第33話 本能
「ぷはぁっ!」
たっぷり1分近く、アリスに唇を奪われ続けた竜人は、やっと解放された自分の唇をムニムニと動かして、まだちゃんと付いていることを確認し、改めて目の前にいるアリスを見る。
「ふぅ、これでアタシも大人の仲間入りね。 もうちょっとで成人だから、結婚はそれからにならないと出来ないけど、いいわよね?」
「あっ、はい。」
我ながら気の抜けた返事をしたもんだな、と思いながらも、アリスのセリフを反芻する。
(結婚かぁ… こっちの世界で嫁さんをもらえたらな、とは考えたりもしたけど、意外と早く見つかったな。 ? ?? 結婚!?)
「一度、村に戻って、お父さんとお母さん、おじいちゃんに教えてあげた方がいいかしら? でも、せっかく冒険をし始めたばかりだし、竜人の目的もあるし、せめてドラゴンの街に行ってからの方がいいかしら? どうする、竜人?」
「け、けけ、結婚!? ちょっと早すぎやしませんか?? もっとお互いをよく知って、それからの方がよくないですかね?」
「なに? 竜人はアタシの事をよく知ったら好きじゃなくなるかも知れないと思ってるの?」
「いえ、そういう訳ではありませんが…」
そんな二人を、結構な長時間にわたって、生暖か~い目で見守っていたワンダが、ついに口を開いた。
「二人とも、忘れてるかもしれないけど、ここはクラス3のダンジョン内なんだよ? イチャイチャするのは、ダンジョンを出てからでもいいんじゃないか? それに、わたしから見たら二人はお似合いだよ。」
(どっちもどうかしてるしね。 無茶苦茶具合もよく噛み合ってると思うよ、ホント。)
お似合いと言われて、「やっぱりそうよね。」と嬉しそうなアリスと、悩み事に押しつぶされそうな顔の竜人。
ワンダは、自分から見れば、竜人も嫌がっていないのは一目瞭然なので、しばらく放っておけば良い、と結論付ける。
しばらく話し合った後、「じゃあ、ひとまずはダンジョンを攻略し終えてから。」と言うことでアリスも納得し、竜人の上半身から降りていく。
離れ際に、再びチュッとキスをして、しばらくぶりに自分の足を地面に着けたアリスは、キャーキャー言いながらワンダの元へと走って行って、今度はワンダに抱き着いていた。
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大分遅くなったものの、キャンプを作って食事を摂り、眠りにつく支度をする。
ワンダが「今回はわたしが見張りをやっとくから。 な?」と竜人に声をかけてきた。
「いやいや、そんな気の回し方はやめてくださいよ…」 (嫌なところでホームズさんと同じような事をいうなぁ。)
そんなことを考えながら、チラッとアリスの方を見ると、すでにグッスリと眠っていた。
スーパーアリス状態と、先程までの興奮で、疲れていたんだろう。
ほっと一息ついていると、「あら、残念だったねぇ。」とワンダが下品な笑い方をしていた。
(わかってて言ったな、これ。)
ワンダにオモチャにされつつも、竜人も結構な気疲れをしていたようで、スゥーっと眠りに落ちていった。
竜人はその晩、夢の中でもアリスに結婚を迫られ、ほとんど疲れが取れないまま、むしろさらに疲労を増して目を覚ますことになる。
が、目を覚ました竜人の寝具の中に潜り込んで寝ているアリスの顔を見て、かつて感じたことのないほどの責任感を感じるのであった。
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ワンダと見張りを交代し、ワンダが眠りについてから数時間経ち、竜人は自分の力の確認作業をしていた。
胸からギルドカードを取り出し、能力ランクを見ながら力を開放していく。
身体能力総合のランクがEからD、C、そしてBへと上がっていく。
カードをダブルタップし、詳細を見る。
そのまま力を使い続け、筋力、敏捷がBからAへと変わった。
ここまでの『力』の解放は、今までにほとんど経験がない。
このランクをどれくらいの時間維持していられるのかを知るために、そこで状態をキープする。
この世界では確認されていない、というAランクの力は、Bだった時と比べるとかなりのギャップがある様に思う。
ランクがCからBに切り替わったところから、10倍近い力が必要だったように思う。
(今の俺なら、オークランの街位なら一瞬で破壊できそうだ。 っと、そんな物騒なことはしないけどね。)
誰に向けたのかは定かではない言い訳をして、どこかで試運転が出来ないかな、と思っていると、目を覚ましたアリスがこちらを見ていた。
ワンダはまだ眠ったままだったが、寝坊助なアリスが先に目を覚ますなんて、随分と寝覚めが良いじゃないか。
「おはよう、アリス。 ワンダさんが起きたら、」
そこまで言って、アリスの表情が、こちらを見つめる目が、いつもと違う事に気が付いた。
その目を、竜人は以前にも見たことがある。
『恐怖』の目だった。
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竜人と互いに気持ちを伝えあい、幸せに満たされて眠りについたアリスは、途中で一度目を覚まし、竜人の横に滑り込んで再び眠りについた。
この場所は、今回の旅を始めてから数度味わったが、両親に挟まれて眠るのとは違うが、言いようのない安心感を与えてくれた。
それを知ってからは、『そこ』はアリスにとって大切な場所になった。
人の体温、そしてそれが竜人のものであるという安心感から、どんな立派なベッドよりも居心地がいい場所。
ここはアタシのナワバリだ、と言わんばかりに、竜人の隣で体をモゾモゾと動かしてから再び眠りにつく。
(早く明日にならないかしら。 きっと今日よりずっと良い一日になるわ!)
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アリスの中にある、野生の本能が警鐘を鳴らしている。
深い安心感に包まれながらの眠りから、強制的に意識を覚醒させられる。
目の前には、眠る前と変わらぬダンジョンの景色が広がっている。
横を見れば、竜人と見張りを変わったのであろう、ワンダが眠っている。
眠りにつく直前まで自分の横にいた竜人が、その寝具の中にいないことから、自分の目に映っているその人物が、竜人であることに疑いの余地はない。
が、その人物は、昨晩アリスが唇を奪った、結婚の約束をした、寝ている隣に滑り込んだ竜人と同じだとは思えなかった。
アリス自身は、『それ』が竜人だと思っている。
そしてそれは間違っていない。
アリスの本能は、『それ』が危険すぎるものだと言っている。
そして、それも間違っていない。
『それ』がこちらに気付き、声を掛けてくる。
「おはよう、アリス。 ワンダさんが~~~」
一歩こちらに『それ』が向かってくる。
全身が収縮し、肺から押し出された空気で思わず「ひっ!」と声が出る。
その瞬間、『それ』がアリスの目を見た瞬間、『それ』は竜人に戻っていた。
いや、元の竜人には戻れなかった。
アリスにも、はっきりとそれが判った。
『竜人』は、「あぁ、ごめん。 怖かったよな。」といって笑った。
今まで見たことがないような、悲しそうな笑顔だった。
「もうちょっと寝てていいよ。 ちょっと奥に行ってくるから。 出入り口側は塞いどくから、安心してていいよ。」
そういって竜人は出入り口に力で作った壁を出し、広場の奥にある、下層への道へと消えていった。
(どうしよう! どうしたらいいの!?)
パニックになったアリスは、寝ているワンダの元へと向かい、ワンダの身体を激しく揺する。
「ん!? ちょ、ちょっと、どうしたんだい!? アリス、何だっていうのさ!!」
寝ぼけ眼で無理やりに起こしてきた相手を見ると、アリスが顔面蒼白でそこにいた。
「どうしよう、アタシ… アタシ、『竜人』を壊しちゃった!!」