第85話:家族の覚悟
役人たちが去り、佐藤家には嵐のあとのような静寂が訪れました。
アカウントは凍結され、公式には「要注意人物」としてマークされた状態。
それでも、居間の空気は以前よりもずっと澄んでいました。
仕事から急いで駆けつけた佐藤パパが、リビングのドアを開けました。
「みんな、無事だったか……!」
パパは、ソファに座る咲子と、それを取り囲むように身を寄せ合う舞、千尋、みゆの姿を見て、安堵の溜息をつきました。そして、改めて咲子の前に歩み寄り、居住まいを正して座り直しました。
「咲子さん。……外の状況は聞きました。俺の会社にも、上から探りが入っています。でも、そんなことはどうでもいいんです」
パパは少し照れくさそうに、けれど真っ直ぐに咲子の目を見て話し始めました。
「みゆが妻が先立ってから、この家にはどこか空いた穴のような寂しさがありました。俺も仕事にかこつけて、娘の寂しさに気づかないふりをしていたのかもしれない。……でも、咲子さんが隣に引っ越してきて、うちに居候してくれるようになってから、家の中が変わったんです」
パパの視線の先で、みゆが少しはにかんで頷きました。
「みゆが、本当におばあちゃんができたみたいに笑うようになった。毎日楽しそうに咲子さんの話をして、生き生きとした顔で学校へ行くようになった。それを見て、俺がどれだけ救われたか……。咲子さんは、もうただの『お隣さん』でも『居候』でもありません。俺の、俺たちの、本当の家族です」
パパの言葉に、舞と千尋も強く頷きました。
「世間が何を言おうと、国がどんな圧力をかけようと関係ない。家族を守るのに、理由なんていりません。俺が、この家と、みんなの居場所を絶対に守り抜きます。だから咲子さん……。どうか、最後までやり抜いてください」
「お父さん……」 みゆが咲子の膝に顔を埋めて泣き出しました。
咲子の細い手が、みゆの頭を優しく撫でます。
伝説の外交官として、冷徹な利害が渦巻く国際会議の場で何十年も戦ってきた咲子にとって、この名もなき一家から贈られた「無償の愛」は、どんな勲章よりも重く、温かなものでした。
「……おほほ。困りましたわね。わたくし、涙腺だけは実年齢に戻ってしまったようですわ」
咲子はゆっくりと立ち上がりました。その背筋は、現役時代の伝説の外交官そのものの鋭さを取り戻していました。
「パパさん。皆様。……覚悟は決まりましたわ。わたくしがなぜ、死を待つだけの余生を捨て、この『咲良』という姿を借りてまで世界に語りかけようとしたのか。……わたくしの、99年の歴史をお話しする時が来たようですわね」
絆が最高潮に達した佐藤家のリビングで、ついに「花村咲子」の真実の物語が、家族に向けて語られ始めようとしていました。




