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【第二回・文章×絵企画】参加作品

願いの生んだもの

作者: おはなし様×陽一

この作品は牧田紗矢乃さま主催の【第二回・文章×絵企画】の参加作品です。


 おはなし(http://14687.mitemin.net/)様のイラストに文章をつけせていただきました。

 ある時そこに、彼女は生まれた。

 彼女には、この地の平穏を護るという役目があった。

 手の甲にある朱の紋様が、その証。

 だが彼女自身にはその自覚がなく、無意識に行っていた。

 彼女は“神”と呼ばれ、人間たちは彼女を見えもしないのに“神”と呼んで存在を信じ、感謝し、時には哀しい、時には恐ろしい秘密を暴露した。

 そんな彼らに、彼女は好意や興味を抱いた。


 気まぐれに人間に混ざり、人間として過ごしながら人間たちの感情の動きを観察する内に、その感情はいつしか、変化していく。

 時折り姿を見せる彼女を、人間たちは新しい住人として迎えた。

 手の紋様は、人間たちも厄除けとして自らに書き入れることがあったから、特に気に留められることもなく。


 彼女は人間たちの対応に喜びを見いだし、時が経つと、殆どの時間を人間に混ざって生活するようになった。


 つまり、“神”として過ごす時間が、減っていった。


 “神”として過ごしている間、彼女はその場所の平穏を護っていた。

 だからこそ人々は、彼女をそうとは知らぬまでも“恵みを与える神”として敬っていたのだ。


 だが、“神”のいない間、平穏を護る者などいるはずもなく。

 そこは徐々に自然の恵みを失い、災害が度々起こるようになっていった。


 ある人間は、“神”はこの地を去られたのだと言った。

 別の人間は、“神”は試練を与えているのだと言った。


 どちらなのか、人間たちにはいくら考えても解らない。

 実際にはどちらでもないのだが、それも、人間たちには理解できるはずもなく。

 理由が何にしても、環境が悪くなっていくのは紛れもない事実。

 棲み難い環境に耐えかね、人間たちは1人、また1人とこの地を去っていった。

 彼女はその原因が自分だとは気付かず、少し出かけていっただけだと思っていた。そして、残った人間たちと日々を過ごしていた。


 そこに残っていた人間たちは、“自分たちに試練を課す神”を信じ始めた。

 やがて、もう一人の“彼女”が生まれた。

 “彼女”には、その地に厳しい環境を保つという役目が与えられていた。

 “彼女”もまた、自身の役目も存在も、理解できてはいなかった。

 “恵みの神”としての力を失っている彼女は、それに気付かなかった。

 気付かずに、いつかきっと帰ってこれると疑いもせずに信じ、多くのものを持ち出すこともせず、最後の住人に付いて、その地を後にした。


 * * *

挿絵(By みてみん)

 * * *


 今では獣すら希にしか通らぬ森の深き場所に、そこはあった。

 陽が照りつけ、風が吹き荒び、時には雨が針のように岩を砕く、そんな場所だ。


 そこには幼い、少女がいた。


 昔ここは、暖かな陽と穏やかな風に、気まぐれに現れる霧が、棲むものを癒していた。

 それが今では獣すら希にしか通らない。

 ましてや人間など、通ったときには災いの前兆かと疑うほどだ。


 それは昔、少女がまだ生まれていなかった頃の話。

 少女は生まれてから一度も、この地を出ていない。

 だから少女は、この過酷な場所しか知らない。

 ここがどれほど生物の生存に適していないのか、少女には、解らなかった。


 だから少女は、見送った。

 この場所に棲んでいた最後の住人たちが、出ていくのを。


「またね」


 彼女らが残したその言葉に、少女は気付かれないと知りながら、頷いた。


 いつかきっと、帰ってくる。


 そう信じて、少女は待った。

 長年風雨に曝されてもなお、変わらぬ想いで。

 変わりゆく住処を見もせずに。


 時は経った。


 彼女らが残した言葉以外のものは、もうボロボロで、原形を留めてはいない。

 過去を思い出すように、少女はいつか拾ってきて纏い始めたそれを強く掴んだ。

 掴んだその手には、朱の鳥のような、或いは草のような紋様があった。

 それは、ここに棲んでいた者たちの信じた神の印。


 遠い昔は、恵みを与える神だった。

 近い昔は、試練を与える神だった。

 だがどちらも、過去のこと。


 今は忘れ去られた、何の意味もない朱の刻印。

 その色が徐々に薄れていっていることを、少女は気にも留めていない。

 或いは、気づかぬフリをしているのか。


 もう誰も棲んでいないこの地には、神を崇める者も、敬う者も、存在しはしないのだ。

 存在が消えるのも、時間の問題だろう。



 少女は疑うことを知らずに、或いは知ろうとせずに、今もこの先も、彼女らが去っていった方を、見つめ続けるのだろうと思われた。



 だが、彼女は、帰ってきた。

 いつぶりだろうか。

 もう、この地が生物の住処であったことを知るものが絶えて久しいだろう時が経ち、共に出ていった人間の死を見届け、ふらりと、突然に。

 人間としてすることを亡くした彼女は再び、“恵みの神”として、この地に姿を見せた。


 初めて、互いを認識しあった。


 少女は彼女の姿を認めたとき、自分の力が弱まるのを感じた。

 彼女と共にいると、徐々に小さくなる体。

 だが、生まれて初めて、充実感も得た。


 また時が経ち、少女が生まれる前のように──昔のように、人間が集まってきた頃。

 暖かな陽と穏やかな風に包まれながら、少女は消えた。

 それは、この地がどれだけ生物の生存に適していない環境だったのか、知るものが消え去った時だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして、企画お疲れ様です。 ほぼ地の文でしたが重くなく、逆に一言に意味がプラスされた印象です。 イラストの少女を“少女”として改めて見ると、眼差しの強さが際立って、作品に更に厚みが出…
[一言] お疲れ様です。牧田様の企画に参加させて頂いているソウイチです。 御作、拝見させて頂きました。 いにしえの叙事詩のような雰囲気を持った作品ですね。 テンポのよい文で悠久の時の一場面一場面を切…
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