第65話:佐藤家、夜風の秘密
「おばあ様、また大福食べてる。配信終わったんだから寝なきゃダメですよ」
日本の静かな住宅街。佐藤家の縁側で、みゆが、呆れたように腰に手を当てていました。
「ふふ、いいじゃない。今日はとっても喉が渇いたんですもの」
18歳の姿をした咲子は、満足げにほうじ茶を啜り、大福の粉をパタパタとはらいました。
居候先の佐藤家。
佐藤代表が「咲良ちゃんの人気は留まる所を知らないねえ」と寝言のように呟きながら寝室へ消えていく中、咲子は親友であるみゆと、穏やかな夜の時間を過ごしていました。
99年の人生経験を持つ彼女にとって、この平凡で何気ない「平和」こそが、何よりも守りたい宝物でした。
「みゆちゃん、今日の大福は少し甘すぎましたわね」
「もう、贅沢なんだから。じゃあ、明日は大学の講義のあと、別のところの買ってくるね。おやすみ、おばあちゃん」
みゆが微笑んで寝室へ去ると、家の中は深い静寂に包まれました。
その時でした。「……ッ!?」
咲子の背筋に、氷のような戦慄が走りました。
部屋の隅、年代物の着物箪笥の奥深くから、一度も発せられなかった「悲鳴」が聞こえてきたのです。
電子音の唸り、そして不規則に明滅する赤い光。
咲子は迷わず箪笥を開き、古ぼけた風呂敷に包まれた箱を取り出しました。
そこには、彼女が表舞台を去った際に持ち出した、過去の「遺産」
――世界に二つしかない超短波通信機が鎮座していました。
「……まあ。あの子、本当にかけてきたのね」
通信機のスピーカーから漏れ聞こえてくるのは、ノイズに混じった泣き声。そして、かつての教え子、エドワードの必死の叫びでした。
『先生! 助けてください……世界が、壊れてしまいます……!』
その瞬間、咲子の顔から「のんびりしたおばあちゃん」の影が、跡形もなく消え失せました。
背筋が伸び、顎が上がり、18歳の可憐な瞳の奥に、数々の国家をその言葉一つで屈服させてきた「伝説の外交官」の鋭い光が宿ります。
「お久しぶり、エドワード。……わたくしが『手を取る』からには、もう地獄の門は開かせませんわ」
咲子は、闇の中で静かにホログラムを展開しました。
画面に映し出されたのは、宣戦布告書を前に絶望するかつての愛弟子の姿。
おばあちゃんの日常は、今、この瞬間を境に、世界を揺るがす「実戦」へと変貌を遂げたのです。




