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第95話:瓦礫に舞い降りる奇跡

核ミサイルの発射ボタンを前に、ザイツェフ将軍は深く目を閉じました。


地下深くの司令室。冷たい計器の光の中で、彼の脳裏に浮かぶのは、40年前の極寒の戦場で啜った**「スープの温もり」**でした。


「父上……私は、あなたの掲げた『対話』を信じられなかった。対話は裏切りを生み、父上は和平交渉の席で撃たれた。だから、この腐敗した世界ごと焼き払おうと……」


ザイツェフの手が震えます。


その時、モニタリングしていた地上部隊の通信回線から、信じられない音が漏れ聞こえてきました。


それは兵士たちの笑い声……そして、かつて彼自身が体験した「スープ」の話でした。


兵士A:「なあ、知ってるか? 将軍、昔はもっと優しかったんだってよ」


兵士B:「ああ……あの『スープの将軍』って呼ばれてた頃の話だろう? 昨日の配信で咲良ちゃんが言ってたよな。将軍の心の中には、まだ温かいスープが残ってるはずだって……」


「……私は……何を、しようとしているんだ……?」


ザイツェフが戦慄したその瞬間。


配信第99日目の午後。 B国とA国の国境線上に位置し、数十年にわたる憎しみの象徴となってきた「国境広場」で、歴史が動きました。


「レーダーに機影を確認! 迎撃……いや、待て、あれは……!」


B国守備隊の通信兵が叫びました。厚い雲を割り、西日に照らされた黄金の空から、ひらひらと舞い降りてくる一つの影。


それは軍用機からの空挺降下とは思えないほど、軽やかで優雅な軌跡を描いていました。


咲子は、エドワードが極秘裏に手配した特殊な高度降下システムを使い、空から降臨しました。


その姿は、佐藤家の居間でルンバと戯れていた「おばあちゃん」ではなく、全世界がスマホ越しに夢見た「咲良」——瑞々しい18歳の姿そのものでした。


広場に積み上げられた土嚢や瓦礫の山をかすめ、彼女は戦火の真っ只中へと、羽毛のように柔らかく降り立ちました。


「……着きましたわ。ここが、ニコライの止まってしまった時間の場所ね」


咲子は軽く膝を曲げて着地の衝撃を逃すと、ゆっくりと背筋を伸ばしました。


周囲を囲むのは、黒焦げになった戦車の残骸と、逃げ遅れた人々の捨て去った荷物が散乱する、命の気配が失われた荒野。


しかし、そこに立つ咲子の存在だけが、モノクロの世界に投げ込まれた一輪の鮮やかな花のように、異彩を放っていました。


この瞬間、エドワードが世界中に張り巡らせた「影のネットワーク」が再起動しました。


警察官・高木のように、組織の論理よりも「個人の良心」を選んだ名もなき技術者たちの協力により、凍結されたはずのインターネットの壁を突き破り、彼女の姿が世界中の端末に映し出されます。


「咲良さんだ……!」

「本物の咲良さんが、本当に戦場に降りた……!」


数億人のリスナーが、画面が割れんばかりの勢いでその姿を見つめました。


彼女は武器も、防弾チョッキも持っていません。


ただ、佐藤家から持ってきた茶道具の入った小さな鞄一つを手に、紛争地の中心で静かに、けれど誰よりも力強く立っていたのです。

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