名を呼ばれる位置
翌日。
「ノートン様、ヴァルテン侯爵家より確認の要請が」
家宰を通じた正式な申し入れだった。
指定された会議室には、既に侯爵本人がいた。
背筋を伸ばし、完璧な姿勢で。
「本日は時間を割いていただき感謝する」
「こちらこそ」
――しかし。
「申し訳ありません」
上官が、静かに告げる。
「先にノートン嬢から説明を受けさせてください」
「……私を、待たせるのか」
一瞬、空気が凍る。
だが、上官は表情を変えない。
「業務上の順序です」
侯爵は、何も言わなかった。
私は、資料を抱えて前に出る。
数字。
想定。
失敗を回避するための、細かな網。
説明を終える頃には、侯爵は腕を組み、深く考え込んでいた。
「……理解した」
短い言葉だった。
「この案は、君が?」
「チームで作成しています」
「だが、組み上げたのは君だな」
否定はしなかった。
廊下に出た後、侯爵家の家宰が深く頭を下げる。
「今後とも、何かとご相談させていただければ」
――昨日まで、見下ろされていた相手だ。
私は、ただ一言だけ返した。
「業務でしたら」
数日後。
王都貴族を中心とした、小規模な会合。
私は、いつも通り端に立っていた。
目立たない色のドレス。
話題に上がることもない立ち位置。
――だったはずだ。
「ノートン嬢」
声をかけてきたのは、王女殿下の側近。
「先日の流通改革、殿下が高く評価なさっています」
「恐れ入ります」
さらに、別の重鎮が会話に加わる。
「数字の組み方が美しい」
「無駄を省いただけです」
気づけば、周囲に人が集まっていた。
少し離れた場所で、
ヴァルテン侯爵が、それを静かに見ている。
やがて、彼は歩み寄ってきた。
「……ノートン嬢」
初めて、肩書きではなく名前で呼ばれた。
「見誤っていた」
「そうですか」
「今後、我が家としても協力したい」
「必要があれば」
侯爵は、短く息を吐いた。
「可愛げはないが」
「よく言われます」
それでも、彼は笑った。
夜風に当たりながら、会場を後にする。
――私は、変わっていない。
ただ、
世界の方が、私の位置を理解しただけだ。




