第66話:100日間の猶予
「……先生、本当に先生なのですか」
ホログラム越しに、エドワードの掠れた声が響きます。
10年という歳月を隔てて繋がった恩師が、あろうことか「18歳のVTuber」の姿であることに困惑しながらも、彼はその瞳に宿る圧倒的な覇気に、魂を射抜かれていました。
「エドワード。いつまでそんな無様に泣き腫らした顔をしていらっしゃいますの?
宣戦布告書にサインをする暇があるなら、そのペンで自分自身の鼻の穴でも突っついておきなさいな」
咲子の舌鋒は、現役時代よりもさらに鋭さを増していました。
その苛烈な物言いに、エドワードは思わず背筋を伸ばし、慌てて涙を拭います。
「しかし、先生……状況は絶望的です。軍部は数分後の発射を求めている。私にできることはもう……」
「黙りなさい。知恵を絞るのをやめた人間から、外交官を名乗る資格は失われますわ。……今すぐ、その『紙切れ』をゴミ箱へ捨てなさい。代わりに出すのは、**『100日間の全方位対話期間』**の提案です」
「100日間……!? そんなことを軍部やB国が飲むはずがありません!」
「飲ませるのです。政治家や軍人が拒もうとも、世界中の『民衆』がそれを望むように、わたくしが仕向けますわ。……100日間。その間にわたくしが、世界中の人々の『心』を買い取ってご覧に入れます」
咲子は、闇の中で不敵に微笑みました。
その姿は可憐な少女でありながら、背後に巨大な国家を背負っているかのような威厳に満ちていました。
ふと、咲子はエドワードの顔をじっと見つめました。
かつて戦場で救ったあの臆病な少年が、今や一国の命運を握る外交官として、必死に理想を守ろうとしている。その真っ直ぐな、けれどどこか危うい正義感。
「エドワード……。あなたは、わたくしが昔知っていた、ある高潔な騎士に名前が似ていますわ」
「騎士……ですか?」
「ええ。とても真っ直ぐで、けれど、その真っ直ぐさゆえに暗殺された……わたくしの親愛なる戦友です。……あなたを、彼のように死なせはしませんわよ」
咲子の脳裏に、40年前、共に和平を夢見て倒れたB国の英雄
――**エドワード**の最期の笑顔が過りました。
それは彼女にとって、いまだ癒えぬ贖罪の記憶であり、今のエドワードを厳しく育てる理由でもありました。
「さあ、行きなさい、エドワード。……あとの『舞台』は、わたくしが整えますわ。100日後の放課後、世界が笑っていられるように」
通信が切れると、咲子は深く息を吐き、冷めたほうじ茶を飲み干しました。
翌朝。佐藤家の居間。
代表が「おはよ〜、咲良ちゃん。今日も楽しく配信しようねえ」とのんきに起きてくる中、咲子はすでにタブレット端末を高速で操作していました。
「代表。……今日はマネージャーの皆様を、全員こちらへ呼びなさいな。わたくしたちの『放課後』、少々騒がしくなりますわよ」




