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第97話:銃口の前の静寂


ガシャリ、という金属音が四方八方から響き渡りました。


国境広場を埋め尽くすB国正規軍の兵士たち、そして対峙するA国側の傭兵たち。


誰もが反射的に、空から舞い降りた「異分子」である咲子に銃口を向けました。


「動くな! 手を挙げろ!」 「武器を捨てろ! 何者だ!」


怒号が飛び交い、赤いレーザーサイトのポインターが咲子の胸元や額を執拗に追いかけます。


一触即発。誰か一人の指が震えるだけで、彼女の体は蜂の巣になる——そんな死の淵に立たされてなお、咲子は微動だにしませんでした。


スマホの画面越しにその光景を見守る世界中のリスナーたちは、悲鳴を上げることすら忘れ、息を止めていました。


「……皆様、そんなに声を張り上げなくとも、わたくしの耳はまだ健在ですわよ」


咲子の鈴を転がすような声が、殺伐とした戦場に響きました。


拡声器もマイクも使っていないはずなのに、その言葉は不思議と、周囲の兵士たちの心に直接染み渡るような響きを持っていました。


彼女はゆっくりと、あえて敵意がないことを示すように、穏やかな動作で手に持っていた小さな鞄を瓦礫の上に置きました。


「撃て! 罠かもしれないぞ!」 血走った目をした若い兵士が、恐怖をかき消すように叫びました。


引き金にかかった指が白く強張っています。


しかし、その場を支配する空気が、一瞬で変わりました。


咲子が鞄から取り出したのは、爆弾でも通信機でもなく、白く滑らかな肌を持つ一客の茶碗でした。

続いて、使い込まれた竹の**茶筅ちゃせん**と、柔らかな懐紙。


「な……んだと?」 指揮官が呆然と呟きました。


背後のドローンカメラは、瓦礫の山を「茶室」に見立て、背筋を正して座る咲子の姿を克明に映し出しています。


18歳の瑞々しい少女の姿でありながら、その手つき、その眼差しは、幾多の嵐を越えてきた熟練の茶人のそれでした。


「わたくし、少々喉が渇きましたの。これほど見事な夕映えですもの。一服いただかないのは、あまりにも野暮というものでしょう?」


咲子は、水筒から温かな湯を茶碗に注ぎました。


立ち昇る白い湯気が、硝煙の臭いに満ちた広場に、ほんの一筋の平穏を描き出します。


銃を向けたまま、兵士たちは互いに顔を見合わせました。


この狂気の世界で、唯一「正気」を保っているのは、銃口の前に座るこの少女だけではないのか。そんな困惑が、巨大なドミノ倒しのように軍列の端まで広がっていきました。


その時、広場の奥に鎮座していた重戦車のハッチが開き、一人の男が姿を現しました。


「……退け。その方は、私の客だ」


冷徹な声と共に現れたのは、ザイツェフ将軍。


彼の瞳は、かつてないほどの憎しみと、そして言葉にできないほどの深い動揺に揺れていました。


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