補佐ではなく代理
正式な通達は、翌朝には出た。
――アレクシス・レイン殿、療養のため職務を一部停止。
――当面の間、業務代理はマリエル・ノートンが務める。
文章は簡潔だったが、その意味は重い。
庁舎内は、静かにざわついた。
「代理、だと?」
「まだ若いだろう」
「いくらレインが信頼しているとはいえ……」
囁きは、私の耳にも届く。
だが、それを止める人間はいなかった。
止められるだけの実績が、すでに書類の中に揃っていたからだ。
***
最初の会議室。
席に着いた瞬間、視線が集まる。
空いている中央席――
本来、レイン様が座るはずだった場所。
私は、そこに座った。
「では、始めます」
声は、落ち着いていた。
議題は、地方行政改革案・第三段階。
利権調整、予算再配分、人員再編。
誰もが避けたがる案件だ。
「まず、反対意見から整理します」
私は、資料を開いた。
「第一に、既存官僚組織の反発」
「第二に、地方貴族からの圧力」
「第三に、短期的な財政悪化への懸念」
淡々と、並べる。
「それぞれ、対応策は既に用意しています」
ざわめきが、止まった。
「順に説明します」
感情は挟まない。
必要なのは、説得ではなく納得だ。
数値、事例、過去の失敗例。
全て、事前に想定していた。
「……以上です」
一拍、沈黙。
最初に口を開いたのは、年配の官僚だった。
「……異論はない」
それが、決定打だった。
会議は、そのまま承認へと流れた。
***
昼過ぎ。
執務室に戻ると、呼び止められた。
「マリエル殿」
振り向くと、上級官僚の一人が立っていた。
「レイン殿の代理として、確認しておきたい」
「何でしょうか」
「彼が戻れなかった場合」
直球だった。
「この案件、最後まで担う覚悟はあるか」
私は、少しも迷わなかった。
「あります」
「なぜだ」
「途中で放り出せば、混乱が最大化します」
「感情的な理由は?」
「ありません」
正確には、あった。
だが、それを理由にするつもりはなかった。
「役割上、私が最適です」
官僚は、私をじっと見た後、小さく笑った。
「……レイン殿が選ぶわけだ」
***
夕刻。
レイン様の療養先へ、報告書を送った。
内容は簡潔。
――業務、滞りなし。
――改革案、第三段階承認。
――問題なし。
返事は、短かった。
――了解。無理はするな。
それだけ。
けれど、その一文で十分だった。
私は、一人で窓の外を見る。
夕焼けが、庁舎を染めている。
可愛げがない。
そう言われ続けた私が、今ここにいる。
求められたのは、愛想ではなかった。
責任と、判断力。
そして、前に立つ覚悟。
私は、静かに机に向き直った。
補佐ではない。
代理でも、ない。
今この瞬間、私は――
この場の責任者なのだから。




