第76話:真実の抱擁
配信31日目。 B国が世界に放った「捏造虐殺動画」により、咲良へのバッシングは最高潮に達していました。
しかし、その嵐の直下で、日本のリスナーたちが命を削るようにして作り上げた「知恵の盾」が、今まさに完成しようとしていました。
「……準備はいいかしら。舞、千尋。そして、わたくしの誇らしい騎士たち」
咲子はマイクをオンにしました。同時接続者数は、もはや国家レベルの回線制限さえ突き破り、1,000万人を超えようとしていました。
「皆様、ごきげんよう。……昨日、わたくしを罵り、石を投げた方々。お疲れ様でしたわね。感情という名の濁流に身を任せるのは、さぞ気持ちが良かったことでしょう」
咲子の第一声は、慈悲深い笑みを湛えながらも、世界中の脊髄を震わせるほどの冷徹さを帯びていました。彼女は画面共有を開始します。
そこに映し出されたのは、リスナーたちが執念で暴き出した「偽りの証拠」でした。
「では、授業を始めますわ。この動画の1分42秒、右端に映る樹木をご覧くださいな。これは温帯にしか自生しない種です。……B国の極寒の地で、どうしてこの花が咲いているのかしら? 魔法でも使ったのかしら?」
咲子は、一つ、また一つと論理の鉄槌を下していきます。
太陽の角度、影の長さ、合成されたノイズ、録音された銃声の周波数の不一致。
かつての伝説の外交官が、一般市民の英知を武器にして、国家が仕掛けた巨大な嘘を指先一つで解体していく様は、全世界に衝撃を与えました。
「……これを作った方は、少し勉強が足りなかったようですわね。わたくしのリスナーたちの方が、よほど真実に対して誠実ですわ」
チャット欄の罵詈雑言が、次第に驚きと恥じらい、そして静寂へと変わっていきます。
捏造を信じ込まされ、彼女を叩いていた人々が、自らの浅はかさに気づき、呆然と立ち尽くしました。
「皆様、お聞きなさい。騙されることを、恥じる必要はございません。それだけ、あなたがたが『正義』や『平和』を強く願っていたという証拠ですわ。……ですが、騙されたと気づいた時、その怒りを再び誰かへの憎しみに変えてはいけません。それを真実を見極めるための『知恵』へと昇華させなさい」
咲子は画面越しに、まるで世界中の人々の凍えた心に触れるように、優しく微笑みました。
「わたくしを信じてくれた人々。そして、わたくしを救ってくれた日本のリスナーたち。……わたくしは、あなた方を誇りに思いますわ。あなた方の信じる力を、わたくしがこの身を賭して守り抜きます」
その夜、世界中から「申し訳なかった」「ありがとう」という言葉が、あらゆる言語で溢れ出しました。
憎しみではなく、一つの巨大な「後悔と和解」がネットの海を包み込みました。
一方、B国の地下司令室。
ザイツェフ将軍は、沈黙したモニターの前で、震える手で国際法の本を握りしめていました。
「……信じることを、誇れ……だと?」
彼の脳裏に、これまで裏切られた日々がよぎりました。
咲子は、みゆちゃんが淹れてくれた熱いお茶を啜り、ようやく少しだけ肩の力を抜きました。
「おほほ。……さあ、次は未来を救いに行きましょうか」




