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第74話:知恵の盾

配信30日目。


昨日までの「スープの奇跡」を祝うムードは、一夜にして消し飛びました。


B国軍部が放った「虐殺動画」は、全世界のスマホを怒りと不信感で真っ赤に染め上げていました。


「人殺しの手助け」「平和主義者の皮を被ったテロリスト」。


コメント欄には、数秒先も見えないほどの速度で殺害予告と罵詈雑言が流れていきます。


「咲子さん、これ……B国の工作員だけじゃない、一般の人たちまで完全に信じ切ってます……」


末っ子の千尋が、青ざめた顔で画面を閉じました。


物理的な攻撃以上に、かつて自分を支持してくれた人々からの「裏切られた」という叫びが、佐藤家の空気を重く沈ませていました。


しかし、B国の最前線司令部。ザイツェフ将軍は、燃え上がるネットの炎を冷徹に見つめながら、一通の報告書を握りつぶしていました。


「……こんな動画一つで、民衆は容易く真実を捨てる。哀れなものだ」


部下が去った後、彼は再び自室で、表紙のボロボロになった一冊の本

――かつて戦場を彷徨っていた孤児の彼に

「知恵こそが、あなたの唯一の武器よ」と授けた古い国際法の本――を、

愛おしそうに、けれど憎しみを込めて撫でていました。


一方、日本のネット掲示板の片隅では、異変が起きていました。


『待て、お前ら。B国の動画、1分42秒のところをよく見てみろ』


一人のリスナーが書き込みました。それはかつて咲子に救われた、しがない映像クリエイターの男でした。


『この影の落ち方、おかしい。今のB国の季節の太陽高度と一致しない。これは半年前の別地点の映像を合成してるぞ』


それを皮切りに、日本の古参リスナーたちが動き始めました。


軍事マニア、音響解析のプロ、気象データの専門家。


普段は冴えない社会人や学生である彼らが、咲子の「知恵を武器にしなさい」という教えを実践するように、動画の矛盾を次々と暴き始めたのです。


『銃声の波形がおかしい。A国の銃じゃない』

『背景に映ってる植物、その地域には自生してないぞ』


「咲子さん! 日本のリスナーたちが……みんなで動画の捏造を証明しようとしてくれてます!」


千尋が叫びました。


世界中から石を投げられる中、彼らだけは「知恵の盾」となって、自分たちの光を守ろうとしていたのです。


咲子は、みゆちゃんが淹れてくれた熱いお茶を啜り、そっと目元を拭いました。


生涯を孤独な戦いに捧げ、誰かを救うことばかりを考えてきた彼女が、初めて「誰かに救われる」温かさを知った瞬間でした。


「おほほ……。教え子が優秀だと、教師冥利に尽きますわね」


咲子はゆっくりと立ち上がり、配信用のマイクの前に座りました。


その瞳には、かつての伝説の外交官さえも持っていなかった、揺るぎない「信頼」の炎が宿っていました。


「さあ、舞、千尋。準備はよろしいかしら? ……偽りの神々に、本物の『真実』という名の鉄槌を下して差し上げますわよ」



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