不在を狙う者たち
動きは、予想より早かった。
第三段階承認から、わずか二日後。
王府に、正式な異議申立書が提出された。
「地方貴族連盟、ですか」
書類に目を通しながら、私は静かに呟く。
「名目は、改革による地域経済への悪影響」
「実際は?」
部下が、言葉を濁した。
「……利権の維持でしょう」
予想通りだった。
レイン様が前線に立っていた頃、彼らは動かなかった。
いや、動けなかった。
今なら――と思ったのだろう。
「対応期限は」
「三日以内です」
短い。
こちらに、準備する時間を与えないつもりだ。
「分かりました」
私は、書類を閉じた。
「こちらから、公開説明会を設定します」
「説明会、ですか?」
「ええ。非公開での交渉はしません」
逃げ道を、最初から塞ぐ。
***
その日の午後、別の報告が入った。
「ノートン子爵家に、問い合わせが殺到しています」
「内容は」
「縁談の件、です」
やはり来たか。
「レイン殿が療養中である以上、婚約は白紙ではないか、と」
私は、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
これは、政治ではない。
私個人を揺さぶるための動きだ。
「対応は?」
「ご実家は、判断を保留しています」
父の性格を考えれば、当然だった。
状況が不安定な時に、前に出る人ではない。
「こちらから、声明を出します」
「マリエル様ご本人が?」
「はい」
迷いはなかった。
***
公開説明会は、王府の大広間で行われた。
地方貴族、官僚、商会代表。
そして、野次馬に近い見物人。
中央の席に、私は一人で立った。
隣にいるはずの人は、いない。
けれど。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
声は、通った。
「本改革案について、いくつか誤解があるようですので」
資料を掲げる。
「まず申し上げます。
この改革は、地方を切り捨てるものではありません」
反論は、すぐに飛んだ。
「だが短期的な税負担は増える!」
「貴族の裁量権を奪う気か!」
私は、遮らない。
全て、聞く。
そして。
「順にお答えします」
一つずつ、数字で潰す。
過去の失敗事例。
改革後の中期回復曲線。
他国での成功例。
感情論は、入り込む隙がなかった。
「……以上です」
広間は、静まり返った。
最後に、私は言った。
「この改革は、レイン殿個人のものではありません」
「王府の決定であり」
「そして、私が責任を持って遂行します」
視線が、集まる。
逃げない。
「不在を理由に揺らぐ計画なら、最初から成立していません」
誰も、反論できなかった。
***
その夜、私は自室で、もう一つの文書に署名した。
――婚約に関する声明。
内容は、簡潔だった。
レインとの婚約は、双方の意思によるものであり、
療養の有無に関わらず、継続の意思に変わりはない。
封を閉じ、机に置く。
少しだけ、手が震えた。
けれど、それを止める理由はなかった。
可愛げがない。
そう言われるなら、それでいい。
今、必要なのは――
曖昧さを排した、意思表示だ。
私は、灯りを消した。
不在を狙う者たちは、きっと次も動く。
だが、もう分かっている。
私は、一人でも立てる。




