護衛の任務だって言いましたよね!?
「任務として私が団長の護衛を、ですか……?」
剣術の訓練が終わった直後、唐突に騎士団長であるダーレンスから「話がある」と言われ、呼び出された副団長のエミリーン。それで件の話が一体何なのかというと、それはダーレンス自身の護衛をエミリーンに頼みたいというものであった。
「ああ、面倒なことに俺が主催でパーティーを開かなきゃいけないんだが、その時に俺の傍について護衛をしてくれないか。別に問題はないだろ? 頼まれてくれないか」
「はい、問題はありませんが、しかし……なぜ私なのですか?」
エミリーンは平民出身だ。パーティーなどといったきらびやかな催し物に出席する機会は殆どない。仮にあったしても、粗相をしてはいけないと思い何度も彼女は断ってきた。つまり、そういったものに疎いということは、エミリーン自身も含めて団員の誰もが知っている周知の事実なのだ。勿論ダーレンスも。
「理由は多々あるが、まあ……ムサイ野郎連中よりお前の方が色々と俺が助かるから……だな」
言葉を濁して答えるダーレンス。
なるほど、とエミリーンは内心で察する。
万が一の場合、屈強な団員より女である自分の方が相手の油断を誘いやすいだろう。副団長を任されているエミリーンの剣の腕は並みの男に引けは取らない確かなものである。
それに、ダーレンス・ロードワールは国を守護する騎士を束ねる英雄として国内では大いに人気がある。国一番の剣の腕に加えて、誰に対してでも気さくに接する人柄の良さ、そして女性なら一目で心を奪われると言われるほどの眉目秀麗さを持ち合わせている。
故に貴族の子女たちの憧れの的であり、パーティー中、ダーレンスの元へと殺到していく娘たちの光景は想像に難く無い。
さしずめ、自分はその大波を堰き止める防波堤も兼ねているといったところか。
「別段、お前は何もしなくてもいい。俺の近くで立っていてくれば、何事もなく終わるさ」
正直躊躇いはしたが、これは自分に下された正式な任務である。一端の騎士である以上拒否は有り得ない。
「分かりました。謹んでお受けします」
「相変わらず真面目だな、お前は」
後に、その返答に複雑な思いを抱くことになろうとは、彼女自身この時、思いもしなかっただろう。
当日。招待客が来る前に、エミリーンはロードワール邸に足を運んだ。本来ならば数日前から訪れて下見をしたかったのだが、なんとパーティーが行われるのはダーレンスが彼女に伝えた日の翌日であった。
なぜ、もっと早くに言わなかったのかと問えば、準備に追われて忙しかったのだと言ってこちらの追及を躱される。
下見が出来ないのは痛い。彼を守る時はぶっつけ本番であるということだ。不安要素ほど胃の痛くなるものはない。護衛する側の身にもなって貰いたい、と内心文句を言いながらも、仕方なしに彼女は屋敷の中を見て回る。
「エミリーン様、ささ、こちらに」
途中、見れば、部屋から顔を出して手招きしている侍女がいた。
もしや何か不審者らしき存在でも見つけたのか。急いで駆けつけてみれば、そのまま部屋の中に招かれる。
そこには、数人の侍女がいた。そして、皆揃って驚きの声を上げる。
「まあ、なんてこと。騎士様の団服のままでいらっしゃってるわ。剣なんて、これみよがしにぶら下げて。なんてこと、なんてこと」
侍女達がそう言って、エミリーンを囲んだ。逃げ場はない。
「急いでパーティーに相応しい装いをしなくては」
エミリーンは、あれよあれよいう間にドレスを着させられた。ついでに化粧や髪の手入れまでされる。侍女達の一心不乱さと気の入りようは、下手な抵抗をする暇など与えない。
「これで大丈夫でしょう」
姿見の前に立たされ、視界に飛び込んでくるのは自ら進んで絶対着ることはないであろう、少しセクシーで派手なドレス。いつもダーレンスから女物を着ろと言われてはいるが、着替えるのが比較的楽な男性用の服を着用しているため、今は普段と違って酷い違和感だ。
そして姿見に映る己の顔の見違えようは、まさに別人。誰だこれは。あっ、まさか自分か。エミリーンは驚愕する。これぞ、熟練が成せる技であると。
「何だこれは……」
「とても似合っていますよ」
侍女たちがうっとりとした表情で口々に言う。
「化粧落としていいだろうか」
「だめです」
なぜ自分は化粧をされたのだろう。それに加え、どうして自分にぴったりのサイズのドレスがここにあるのだろうか。疑問に思うエミリーン。
侍女達に視線を向けられ、段々と恥ずかしくなってきたエミリーンであったが、頭を振る。そうだ、今はそれどころではない。
この裾の長いドレス。正直に言って動きにくい。これでは、激しく動いた際に足を取られてしまう。
その旨を伝えると、「いいのです、いいのです」と、にこやかな笑みを浮かべられて、そのまま部屋を追い出された。
「会場に向かってください。そこでダーレンス様がお待ちです」
バタンと扉が固く閉まる。
呆気にとられるエミリーン。さっきのは結局何だったのだろうか。ただ着替えさせられただけである。
そして、思い出す。ああ、もう時間ではないか。まだ屋敷の見取りさえ覚えていないというのに。侍女達のせいで時間が大分とられた。急がなければ、パーティーが始まってしまう。
困惑しながらも、エミリーンは侍女に言われた通り会場へと足を運ぶのだった。
招待客が疎らながらも姿を見せている。時間通りやってくる者は稀だ。それが、功を奏した。会場が人で埋まってしまえば、とてもではないが、容易には彼の元に辿り着けない。
会場では、なぜかダーレンスが笑顔で待ち構えていた。どうしてこうも満面のスマイルなのだろうか。しかし、彼の視線ですぐに気付く。
「……すみませんが、このような服装では満足に貴方を守れない」
服装もそうだが、そういえば自分は普段しない化粧をしている。きらびやかな衣装をまとったダーレンスに見つめられて、また恥ずかしくなり、身を捩りながらなぜか言い訳のような言葉が口を突いて出てしまう。
「いいんだよ、それで。案外、似合ってるぞ」
彼は嬉しそうに言う。世辞を言うよりも、馬子にも衣装のこの姿を笑い飛ばしてくれた方がエミリーンとしては楽なのに。
「すみませんが、せめてズボンに着替えさせてもらえませんか」
「なんだ、もしかして恥ずかしいのか? うん、心配ない。お前はとても綺麗だ。見惚れてしまいそうなほどに」
着替えがかなわないのなら、人様の物であるが、止むを得ず、いっそ裾を破ってしまおうか。いや、いかにも高価そうな代物だ。弁償などとてもではないが出来そうもない。
そう思案していて、突如言われたその言葉。顔が赤くなったのが、自分でもわかる。
「し、しかし!」
「あっはっは。もうすぐパーティーが始まるから、駄々をこねるのもそれまでにしておけよ」
彼は、エミリーンの姿を満足気に眺めるだけで真面目に取り合ってくれなかった。もしや、揶揄われたのか。
パーティーが本格的に始まった。平民であるエミリーンは、普段は目にすることがない光景を目の当たりにして目を大きく輝かせるが、しかしそんな様子をダーレンスは横目に見てにやにやと笑う。
それに気付き、ばつが悪そうにごほんと咳払いを一つするエミリーン。
ダーレンスの横に立ち、なにが起ころうと、いついかなる時でも目を光らせることに努めなければ。
ダーレンスは主催者であるため、基本はあまり移動しない。それならば、何とか警戒しやすいものだ。
しかし普段とは状況がまるっきり異なるため、どうにも落ち着かない。
やけに腰周りが軽い。愛剣に手を触れようとすると、宙を掴んだ。
驚いて見れば、そこにあるはずの剣が無い。もしや侍女達に、ドレスに着替えさせられた時に一緒に取り上げられたのか。
気が大きく動転していたとはいえ、今まで気付かなかったとは、何と間抜けな。
エミリーンは己を恥じながら、テーブルへと向かう。
「おい、どうした」
「武器がありません。調達してきます」
エミリーンの視線の先には、ナイフとフォークといった食器類が。
「おい、やめろ」
「なぜです?」
「はしたないだろうが」
エミリーンの首根っこを掴んで引き戻すダーレンス。
それに対し、エミリーンは渋々頷く。
「……分かりました、それでは徒手でいきます」
騎士の領分は剣である。透拳でどこまでやれるだろうか。
「……とにかく、大人しく突っ立っててくれ。頼むから。これでも食ってろ」
不服そうにしながらも渡された料理を素直に頬張るエミリーンを見て、ダーレンスはげんなりと答えた。
パーティーは中盤に差し掛かる。段々と人々に熱が帯びていくのが分かる。他人が楽しんでいる姿を見ると、エミリーンも自然と気が緩んできた。そこで、いかんいかんと、気を締め直す。
「どうだ、お前も一杯」
「任務中ですので、飲酒は控えさせ頂きます」
「固い奴だな」
そう言って陽気にダーレンスはグラスを呷る。
緊張感など微塵も感じることなく、ゆったりとくつろぐダーレンス。良いご身分である。実際、かなり良い身分なのだが。だからこそ意地の悪い男だ。エミリーンは内心悪態を吐いた。
「久しいのう、ダーレンス殿。何時ぶりかのう」
そんなことを考えているうちに、一人の老齢の紳士が二人の前に現れた。
ダーレンスは、笑顔で受け答えをする。老齢の紳士は彼の恩師に当たる人物のようだ。
彼の言った通り、エミリーンは何もせず傍にいただけだった。老齢の紳士は二人に視線を交互に移して、そして最後に、
「どうかお幸せに」
謎の言葉を残して、老齢の紳士は去っていく。はたと送られた言葉にエミリーンは訝しむ。
――どうか……お幸せに……?
はて、いったいどういうことだろうか。
突然の任務で、貴重な休日を潰されて絶賛不幸中な自分に同情してくれているとでもいうのだろうか。今後良いことがあるよ、と言うことなのかもしれない。それが日の近いうちならいいのだが。
いや、しかし彼は自分が騎士とはまったく思ってはいなかった様子であった。それもそのはず、今のエミリーンはドレス姿だ。加えて帯剣もしていない。
周囲を暇なく睨み付けていること以外に、彼女が騎士であるという要因はなく、そもそも気付けるはずが無い。
それならば、なぜあの老人はそんな言葉をエミリーンにかけたのか。
己の姿を見て、ふと気付く。そうだ、今の自分はドレス姿なのだ。
ダーレンスの護衛をしているというより、彼の恋人であると思われる方が自然だろう。
忘れていた。自分は、彼の防波堤を務めなければならないのだ。
――自分とダーレンスは恋人……。
そう思い出して、馬鹿な、と突然湧いた邪念を慌てて振り払う。そんことがあってたまるか。自分達はあくまで上司と部下の立場である。
エミリーンは急いで気持ちを切り替える。
……しかし、パーティーが始まってから今まで、ダーレンスに近づく者は、先ほどの老人のように彼と親しい者だけのようだった。
黄色い声を上げて彼に駆け寄る者は一人もいない。今も、彼は酒の影響でほんのりと頬に朱がさして怪しい色気を漂わせている。だが、皆無。おかしい、ダーレンスはモテると団員達から聞いた。
――それはもう、選り取り見取りで、取っ替え引っ替えであると。
……だが、現実には彼に近づく女性の影は見当たらない。彼は未婚である。そう言えば、婚約者がいるという話も聞いたことがない。
「……何だか生温かい視線を感じる気がする」
「気のせいですよ」
男所帯に混じって剣を振り回していたら、いつの間にか婚期を過ぎて未だ貰い手がいない男勝りの自分も大概だが、その、何だろうか。……今度から……ダーレンスに少し優しく接してみようと思うエミリーンだった。
そうこうしているうちに、パーティーもいよいよ終盤である。もうすぐ解放されるが、しかし油断は大敵。最後までなにがあるか分からない。一層、気合を入れて周りを警戒する。
「さて、会場の皆様。このパーティー一番のメインイベントがやって参りました!」
パーティーの司会役が声を張り上げる。一体何が始まるのか聞き耳を立てていると、
「――この場で愛を囁いてもらいましょう!」
何だこのパーティーは。主催者はダーレンスである。半眼で、彼を見るが、
「いや、俺も知らん。初耳だ」
首を横に振って否定する。なるほど、それほどまでにこの男は信頼されていないらしい。より一層、彼を見る目が生温かくなる。
「この箱の中には、今回のパーティーに参加された方々の名前が書かれた紙が入っています。因みに、既婚者の方のお名前はありませんよ。幸運にも、選ばれてしまった方は、壇上に立って会場の皆様に向かって、今まで胸の内に秘めていた想い人への溢れんばかりの気持ちを吐露して頂きます。それで、今回のパーティーはお開きとなります。――それでは最後、いってみましょう!」
つらつらと話しながら司会役は、箱の中から手を引きずり出した。
「おおっと! これはまさかの人物です! なんと選ばれたのは、今回のパーティーの主催を務める色男、頼れる我が国の騎士団長ダーレンス・ロードワール様です!」
途端、拍手や囃し立てる声が盛大に上がる。
「これだけ人がいるのに選ばれるとは、運が良いのか悪いのか。まあ、仕方無いか。ああ、エミリーン、お前もついてきてくれ。気まずいとは思うが、そこは悪いが我慢だ」
やれやれと溜息を吐いて、彼は壇上に向かう。その様子は予期せぬ面倒事が降りかかって嘆いているように見えなくもないが、声音はむしろまんざらでもないような……?
「どうした? お前も早く来い」
なぜか楽し気に言う。
エミリーンはダーレンスの護衛である。彼から離れるわけにはいかない。
考える暇などなく、ともかくエミリーンは彼の後を追うようについていく。
壇上に上がれば、視線は自分達に釘付けだ。ダーレンスは涼しげな表情だが、お呼びではないエミリーンは素数を数えてとにかく無心を志す。
「さあ、国一番の伊達男は、これから一体どれほどまでに情熱的な言葉を紡いでくれるのでしょう!?」
――それではどうぞ、と司会役が合図する。
「えー、ごほん。会場の皆様、本日は私が主催するパーティーに参加頂き誠にありがとうございます。皆様の尽力により、未熟なこの身なれど如何にかいつの日か願った想いが実を結ぶかどうかまで持って来ることができました。重ねて御礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
頭を深々と下げて礼を言うと、ダーレンスはエミリーンの方へと体を向ける。
なぜこちらを見るのか。エミリーンは若干戸惑う。
その表情はいつになく真剣そのものであるダーレンス。その顔は神妙といってもいい。一体どうしたというのか。そう声をかけようとして――
「――ずっと。ずっと、お前のことが好きだった」
突然、注視していた彼の口から放たれた言葉。
エミリーンは、えっと不意を突かれる。
「団長……?」
「今、ようやく伝えられたよ。俺の気持ちを……お前に」
……えっと、何をいきなり――しかし、その言葉は遮られてしまう。彼はエミリーンに何も言わせない。
「冗談と思うか? いいや、本当だ。本気で俺はお前のことが好きなんだ」
――愛してる。
そう言葉を続けた。
エミリーンは無意識に息を呑んだ。今の状況が上手く呑み込めない。
彼は、自分に恋心を抱いているということなのか。まさか、本当にそうなのか。
「お前と剣を合わせることほど、幸せなことはない。いつもお前の顔が間近で見られるんだからな」
「ヒューヒュー! 隙あらば、流麗な口説き文句とは、恐れ入ったぜ! 滅茶苦茶熱いぜ、団長!」
そう言ったのは、会場にいる招待客の一人。しかし、その声には心当たりがある。騎士団の団員の一人だ。
「団長は昔から姉御に御執心で、何度も縁談の話を断ってきてんだぜ! しかも、ヘタレだからなかなか当たりに行かねえしよぉ!」
「ああ、毎回ウザったく仕方なかったんだぜ! でもな、こんな俺たちを拾ってくれたのは団長と副団長だったしな。この礼は、いつか返したいと思ってたんだ!」
「だから、俺達も手伝ったんだぜ! 姉御にバレねえよう、頑張って準備したんだぜ! へへ、びっくりしたか!?」
『そうだ、そうだ!』と団員達は口々に言う。いつの間にか、彼らは招待客に扮していたのだ。エミリーンに悟られないよう、細心の注意を払いながら。
そしてダーレンスは必死に団員達に目配せをしている。お前ら黙れと。
エミリーンは目を瞠った。そして己の耳を疑う。これは一体どういうことなのだ。
ダーレンスに思わず、訊く。
「護衛の任務……というのは……」
「ああ、それは勿論、嘘だ。普通に誘ってもお前はいつもみたいに断るだろう? あと、その護衛は今、他の団員達に当たらせているから問題ない。悪かったな騙して」
口調はまったく悪びれもせず、そう答える。
誰もダーレンスの言葉を否定しない。
会場の者達は、全て知っているのだ。
今にして思えば、エミリーンはこのパーティーが一体どういった主旨のものか聞かされていない。だが、彼らの言葉から、このパーティーは、最初からエミリーンのために計画されてものだったということ、それが分かる。先ほど大勢の中から一人、ダーレンスが選ばれたのも、彼自身が仕組んだからだろう。
ようやく、理解する。護衛の任務というのは、ただの体の良い口実。
本来は、エミリーンをパーティーに誘って、彼女に想いを告げるための舞台に過ぎなかったのだ。
「――エミリーン、俺と結婚してくれないか」
――絶対にお前のことを幸せにしてみせる。ダーレンスは柔らかな笑みをたたえて言う。しかし、その顔には固い決意が込められていた。
「……えっ! それは、その……」
「もしかして、俺のような男では駄目なのか」
一瞬、悲しそうな表情をしたダーレンスに、エミリーンは首を横に振った。
「いえ、そういうわけでは……でも」
でも、あまりにも突然過ぎる。心の準備などそんなものは出来ているはずがない。エミリーンは、しどろもどろになりながら辛うじて答える。
「え、えっと、私は平民ですし、その、あれです……そう、団長のご両親が何と言うか……」
それに対してダーレンスは簡潔に返す。
「確かにそうだな。まあ、説得したから問題ない」
「えっ!?」
「因みに、すでにお前のご両親も説得済みだ。快く、『娘を頼みます』と言って頂けたよ。素晴らしいご両親だ」
そう言って渡されたのは、一通の手紙。したためられたその字には確かに見覚えがあった。見間違うはずがない。それはエミリーンの父親の筆跡だ。
『――そろそろ孫の顔を見せておくれ――』
そんな内容に思わず、頭が真っ白になってしまう。思考がまったく働かない。
知らぬ間に外堀は埋められており、残すは本城のみであった。
狼狽えてばかりのエミリーンをしばらく眺めていた彼は言った。
「なあ、エミリーン。そろそろ焦らさないで返事を聞かせてくれないか? 本当に、俺と結婚するのは嫌なのか? 教えてくれ」
さあ、と彼は手を差し出す。
いつの間にか、周囲の人間達は、波を打ったかのように静まりかえっていた。まるで、息を潜めて今か今かとその瞬間を待ちわびているかのようだ。無言のプレッシャーが無数に肌へと突き刺さる。
ダーレンスは自分の気持ちを正直に告白した。あとは、エミリーンが答えるだけだ。
皆、彼女を見守る。エミリーンが答えを出さなければ、このまま針の筵状態だ。
――ええい、ままよ! 顔から火が出る勢いのエミリーンは俯いたまま恐る恐るといった動きで、黙って差し出されたその手をとったのだった。
その瞬間、今までで最も会場が沸いたのは、言うまでもない。