可愛げがない令嬢は、条件のいい縁談を勧められる
その手紙は、仕事の合間に届いた。
封蝋を見た瞬間、胸の奥がひやりとする。
ノートン子爵家の印。
「実家から?」
向かいの机で資料を読んでいたレイン様が、視線を上げた。
「はい。久しぶりです」
そう答えながら、私はすでに内容を察していた。
こういう呼び出しは、決まって一つしか理由がない。
***
応接室には、父と義母、そして見知らぬ男性がいた。
「マリエル、久しぶりだな」
父は、どこか落ち着かない様子で言った。
「こちらは、ラドフォード男爵だ」
「初めまして。マリエル・ノートンと申します」
男爵は、にこやかに微笑んだ。
だが、その視線は私ではなく、**“条件”**を見ている。
「官僚養成学校を優秀な成績で卒業。現在は王府直轄案件に従事中」
「……よくご存じですね」
「ええ。今のあなたは、とても価値がある」
その言葉で、全てを理解した。
縁談だ。
しかも、こちらの意思は最初から含まれていない。
「妻としても、補佐としても理想的だ」
「……」
私は、静かに息を吸った。
「恐れ入りますが」
「何かな」
「お断りいたします」
空気が、一瞬で固まった。
「理由を聞いても?」
「現在、私は進行中の行政改革案件に従事しております」
「結婚すれば辞退すればいい」
「そのつもりはありません」
男爵は、眉をひそめた。
「女性が仕事に固執する必要はないだろう」
「私にとっては、必要です」
父が口を開く。
「マリエル、相手は良家だ。条件もいい」
「条件、ですか」
思わず、聞き返してしまった。
「それは、私の条件ですか」
「……何を言っている」
「私が、どうしたいかを聞かれましたか」
誰も答えなかった。
義母が、少しだけ目を伏せる。
――ああ。
私は、“選ばれる物”なのだ。
「可愛げがないと言われ続けた娘だ」
男爵が、苦笑するように言った。
「だが今は使い道がある」
その一言で、胸の奥が冷え切った。
***
「ありますよ」
低く、落ち着いた声が応接室に響いた。
振り向くと、そこに立っていたのは――
「レイン、様……?」
「失礼。報告書を届けに来たついでです」
彼は一礼すると、淡々と続けた。
「ですが、聞き捨てならない言葉がありました」
男爵に視線を向ける。
「“使い道がある”とは?」
「事実を言ったまでだ」
「いいえ。事実ではありません」
彼は、一歩前に出た。
「マリエル・ノートンは、現在進行中の改革案の中核です」
「大袈裟だな」
「事実です」
声に、迷いがなかった。
「彼女を失えば、計画は停止します」
「……」
「彼女は、あなたの家に嫁ぐための条件ではない」
「失礼な男だな」
「失礼なのは、能力を理解せずに利用しようとする方です」
空気が、張り詰める。
「それに」
彼は、私を一度だけ見た。
「彼女には、すでに役割があります」
「役割?」
「私の補佐であり――」
わずかな間。
「将来的に、私の婚約者になる予定です」
……え?
頭が、真っ白になった。
「正式な手続きはこれからですが」
「本気で言っているのか」
父の声が震える。
「はい」
彼は、即答した。
「彼女を手放す気はありません」
視線が、私に集まる。
「マリエル」
彼が、静かに呼んだ。
「異論はありますか」
一瞬、迷った。
でも――
ここで黙れば、また“物”に戻る。
「ありません」
私は、はっきりと言った。
「私は、この仕事を続けたい」
「そして」
息を吸う。
「アレクシス・レイン様の隣にいることを、望みます」
沈黙。
最初に折れたのは、男爵だった。
「……縁がなかったようだ」
そう言って、立ち上がる。
父は、しばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。
「……好きにしなさい」
義母は、初めてまっすぐ私を見て、微笑んだ。
「誇らしいわ」
その言葉で、胸が熱くなった。
***
屋敷を出た後。
「勝手に婚約者にしましたね」
「嫌でしたか」
「……いいえ」
正直な答えだった。
「可愛げがない私を、選んでくださって」
「違います」
彼は即座に否定した。
「あなたは、最初から“選ばれる側”ではない」
「?」
「並ぶ相手です」
その言葉が、静かに胸に落ちた。
可愛げがない。
そう言われ続けた私には、居場所がなかった。
でも今は――
必要とされる場所がある。
評価してくれる人がいる。
それだけで、人生は随分と生きやすい。




