7.初めてのコラボ配信
コラボ配信の日。咲子は『アルテミス・エンターテイメント』の本社ビルへ向かった。
厳重なセキュリティを抜け、事業開発部のフロアにある配信スタジオに通される。中では、マーケティング責任者の吉田と、今回コラボするトップVTuber『輝夜ルナ』のアシスタントが待機していた。
吉田は咲子を迎え入れながら、職業柄、事前に抱いていた疑問を口にした。
「本日はお忙しい中ありがとうございます、咲良さん。ええと、機材の設定についてですが、普段お使いのPCとモーションキャプチャーデバイスは――」
吉田は、当然、咲良の"中の人"は年齢を偽っている熟練の配信者か、あるいは声を担当する高齢の女性と、技術を担当する家族のチームだろうと想像していた。特にあの深い演歌の声から、姿は中年以上の女性だとばかり思い込んでいた。
しかし、目の前に現れた人物は、彼の予想を完全に裏切った。
ドアから入ってきたのは、まさしくアバターそのままの、可憐な美少女だった。
白くてきめ細やかな肌。大きな瞳は涼やかで、年齢相応の瑞々しさに満ちている。黒いロングヘアは艶やかで、制服のような清楚な服装は、配信画面で見ていた「咲良ちゃん」のイメージと寸分違わない。
「咲良でございます。機材は、特に持ち込んではおりません。このデバイスとPCをお借りできますでしょうか」
声は、配信で聞く、あの穏やかで少し年季の入った「お婆ちゃん声」だった。見た目と声のギャップに、吉田は思わず言葉を失う。
吉田:「あ、はい……もちろん。あの、咲良さんご本人が……」
「ええ、私が咲良です」咲子はニコリと微笑む。
吉田は内心パニックだった。 (まさか、本当に18歳……いや、外見は18歳だ。だが、あの麻雀の読み、あの演歌の歌声は、どう説明がつく?)
隣にいた輝夜ルナのアシスタントも、目を丸くして立ち尽くしていた。
スタッフB:「あ、あの……アバターのモデルにされた方かと思いました……本当にご本人なんですね」アシスタントが絞り出すように言った。
「ふふ、よく言われます」
咲子は慣れた手つきで、キャプチャースタジオ内の全身トラッキングデバイスの位置を確認し、ヘッドセットを装着した。
吉田:「咲良さん、モーションキャプチャーのセッティングは、こちらで確認させていただきますが――」吉田が慌てて尋ねる。
「大丈夫です。普段から使っておりますので。動作の微細なラグは、少し気になりますが、すぐに慣れると思います」
咲子が慣れた様子でテキパキとセッティングを終える様子を見て、吉田はさらに驚愕した。
(この子、技術にも精通している。しかも『微細なラグ』だと? あの熟練した技術は、単なる技術サポートを受けているレベルではない……!)
そして、コラボ相手である輝夜ルナの"中の人"がスタジオに入ってきた。彼もまた、咲子の姿を見るなり、一瞬で動きを止めた。
輝夜ルナ:「え……咲良ちゃん? いや、咲良さん……ですか?」
「輝夜ルナさん。本日はよろしくお願いいたしますね」
挨拶を交わす二人。輝夜ルナは、咲子のあまりの美しさと、落ち着き払った態度に気圧されていた。
配信が始まる直前、吉田が最後の確認を行う。
「では咲良さん、今回のコラボのテーマは『知力対決』です。麻雀の際に、ぜひ確率の話も盛り込んで、視聴者を驚かせてください」
咲子は優雅に頷いた。
「承知いたしました。私の記憶力が生かせる局面があれば、惜しみなく使わせていただきます。皆様が楽しんで、そして少しでも人生のヒントを得てくださるように、私も本気で参りますよ」
そして、配信開始の合図が出された。
画面に映し出された咲良のアバターは、いつものように穏やかに微笑んでいる。
「皆様、こんばんは! 咲良でございます。今日は、あの人気VTuber事務所『アルテミス・エンターテイメント』さんとの夢のコラボ! 楽しみですわね」
その声は、相変わらず99年の人生経験と知恵を感じさせる、深くて落ち着いたトーンだった。
見た目は麗しの18歳の美少女。 中身は99年の人生を生き抜いた達人。
咲良ちゃんの「謎」は深まるばかりだったが、その圧倒的な存在感は、事務所の戦略通り、コラボ配信への期待値を最高潮に高めていた。




