第137話 とある獣人の過去・後編
「その様子だと、お前はもう大丈夫みたいだな」
口を開くと王はそう言った。
「... さっきはすいませんでした。
王に向かって、失礼な事を言いました」
そう言って頭を下げると、そんな俺を見て王はニカッと笑い、歩み寄ってきて俺の背中をバシバシと叩いた。
「わっはっは! 気にするな!」
叩かれている背中から伝わる衝撃は、それはもう挨拶とは思えない程の威力を誇っていたが、不思議と嫌な気はしなかった。
気を失う前に見た際とは打って変わって上機嫌に見える王の真意が理解出来ず、答えられずにいると、王は「付いてこい!」といって歩き出した。
王からの命、しかも負けた身でもあり、仕方なしに素直に王の後に続く。
やはりここは王城の中だったようで、廊下を進んでいると衛兵や職員と思しき獣人たちとすれ違う。
皆が一様に立ち止まっては、王に頭を下げて通過を待っていた。
一体どこへ向かっているのか、さっきの非礼を詫びる機会はあるのか、などと訊ねようとしていると、そんな中、一人の衛兵の前でゴルムが立ち止まる。
「おい、ジェイド。
こいつに勝てる自信はあるか?」
ジェイドと呼ばれた鷹の獣人の衛兵は、下げていた頭を挙げるとその鋭い目で俺を見て、こう言った。
「先程まででしたら100回戦って100回勝てたでしょう。
今であれば、それでもまだ90以上は勝てるかと」
ふむ、と言って自分の顎に手を当てるゴルム。
「では、6年後ではどうだ?」
「そういう事ですか。
だとすると、おそらく... 半分勝てるかどうか」
そういったジェイドに対し、ゴルムは言う。
「こいつは、おそらく昔のお前によく似ている。
この国を我がものにするために、俺を倒しに来て返り討ちにあった頃のお前に。
だから、こいつを鍛える事にした。
ジェイド、お前も鍛え続けて負けるなよ」
「はっ! では11年後にも負けないほどに鍛えるとしましょう。
ついては王、何年か鍛錬のために時間をお暇を頂けますか?」
「ダメだ! 仕事しながら鍛えるんだ!」
二人はそう言って笑いあっていた。
あれほど強い王と、笑い合えるような関係性であるジェイドという衛兵が、少しだけ羨ましく思えた。
それにしても、このジェイドという男も強い。
一体どこで見ていたのか分からないが、確かに闘争心が失せてしまった俺よりも強いのだろう。
さっきと今とで評価が違っていたが、さっきと言うのが王の前で震えていた時であれば納得だ。
しかし、このジェイドという男は王と戦ったのか。
(それだけでも、圧倒的に俺よりも格上だな)
「おい、聞いていたか?
俺はこの国の王だ。
少なくとも、しばらくの間は俺が王でい続けるだろう。
個人的には、無礼だなんだと気にはしないが、それでも俺の後ろにはガーフェルドの民がいるんだ。
そいつらの神輿である俺が、無礼な真似を受け入れてちゃ示しがつかない。
だから、お前に罰を与える」
王はこちらに向き直ると、通告をした。
(なるほど、俺への裁きとして、この男が打ちのめすのか)
王もジェイドも俺よりも強い。
抵抗をしようとしたところで、一方的なものになるだろう。
せめてそうなる前に、一度部下たちに詫びに行く機会をもらえないだろうか。
「お前を今日この場をもって、ガーフェルドの衛兵に任ずる!
ジェイドがお前の上官だ。
お前を強くするための鍛錬には、俺が直々に力を貸す。
まずは4年で、衛兵の誰よりも強くなることを目指せ。
そうなれば、俺への暴言は不問だ!」
わかったか?と王はこちらとジェイドに視線を向ける。
「異存ありません」
ジェイドは再び頭を下げている。
何が何やら分からない俺にも、王が言ったことが俺にとって非常に優遇された裁定だということは理解できた。
「王様、ありがとうございます」
グチャグチャで全くまとまらない頭を必死に使い、なんとか口から言葉を絞り出した。
「期待しているぞ。
それで、お前の名は?」
そういえば、名乗りすらしていなかったのか。
「俺の名はダンク、兎族のダンクです」
6年後、ダンクはジェイドを打ち負かし、選王戦に衛兵代表として参加するも、初戦で王に惨敗。
その後、任務として大森林へと入り、そこでイリスと出会う事になる。
そのまま大森林に骨を埋める事とし、ゴルム王からも許可を貰う。
後に、選王戦を見に一度ガーフェルドを訪れたが、その選王戦でゴルムは若い獅子族の青年に敗北した。
遠縁の親戚らしいが、あのゴルムが一方的にやられるのを見て、歴代最強の王が誕生したと大騒ぎになった。
選王戦後、ゴルムに会いに行くと、彼は嬉しそうに「あれなら国は安泰だ!」と言っていた。
大森林で築いた家庭の話を聞かせると、皆には内緒で一度遊びに来ると良い、と言ってくれた。
それから数年後、大森林のダンクの下にジェイドから一通の手紙が届いた。
『ゴルム様が亡くなった』
手紙には、これまでの数年の様子が書かれていた。
前回の選王戦の時点で、ゴルムは既に病に侵されていたらしい。
その病がなくとも、選王戦には負けていたと言っていたらしいが。
王ではなくなってからも、ゴルムは新王と共に国に尽力し、亡くなるまでの数年は新王に生まれた子供の教育に心血を注いでいたらしい。
ゴルムが言うには、父親を越えるほどの才能を秘めている、らしい。
ジェイドの手紙には、既に祖父が孫を可愛がっている以外の何物でもなかったが、と書かれていた。
国父として国を力と人柄で支え続けてきた男は、王位を退いた後に新たな家族を得て幸せそうに逝った、と。
膝の間で果物を齧っているアリスの頭を撫でながら、自分の人生を変えてくれた『王』への感謝で涙が頬を伝った。
ガーフェルドを捨ててしまったが、いつの日かイリスとアリスを連れて、私の『王』に挨拶に行かなければ。