表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/147

第89話:暴走する狂気


佐藤家のリビングに、ラジオから流れる絶望的なニュースが響き渡ります。


「交渉決裂」「核ミサイル」「最終警告」……。飛び交う言葉のどれもが、現代社会が最も恐れていた最悪のシナリオを告げていました。


「そんな……。ザイツェフ将軍、どうしちゃったの……?」

みゆが震える手でラジオの音量を下げました。


B国の独裁官、ニコライ・ザイツェフ将軍。彼はこれまでの咲子による「対話の攻勢」や、愛弟子エドワードによる裏工作、さらには自分に従っていた兵士たちの離反を目の当たりにし、ついに理性を焼き切らせてしまったのです。


「……一度すべてを焼き払えば、迷いも憎しみも、裏切りも消える。それが、俺がたどり着いた唯一の、そして純粋な平和だ!」


施設に立てこもった将軍は、全世界に向けて狂気じみた声明を発表しました。


それはもはや政治的な要求ではなく、世界を巻き込んだ「無理心中」の宣言でした。


公式の外交ルートはすべて遮断され、国連の呼びかけも、かつての恩師の声も、今の彼には届きません。


「咲子さん、どうすれば……。ネットも封鎖され、向こうは核を盾にしています。もう、誰も彼に近づくことさえできませんわ」


舞が声を震わせながらタブレットを見つめます。


世界各国のリーダーたちはパニックに陥り、防衛ラインを上げることで精一杯。


誰もが「対話」を諦め、最悪の軍事衝突に備えていました。


佐藤家の居間の中心で、咲子は静かに目を閉じました。


その脳裏には、40年前の戦場で出会った、泥まみれの少年兵の姿が浮かんでいました。


震える手でスープを啜り、「僕は、いつかこの国を平和にします」と涙を流した、あの純粋な瞳。


「おほほ……。ニコライ、あなたはそんなにも寂しかったのですか。平和を願うあまり、その重みに耐えきれなくなってしまったのね」


咲子はゆっくりと立ち上がりました。

その姿は15歳の少女でありながら、背負っているオーラは99年の激動を生き抜いた「巨人」そのものでした。


「パパさん。皆様。わたくし、決断いたしましたわ。……外交もネットも通用しないのなら、わたくし自身がその『狂気』の中へ飛び込むしかありません」


「えっ!? まさか、B国へ行くって言うの!?」 パパが驚愕の声を上げます。


「ええ。ニコライは、自分を怪物だと思い込んでいます。怪物には、銃や理屈は効きません。

……ただ、一人の人間として向き合い、その孤独を抱きしめてあげる誰かが必要なのです。それができるのは、あの日のスープの味を知っている、わたくしだけですわ」


咲子の瞳には、迷いなど微塵もありませんでした。


国家が、軍隊が、そしてインターネットが敗北したこの絶望的な沈黙の中、一人の老婆の魂を持つ少女が、世界を救うための「最後の一手」を打とうとしていました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ