第86話:99年の告白
アカウントは凍結され、機材は沈黙している。
それでも、佐藤家のリビングには、世界中の誰にも邪魔できない濃密な時間が流れていました。
「……皆様、座ってくださいな。わたくしがなぜ、この姿で戻ってきたのか。そして、なぜVTuberという手段を選んだのか。その理由をお話ししますわ」
咲子は、みゆが淹れてくれた温かいお茶を一口すすり、遠い目をして語り始めました。
「わたくしの記憶は、あの日から繋がっています。病院のベッドで、人生を全うしたと信じて目を閉じたあの日……。目が覚めたら、体は15歳の頃に戻っていました。神様のいたずらか、あるいは、やり残した仕事があるという天からの命令か……」
舞と千尋は、信じがたい話に息を呑みます。
しかし、咲子の纏う空気は、嘘をついている者のそれではありませんでした。
「若返ったわたくしは困り果てました。99年の人生経験と、15歳の体。そのまま社会に出れば、きっと化け物としてゴシップのネタになるだけでしょう。誰にも会わず、けれどこの経験を未来のために活かしたい……。そんな時、隣に住むみゆちゃんが教えてくれたのが『VTuber』という存在でした」
咲子は、少し誇らしげにみゆを見つめました。
「アバターという皮を被れば、正体を隠したまま世界中の人と対等に話ができる。外交官時代、わたくしは何度も壁にぶつかりました。国旗を背負い、肩書きを背負った人間同士では、建前と利害が邪魔をして、真実の心で触れ合うことができなかったのです。……でも、バーチャルの姿ならどうかしら?」
咲子の瞳が、現役時代の鋭さを取り戻しました。
「画面越しに語りかける言葉には、国境も、年齢も、人種も関係ありません。わたくしがこの3年間、みゆちゃんに教わりながら必死に配信技術を覚えたのは、外交という『政治の道具』ではなく、対話という『心の技術』で世界を繋ぎたかったからですわ」
咲子はゆっくりと拳を握りました。
「わたくしは、人は話し合えば必ず分かり合えると信じています。長い間世界を見てきたわたくしが、絶望せずにいられるのは、どんなに醜い争いの後にも、必ず誰かが誰かに手を差し伸べる姿を見てきたからです」
佐藤パパが深く頷きました。
「だから咲子さんは、あんなにも真っ直ぐに、敵兵にまで語りかけていたんですね……」
「ええ。わたくしが救いたいのは『国』ではなく、そこに生きる『一人一人の未来』。……さて、独裁者たちは法でわたくしを縛ったつもりでしょうけれど、わたくしには、かつての戦友たちが残してくれた『最後の鍵』がありますの。」
咲子は、机の上の使われていない端末に向かうと、静かに、けれど確信を持って呼びかけました。
「……エドワード、聞こえていますか?」




