不思議な日常
思いつきで一気に書き上げました。
なので誤字脱字はご愛敬だと思って下されば幸いです。
目は覚めていた。ただ目蓋を開けるのが億劫だったんだ。
夢を見た気がするけど覚えていない。覚えてないんだから大した内容じゃなかったんだろう。
蹴飛ばしていたタオルケットを肩まで引っ被るようにして僕は寝返りを打った。
枕に顔を押しつけながら目覚まし時計を見やると7時。あと30分で学校に行く時間だ。
カーテンの隙間から差し込んでくる陽光の欠片に目を刺されながら僕は身を起こした。
パジャマのまま自室を出て1階のダイニングに降りていった。
「おはよう」
キッチンの換気扇の下でフライパンを指さしているお母さんは目玉焼きとトーストをいっぺんに作っていた。
おはよう、と返しつつテーブルに着く。
「なんなのこの子は身支度もしないで」
「食べたらどうせ口が汚れるんだから、後で顔洗った方が良いじゃないか」
フライパンの目玉焼きがブチュブチュと油を弾けさせるのを聞きながらそんなやり取りをする。
いつもの朝の風景だ。
僕が食器棚から平皿を出してテーブルに置くと同時に焼き上がったトーストが皿にのり、その上に目玉焼きがかぶさる。
「飲む?」
そう言ってお母さんは冷蔵庫からオレンジジュースを出して中空で振って見せる。
僕が首を横に振って答えると、お母さんは自分のグラスに注いで飲んだ。
そうしてから身支度を整えると、あっという間に朝の時間は過ぎてしまう。
「行ってきます」
もうランドセルを卒業している僕はリュックサックに教科書などを入れて家を出た。
「行ってらっしゃい」
団地の棟を出たところで掛けられた声に振り返ると、隣のお婆さんが棟の前を掃除していた。アスファルトにかざした手で空気を撫でると床のチリやホコリが次第にチリ取りの中に集まっていく。
行ってきます、そう答えて僕は学校に足を向けた。
いつもの朝の風景だ。
教室に入るともうツヨシとキヨシがバカをやっていた。掃除用具入れの自在ぼうきやバケツ、モップを使って人形を作って蛍光灯に当たらないすれすれのところを浮遊させている。
「世に清潔が求められる時、私はそこにいる。清潔の味方『ダスターナイト』ここに参上!!」
逆さにしたモップにバケツを被せて兜にした騎士らしき長細い人形を操るツヨシがそう叫ぶと、キヨシが嫌に埃っぽい雑巾を几帳面なマス目状に浮かべる。
「ははは、ダスターナイトよ。いくらお前でもこのダーティ伯爵を倒せるかな?」
そうやって挑戦的な口舌を交わす二人が、ついに二体の人形を搗ち合わせようしたので僕は割って入った。
両手の人差し指をそれぞれツヨシとキヨシの手元に向けて空気を突いた。たちまち人形達のコントロールは二人から僕に移る。
僕はまず雑巾を元あった窓辺の手摺りに二枚ずつ重ねて引っ掛け、空いたその指で掃除用具入れのロッカーを開けてモップやら箒やらを次々に片付けた。
「おい、なにすんだよ!!」
ツヨシが僕に凄んできた。
「ダスターナイトが暴れたら教室中が埃まみれになっちゃうよ。本当の正義なら周りの安全にも気を使うべきだね」
「うぜぇ~な~!」
キヨシが眉間に皺を寄せたけど、僕は人差し指を立てて教室の前に置いてある黒板消しをさした。
浮かび上がらせた黒板消しをドアの上辺に沿わせて固定する。
「ドアを開けたら落っこちる。単純だけど喰らったら恥ずかしいよ。こっちの方が面白い」
僕がニヤついてみせると二人の悪友もギッと歯を見せてきた。
いつもの教室の風景だ。
僕のイタズラに引っ掛かったのは鈍くさいマコと頭の弱いタケシだけで、他のクラスメートはすんでのところで止めていた。
もちろん担任のハラダ先生が引っ掛かるわけもなく、朝の会で僕ら三人は仲好くつるし上げを喰らった。
少し遅れて授業が始まる。
「なので、分数の割り算は割る方の分母と分子をひっくり返して掛けるだけです」
ハラダ先生が授業を進めていき、黒板に書かれた説明文をノートに写していく。
「もう写しましたか?」
そう訊いて先生は一拍待ち。
「消します」
先生が黒板の前で手を撫で下ろすようにすると、途端に書かれていた字が粉になって落ちた。続いて先生の手が撫で上げるように振られると、粉受けに落ちたチョークの粉が弾むように跳び上がる。粉は黒板に張り付いて数式を作った。
「ではこの問題を――」
ハラダ先生の目が教室中を這い回る。ひいき目はないよ、いかにも平等に生徒を見ていましたよと言わんばかりに先生は僕をさした。
僕は黙って立ち上がり、黒板のチョークを浮かべて問題を解いた。まだ僕ら小学生は粉みたいな細かい物を同時に操作する事は出来ない。
いつもの授業の風景だ。
学校が終わって家に帰った後、ツヨシとキヨシに誘われた団地の公園に行った。
公園ではピン球ドッジボールの真っ最中だった。僕ら団地組はとにかくお金がないので、ボールより安価で一度に複数個買えるピン球がボール代わりだ。
「お、来たな」
タケシの立てた人差し指の数センチ上ではピン球が高速で回転している。
「さっさと入れよ。今朝のお返しをしてやる」
おのずとタケシのグループに対するグループに入った僕はタケシと向かい合う。
誰とはなく開始の声がかかる。間髪入れずに僕めがけてピン球が真っ直ぐ飛んできた。卓球でスマッシュを打ったが如く、時速は軽く時速100キロを超えている。
僕はそれを猫が爪を立てるような形にした手の平でピン球を受け止めた。
「くそ!」
タケシ達は自分の陣地の奥に引っ込んだ。僕は手の平の前で止めていたピン球を立てた人差し指に受けて狙いを定める。
手首をクイッと九十度に倒して標的へ投球した。
「うぎゃ! 私ぃ!?」
早々に逃げるのをやめたマコが後ろを向いて背中を丸めて防御に入ってしまう。
僕はピン球の速度を弱めてマコの顔の方へ回り込ませた。
「へ?」
マコは目の前に浮かんでいるピン球に目を釘付けにしている。
「アイタ!」
僕はタイミングを外してマコのおでこにピン球をぶつけた。
「当たったから場外だね」
そう言いながらほっとしているマコに僕は言う。
「顔面だからセーフだよ」
「ええぇ!!」
いつもの放課後の風景だ。
日が暮れる前に家に帰った。玄関先にはお父さんの靴があった。
リビングに行くとお父さんが卓袱台に書類を広げていた。
「これが明日の会議のレジュメ。これは先方への提出書――」
云々しつつお父さんは両手の五本指のめいめいに宛てがった書類を卓袱台の上に浮かべて種別している。さながらパソコン画面のフォルダやブラウザのウインドウが開いているようだ。まとめられた書類の束は丁寧にクリップで止められていった。
「よし、抜かりなし」
お父さんが両の手の平を広げると、まとめられた書類が空中で重なり一枚の紙みたいに揃えられる。手元で開けたファイルバッグに書類が収められ、ファイルバッグは自分からお父さんの鞄に滑り込んだ。
「おお、帰ってたのか」
お父さんが僕に振り向いた。
「宿題はやったのか?」
「まだだよ。でもすぐに片付けるから」
「そうか……」
「一緒に風呂でも入るか?」
「やめてよ。僕もう四年生だよ」
僕は早熟でもう思春期なのだった。
「わかった、わかった。じゃあお父さんに一番風呂をゆずってくれ」
僕は頷いて自室に向かった。
リュックサックから宿題のプリントを引き抜いて机に広げる。
算数の宿題は分数の割り算だった。
いつもの夕方の風景だ。
晩ご飯が終わり、歯磨きを済ませるとすぐに九時なった。子供はもう寝る時間だ。
僕は布団を敷こうと手の平を持ち上げた。視界に入る玩具やマンガを部屋のすみに行くように空間を撫でていくと、散らかっていた物は素直に部屋の隅に移動した。
丸めていた布団を敷き伸べて横になる。タオルケットを浮かべて肩までかかるように下ろした。
立てた人差し指を蛍光灯のスイッチに向けて空間を突く。
パチッ――。
軽い音と共に部屋は真っ暗になる。すぐに目が慣れて蛍光灯の緑の明かりで部屋中が見えるようになる。
何だか寝つかれない。手遊びに蛍光灯から伸びるスイッチの紐を小突いた。
「まだ大まかにしか動かせないんだよなぁ。早く先生やお父さんみたいに細かいやつを複数をうごかせるようになりたい」
そんなことを呟いているといつの間にか寝てしまった。
いつもの夜の風景だ。
目は覚めていた。ただ目蓋を開けるのが億劫だったんだ。
夢を見た気がするけど覚えていない。覚えてないんだから大した内容じゃなかったんだろう。
蹴飛ばしていたタオルケットをたぐり寄せて肩まで引っ被り、僕は寝返りを打った。
枕に顔を押しつけながら目覚まし時計を見やると7時。あと30分で学校に行く時間だ。
カーテンの隙間から差し込んでくる陽光の欠片に目を刺されながら僕は身を起こした。
パジャマのまま自室を出て1階のダイニングに降りていった。
「おはよう」
キッチンのコンロの上でフライパンを振っているお母さんは目玉焼きを作っていた。
「パン食べたかったら自分で焼きなさい」
そう言ってトースターに顎をしゃくられる。
いつもの朝の風景だ。
読了頂きありがとうございます。
もしも超能力や魔法が使えたら楽しいだろうなぁ~っていう作者の夢丸出しの作品でした。
人の夢とは儚いもの。なのでの夢落ちです。