記されているステータス通りではない。)


単純な腕力でグリフォンを運んでいるのなら腕力はD以上、しかも2体同時であればあるいはCに届いているかもしれない。


魔法でグリフォンを運んでいるなら、それこそ魔力Cは必要だろう。


なんにせよ、ギルドカードが偽物でない以上、何か特殊な力が働いていると見た方が良いだろう。


となれば、一ギルド職員には荷が重い。


なにしろ、この竜人さんがやっているであろうステータス偽装が広まれば、『ランク』というもの自体が無価値になりかねないのだから。


関わらないが吉、だ。


無事、倉庫に運び込まれたグリフォンを、ビーズの依頼の元、竜人が雑に解体していく。


翼が欲しい、と言われれば、根元からバッサリと切り取り、嘴が高く売れると聞けば付け根から捥ぐ。




解体のプロや、素材の扱いを生業としている者が見たら絶叫するであろうその加工法は、竜人とビーズというやってみようの精神に取りつかれた悪乗りコンビと、解体されたグリフォンの肉をそっと盗み、近くの屋台に持ち込んで串焼きにしてもらっているシェリー、その様にただただ圧倒されている冒険者ギルドの職員、という、止める者のいない環境で進んでしまい、貴重な素材の勝ちを著しく下げる結果となったのだった。



こうして、此度のダリウスの街の危機は去り、街に残った者たちによる宴が始まる。

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