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第87話:受け継がれた名

咲良のアカウントが凍結され、表舞台での発信が封じられる中、海の向こうでは一人の少年が静かに、けれど力強く動き出していました。


咲子の愛弟子、エドワードです。


彼は咲子から授かった「対話の極意」と、彼女が密かに共有していた外交のネットワークを駆使し、独自の和平交渉を裏舞台で進めていました。


「……咲子先生が沈黙を強いられている今、僕が動かなくて誰が動くんだ」


エドワードは、ある疑念を抱いていました。B国の独裁官ザイツェフ。


冷酷非道で知られる彼が、なぜこれほどまでに「咲良」の配信を恐れ、過剰な反応を見せるのか。


彼は古い機密資料のアーカイブに潜り込みました。

そして、40年前の和平交渉の記録を見つけたとき、その手が激しく震えました。


そこには、若き日の花村咲子と共に、泥沼の戦争を終わらせようと命を懸けた一人のB国将校の姿がありました。


その名はエドワード・ザイツェフ。現在の独裁官、ザイツェフの父でした。


「……そんな。B国の英雄だった彼が、和平の寸前で暗殺された……? しかも、その名前が……」


エドワードは、自分の名がその英雄から取られたものであることを悟りました。


咲子がなぜ自分を拾い、あえてこの名で呼び、「弟子」として育てたのか。

その真意が、濁流のように脳内に流れ込んできました。


佐藤家のリビング。咲子は窓の外を見つめ、遠い空の下にいる弟子に思いを馳せていました。


「咲子さん。彼、気づいたみたいです。自分の名前の由来と、ザイツェフ将軍の関係に」


千尋がタブレットを見せながら、沈痛な面持ちで告げました。


咲子は静かに目を閉じました。


「ええ。わたくしは卑怯な女ですわ。40年前、わたくしは親友だったエドワードを救えなかった。彼は平和を望み、裏切り者の汚名を着せられて消された……。今のザイツェフ将軍が『平和』という言葉を憎むのは、父親がその言葉のせいで死んだと信じ込まされているからですの」


咲子がエドワードを育てたのは、贖罪だけではありませんでした。


ザイツェフがかつての父の姿を、そして父が愛した平和をもう一度信じられるように――。

エドワードという「光の象徴」を、絶望に染まった独裁官の前に突きつけるためでした。


「これはわたくしのエゴかもしれませんわ。けれど、あの憎しみの連鎖を止められるのは、政治の言葉ではなく、同じ名を持つ少年の真っ直ぐな瞳だけなのです」


エドワードは、自分がなぜこの名前を付けられたのか、その「使命」を理解しました。


彼は怖がるのをやめ、咲子さんから教わった言葉を武器に、B国の偉い人たちとの裏交渉へと飛び込んでいきました。


「先生、見ててください。僕が、将軍の凍った心を溶かしてみせる!」


エドワードは、和平交渉の裏舞台を駆け抜け、ついにB国政府高官の「良心派」との接触に成功しました。


彼の背後には、咲子が99年の人生で築き上げてきた、目に見えない巨大な外交ネットワークが、静かに、けれど確実に胎動し始めていました。


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