合理性だけで選ばれた
翌朝、私は局長室に呼び出された。
「ノートン子爵令嬢」
「はい」
地方行政局の局長は、珍しく背筋を正していた。
机の上には、見覚えのある資料が置かれている。
――私が、昨夜まで確認していた政策案。
「こちらを作成したのは、君だな」
「過去に、補佐として関わっておりました」
局長は、短く息を吐いた。
「中央から視察官が来ている」
「存じております」
「その人物がな、昨日――」
言葉を切り、こちらを見る。
「君を指名した」
私は、一瞬だけ瞬きをした。
「……理由を、お聞きしても?」
「『一番、無駄がない』そうだ」
それだけだった。
誉め言葉としては、あまりに素っ気ない。
けれど。
胸の奥で、静かに何かが落ち着いた。
「会ってもらえるか」
「命令でしたら」
「いや」
局長は、はっきりと言った。
「これは、君への依頼だ」
***
「ノートン子爵令嬢、でしたね」
応接室にいた男は、背が高いわけでも、目立つ顔立ちでもなかった。
だが、整えられた黒髪と皺ひとつない外套が、この人物が余計なことをしない立場にいると静かに語っている。
年齢は三十前後。
鋭い視線をしているが、私を値踏みする色はなかった。
「はい。マリエル・ノートンと申します」
形式通りに頭を下げると、男は軽く頷いた。
「アレクシス・レインです。今回の地方行政改革案を担当しています」
――名前を聞いた瞬間、空気が一段変わった。
官僚養成学校に通っていれば、知らないはずがない。
異例の速さで中央に抜擢された実務官僚。
有能だが協調性に難あり、という噂の人物。
「あなたが、補佐候補です」
「……私が?」
思わず聞き返してしまった。
私は成績は悪くないが、社交性に問題があると散々言われてきた。
“可愛げがない令嬢”――それが、私の評価だ。
「ええ」
彼は淡々と書類を差し出す。
「過去三年分の提出資料を拝見しました。無駄がなく、指摘も的確だ」
「ありがとうございます」
「感情的な表現が一切ないのもいい」
それは、褒め言葉なのだろうか。
判断しかねていると、彼は続けた。
「安心してください。ここでは、それは欠点ではありません」
胸の奥で、小さく何かがほどけた。
***
「この改革案ですが」
机を挟んで向かい合い、私は指摘を口にする。
「第三項、現場裁量を増やすのは賛成ですが、監査基準が曖昧です」
「……確かに」
「反対派は、必ず“不正の温床になる”と言います」
「対策は?」
「数値基準を明文化し、違反時の処分を先に提示します」
彼は、数秒だけ考えた後、頷いた。
「採用しましょう」
即断だった。
彼が指を組んだ瞬間、私は理解した。
この人は、怒鳴らないし、感情で人を切らない。
その代わり、判断が早い。
「君、よく言われませんか」
「何をでしょう」
「可愛げがない、とか」
一瞬だけ、言葉に詰まった。
「……よく、言われます」
「意味が分からない」
彼は本気でそう言ったようだった。
「必要なことを必要なだけ話す。約束を守る。成果を出す」
「……はい」
「それ以上、何が要るんです?」
問いかけは、責める調子ではなかった。
純粋な疑問だ。
「社交界では、愛想や雰囲気も重視されますから」
「ここは社交界ではありません」
きっぱりと言い切られた。
「少なくとも、私の仕事場では」
その言葉が、胸に静かに染み込んだ。
***
数日後。
「レイン様の補佐に、ノートン子爵令嬢が入ったらしい」
「例の……愛嬌のかけらもない?」
廊下ですれ違う視線が、以前とは違う。
好奇心と、少しの警戒。
そして、評価を測る目。
「気にしなくていい」
隣を歩く彼が、低く言った。
「成果を出せば、黙ります」
「黙かなかった場合は?」
「切ります」
迷いのない即答だった。
――ああ。
この人の隣は、居心地がいい。
無理に笑わなくていい。
可愛く振る舞わなくていい。
“役に立つ”ことを、そのまま価値として扱ってくれる。
「君は、有能です」
歩きながら、彼はそう言った。
「それだけで、十分でしょう」
私は、少しだけ視線を落とし、頷いた。
「……はい」
可愛げがない。
そう言われ続けてきた私に、初めて与えられた居場所。
ここなら――
私は、私のままでいられる。




