発言権
王都中央官庁での初日は、静かに始まった。
私に与えられた仕事は、資料整理。
会議に同席することは許されていない。
「ノートン嬢、これを年代順に並べておいて」
「承知しました」
机に積まれた書類は、地方行政改革関連のものだった。
懐かしい分野だ。
――けれど。
私は、紙をめくる手を止めた。
予算配分。
事業期間。
人員配置。
数字が、噛み合っていない。
(これは……)
私が口を挟むべき立場ではない。
少なくとも、彼らはそう思っているだろう。
私は、一度深く息を吸い、黙って作業を続けた。
感情は、必要ない。
事実だけを拾えばいい。
***
昼過ぎ、簡易会議が始まった。
私は、部屋の隅で筆記を任される。
発言権はない。
「この案で進めましょう。前例もあります」
「異論は?」
誰も、数字を見ていない。
私は、視線を落としたまま、計算を続けていた。
――三年後、破綻する。
確信に近い予測だった。
会議が終わり、人がはけていく。
残ったのは、私と、一人の上官だけだった。
「ノートン嬢」
呼び止められ、顔を上げる。
「何か、気づいたことは?」
一瞬、迷った。
ここで黙るのは、簡単だ。
でも、それは責任放棄でもある。
「……よろしいでしょうか」
「簡潔に」
私は、手元の紙を差し出した。
「この事業案ですが、初年度は問題ありません」
「それは承知している」
「二年目以降、人件費が増えます。算定基準が旧式です」
上官は、眉を寄せた。
「そんなはずは――」
「こちらをご覧ください」
私は、数字を指し示す。
「仮にこのまま進めた場合、三年目で赤字に転じます」
「……」
沈黙。
上官は、しばらく書類を見つめていた。
「これは……誰も指摘していないな」
「地方では、同様の失敗例があります」
淡々と告げる。
「前例がある、ということは」
「成功した前例とは限らない、か」
上官は、ゆっくりと息を吐いた。
「君」
視線が、私に向く。
「なぜ、会議中に言わなかった?」
「求められていませんでしたので」
「……なるほど」
評価なのか、呆れなのか。
判別はつかなかった。
「明日の会議に出なさい」
「え?」
「今度は、隅ではなく席に」
私は、静かに頷いた。
「承知しました」
***
席に戻ると、周囲の官僚たちが、ちらちらとこちらを見ていた。
「何かあったのか?」
「さあ……」
噂は、早い。
でも、まだ信用はない。
それでいい。
私は、机に向かい直した。
彼がいたら、こう言うだろう。
――数字は裏切らない。
私は、ペンを走らせる。
ここは、王都。
誰もが肩書きで人を測る場所だ。
なら。
私は、結果だけを積む。
評価されなくても構わない。
でも――
壊れると分かっている案を、黙って通す気はなかった。
机の上で、紙が重なる音がした。
静かに。
確実に。
歯車が、一つ、動き始めていた。




