第67話:櫻守事務所の緊急会議
「……全員、揃いましたわね」
佐藤家のリビング。
いつものように縁側のソファに腰掛けた咲子の前には、三人の女性が顔を揃えていました。
櫻守事務所の運営を実質的に支える三姉妹マネージャー、長女の亜美、次女の舞、そして末っ子の千尋です。
普段は別々の場所で実務にあたっている彼女たちが、こうして佐藤家の居間に緊急招集されるのは初めてのことでした。
名義上の代表である佐藤氏は、事の重大さを理解せぬまま
「三姉妹揃って珍しいね。お茶でも飲みなさい」とのんきに茶菓子を並べています。
しかし、足を踏み入れた瞬間に、三人は立ち尽くしました。
そこにいたのは、いつもニコニコと大福を食べている「咲子さん」ではありません。
18歳の可憐な少女の姿を通さず伝わってくる、肌を刺すような冷徹な覇気。
「亜美、舞、千尋。……あなた方には、これからわたくしと運命を共にしていただきますわ。拒否権はございません。これはもはや『エンターテインメント』ではないからですの」
咲子は傍らに置いたタブレットを操作し、モニターに一枚の地図を映し出しました。
A国とB国の国境に集中する軍事力。そして、刻一刻と刻まれる核ミサイルのカウントダウン。
「咲子さん……これ、何かのドッキリ企画ですか?」
長女の亜美が引きつった笑みを浮かべますが、咲子の瞳に射すくめられ、言葉が止まります。
「今この瞬間、あちらでは一発の弾丸が放たれるのを待っていますわ。
それを止める唯一の手段。それが、わたくしの『100日配信』ですの。わたくしが配信を通じて世論を動かし、戦争という選択肢を『世界で最も恥ずべき行為』へと塗り替えます」
「そんな……。リスクが大きすぎます。事務所の利益だって……」
次女の舞が思わず口を挟みますが、咲子は優雅に首を振りました。
「利益など不要ですわ。この100日間にかかる全ての経費、そして万が一の損害賠償。その全ては、わたくしが外交官時代から世界各地に分散して保有している、個人の私財で補填いたします。……額を心配する必要はありませんわよ。一国の予算を数年動かせる程度には、備えがございますから」
三姉妹は絶句しました。目の前の「居候のおばあちゃん」が語るスケールの大きさに、脳が追いつきません。
「千尋、今すぐ全世界へ向けた多言語同時配信の準備を。わたくしが今から撮る『宣言』を、英語、中国語、ロシア語、アラビア語……主要30言語で同時刻にプレミア公開しなさい。各国の翻訳スタッフを、わたくしの私財で倍の給料を払って即座に叩き起こすのです」
「30言語……!? 同時公開なんて、そんなことしたら……」
「ええ。全人類のタイムラインが、わたくし一人に支配されますわ」
咲子はゆっくりと立ち上がり、三姉妹を見据えました。
「わたくしはこの100日間で、世界を騙し、世界を救います。あなた方には、わたくしの『盾』となり、この配信を世界中の隅々まで届ける『翼』となっていただきますわ。……佐藤家の皆様。わたくしという老いぼれのわがままに、人生を賭けていただけますかしら?」
静寂が支配する部屋。佐藤代表が、初めて茶菓子を置きました。
「……咲子さん。僕は名前だけの代表で、何もできない。でも、この子たちは僕の自慢の娘たちだ。……みんな、どうする?」
三姉妹は顔を見合わせました。
あまりにも突飛で、危険すぎる話。
けれど、目の前の老外交官が放つ圧倒的な「真実味」に、彼女たちの心は激しく震えていました。
「……わかりました。やりましょう、咲子さん。私たち三人が、あんたを世界一の配信者にしてみせる」
末っ子の千尋が力強く頷き、亜美と舞も覚悟を決めたように一歩前へ出ました。
その数分後、ネットの海には、かつてない異常事態が発生します。
あらゆる言語のYooTubeトップページが、一人の少女、咲良の「宣戦布告」で埋め尽くされようとしていました。




