レベル1固定の完成品は、評価されない
――気づいたら、俺は死んでいた。
トラックに轢かれた、らしい。よくあるやつだ。
俺自身が、そう思ってしまうくらいには。
目の前には白い空間と、やたら事務的な女神。
「あなたには異世界に転生してもらいます」
「テンプレか……」
「安心してください。今回は割と当たりですよ」
女神は軽く手を振り、空中に文字を浮かべた。
「転生特典として、スキルを一つ与えましょう」
「チート?」
「チートです」
即答だった。期待が高まる。
「では、これを。スキル【経験値無効】」
「……はい?」
俺の沈黙を無視して、女神は淡々と続ける。
「戦闘や行動によって経験値は一切入りません。レベルは永久に1のままです」
「それ、完全にハズレじゃないか?」
「そうでもありません」
女神は指を鳴らした。
「代わりに、初期ステータスは世界最高値に設定してあります。腕力、魔力、耐久、反応速度、すべて理論上の最大です」
「……つまり?」
「最初から、完成品です。成長する余地がないほどに」
俺は頭を抱えた。
「成長しないってことは、評価もされないだろ」
「ええ。あの世界はレベル至上主義ですから」
さらっと重要なことを言う。
「じゃあ詰みじゃないか!」
「大丈夫ですよ」
女神は、ほんの少しだけ笑った。
「数字に縛られた世界が、あなたをどう扱うか。それを、私が見たいだけです」
「性格悪すぎだろ」
「女神ですから」
否定はしなかった。
「……帰れないのか?」
「帰れません」
「じゃあ生き残れるのか?」
「あなたが死ぬ確率は、限りなくゼロです」
「それを先に言えよ」
女神は最後に言った。
「あなたは、成長しません。でも――世界は、あなたをきっかけに変わります」
視界が白く弾ける。
こうして俺は、レベル1固定の最強存在として異世界に放り出された。
――――――
冒険者ギルドは、想像していたより騒がしかった。
壁一面に貼られた依頼書。
酒と汗と鉄の匂い。
鎧姿の冒険者たちが、自分のレベルを自慢するように笑っている。
「登録をお願いします」
受付嬢は、ちらりと俺を見て、事務的に水晶を差し出した。
「ここに手を置いてください」
言われるまま手を置く。水晶が淡く光り、文字が浮かび上がった。
名前:レン
レベル:1
一瞬の沈黙。
次の瞬間、周囲から笑い声が漏れた。
「はは、冗談だろ?」
「子供の訓練生か?」
「いや、名前出てるぞ。本気だ」
受付嬢は溜息をついた。
「……レベル1ですか」
「そうみたいだな」
「申し訳ありませんがこの街では、レベル10未満は冒険者登録ができないんです。依頼も受けられないし、ギルドの保護も対象外です」
「ステータスは?」
「見ません」
即答だった。
「この水晶が示すのは“成長の記録”です。レベルが1ということは、何もしていないのと同じ」
「でも、戦える」
「それを決めるのは、数字です」
周囲の冒険者が口を挟む。
「運が良かっただけだろ」
「最初だけ強い新人、たまにいるしな」
「死にたくなかったら帰れ」
受付嬢は、少しだけ言葉を選ぶように続けた。
「……悪いけど、これは決まりなの」
俺は水晶から手を離した。
「分かった」
そう言うしかなかった。
こうして俺は、異世界初日で無職になった。
俺は仕方なく森で狩りを始めた。
最初は、金のためだった。
装備も宿代も、何もかもが必要だったからだ。
だが、すぐに気づく。
俺は強すぎた。
ゴブリンを殴れば消え、オークを蹴れば木に埋まり、ドラゴンすら素手で倒せた。
それでも、経験値は一切入らない。レベルは、永遠に1のままだ。
街に戻っても評価は変わらない。
「レベル1が、こんな素材を?」
商人は首をかしげ、値を下げる。
冒険者は笑う。
「運が良かっただけだろ」
「誰かに倒してもらったんじゃないのか?」
説明するのを、やめた。
どうせ信じない。
ステータスを見せても、レベル1しか見ない。
俺は次第に、森で過ごす時間の方が長くなった。
誰にも見られず、ただ黙々と、魔物を倒す。
経験値は入らない。数字も変わらない。
それでも、体は覚えていく。戦い方も、間合いも、殺気の流れも。
……皮肉な話だ。
成長しないはずの俺が、一番成長していた。
そのうち噂が立った。
森にいる正体不明のレベル1。
運だけで生き残っている、インチキ野郎。
笑える話だ。
魔王軍が侵攻してきたのは、そんな時だった。
最初に異変が起きたのは、朝だった。
街の外から、低く重たい音が響いてきた。
地鳴りのような振動が、石畳を伝って足元を揺らす。
次の瞬間、警鐘が鳴り響いた。
「敵襲だ!」
「魔王軍だぞ!」
街は一気に混乱に包まれた。
店はシャッターを下ろし、人々は叫びながら逃げ惑う。
冒険者たちは武器を手に集まり、互いのレベルを確認し合っていた。
「前線はどこだ!」
「四天王が出たって話だ!」
「最低でもレベル50以上じゃないと無理だぞ!」
空気が、重い。
誰もが分かっていた。
これは、いつもの討伐依頼とは違う。
城門の上から兵士が叫ぶ。
「魔王軍先遣隊、接近中!」
「迎撃準備!」
だが、動ける者は少なかった。
高レベルの冒険者は数えるほど。
多くは震えながら、その場に立ち尽くしている。
俺は、人混みを抜けて城門へ向かった。
そこで、兵士に槍を突き出される。
「止まれ!」
「前線に行く」
兵士は俺の胸元を見て、鼻で笑った。
「レベル1? 冗談だろ」
「本気だ」
「下がれ! 戦力外だ!」
周囲の冒険者も声を上げる。
「死にたいのか!」
「足手まといになるだけだ!」
「ここは遊びじゃない!」
俺は、城門の外を見た。
遠くに、黒い影が見える。煙と共に進軍する、魔王軍。
その先頭に立つ存在を、直感で理解した。
――四天王だ。
「誰か、行くのか?」
問いかけるように言うと、誰も答えなかった。
視線は逸らされ、足は動かない。
俺は、小さく息を吐いた。
「なら、俺が行く」
兵士が叫ぶ。
「命が惜しくないのか!」
惜しくないわけじゃない。
ただ――ここで何もしなければ、街は終わる。
「大丈夫だ」
そう言って、俺は城門をくぐった。
背後で、誰かが呟いた。
「……レベル1が?」
その声を最後に、俺は戦場へ向かった。
城門を抜けると、空気が変わった。
血と硫黄の匂い。
地面には、すでに砕かれた兵器と兵士の残骸が転がっている。
その中央に、そいつはいた。
巨大な悪魔。
人の形をしているが、背丈は城壁よりも高い。
六本の腕、それぞれに異なる魔器を持ち、背中からは黒い翼が生えている。
魔王軍四天王の一角。
災厄の名を冠する存在。
「……来たか、人間」
声だけで、空気が震えた。
「貴様、名は」
「名乗るほどの者じゃない」
「ほう?」
悪魔の六つの目が、俺を見下ろす。
「ほとんど魔力を感じん。兵ですらないか。迷い込んだか?」
「まあ、似たようなもんだ」
俺は肩をすくめた。
「レベル1だしな」
一瞬、沈黙。
次の瞬間、四天王は哄笑した。
「ハハハハ!人間も、ついに兵を使い果たしたか!」
笑いながら、腕を振り下ろす。
巨大な魔刃が、地面ごと俺を叩き潰そうと迫った。
――速い。
――重い。
――普通なら、回避不能。
だが。俺は、半歩だけ前に出た。
拳を握る。狙いは、振り下ろされた腕の関節。
殴った。
鈍い音が響き、魔刃ごと腕がひしゃげた。
「……なに?」
四天王の笑みが消えた。
「今のは、何だ?」
答える前に、残りの腕が一斉に襲いかかる。
魔法、呪詛、衝撃波。
視界が、光と闇で埋め尽くされた。
だが、俺は一歩も動かない。
全部、見えていた。全部、届く前に分かっていた。
相手が遅いのではない。
世界の方が、俺に追いついていなかった。
拳、肘、蹴り。ただ、それだけ。
攻撃は当たらず、逆に四天王の身体が削れていく。
「ば、馬鹿な……!」
六本あった腕は、すでに三本が使い物にならない。
「貴様……何者だ!」
「だから言っただろ」
俺は、悪魔の胸元に立った。
「レベル1だ」
最後の一撃は、拳でも蹴りでもなかった。
ただ、指先で――心臓の位置を、軽く突いた。
次の瞬間、四天王の巨体が内側から崩壊した。
悲鳴はなかった。爆音もなかった。
ただ、巨体が崩れ落ち、塵になっただけだ。
戦いは、三秒で終わった。
戦争はあっけなく終わった。
魔王は俺を見て震え、剣を落とした。
「なぜ……レベル1が……」
俺は答えた。
「レベルは成長の証明だ。でも、最初から全部持ってる奴もいる」
魔王は膝をついた後、塵となって消えた。
四天王が消えたあと、しばらくの間、世界は静かだった。
風の音だけが残り、魔王軍の気配は完全に消えている。
俺は一度だけ城門の方を振り返り、それから歩き出した。
戻る途中で、兵士と冒険者たちに出会った。
最初は、誰も声を出さなかった。
俺を見る視線が、戸惑いから驚愕に変わり、やがて、信じられないものを見る目になる。
「……四天王は?」
誰かが、震える声で聞いた。
「倒した」
それだけ答えると、空気が止まった。
次の瞬間、ざわめきが広がる。
「一人で?」
「本当に?」
「レベル1だぞ……?」
誰も否定できなかった。なぜなら、城の外にはもう、敵がいないからだ。
街に戻ると、逃げていた人々が少しずつ姿を現し始めた。
壊れた建物。焦げた地面。それでも、街は無事だった。
「助かった……」
「生きてる……?」
誰かが、俺を見て言った。
「あの人が……?」
噂は、火よりも速く広がった。
レベル1の冒険者が、四天王を倒した。
一人で、戦争を終わらせた。
最初は笑われ、次に疑われ、最後には、誰もが黙り込んだ。
冒険者ギルドに戻ると、あの受付嬢がいた。
机の前に立つと、彼女は一瞬だけ手を止めた。
「……無事だったんですね」
「ああ」
「四天王を、倒したって……」
言葉の続きを、彼女は飲み込んだ。
俺のステータスを知っている。
レベル1だということも。
それでも、彼女は深く頭を下げた。
「……失礼なことを言いました」
「仕事だろ」
「それでもです」
顔を上げた彼女の目には、数字じゃないものが映っていた。
「あなたは、冒険者です」
その一言で、十分だった。
その日のうちに、街の空気は変わった。
誰もレベルを大声で叫ばなくなった。
誰かを見下す笑い声も、減った。
数字は、まだそこにある。
でも、それだけが全てじゃないと、皆が知ってしまった。
ギルドの片隅で、俺はいつもの椅子に座る。
誰も騒がない。誰も近づきすぎない。
ただ、遠くから敬意だけが向けられている。
受付嬢が、ちらりとこちらを見て、言った。
「……あなた、本当は何者なんですか?」
俺は、少しだけ笑った。
「ただの、レベル1だよ」
レベルは、今日も1のままだ。
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