第64話:石ころと微笑み
「……あと、10分だ。エドワード、返答を聞こう」
司令部の重い鉄扉が開き、軍の高官が冷徹な声を浴びせてきます。
エドワードは無言のまま、震える手でタブレット端末を開きました。
古い通信機の信号を送り続けながら、彼が最後の一筋の光としてアクセスしたのは、今、日本で爆発的な人気を博しているVTuber、咲良の配信でした。
画面の中では、18歳の可憐な少女が、いつものように優雅に話しています。
今回の配信は「人生相談」。チャット欄には、大きなプロジェクトで失敗し、全てを失って死にたいというリスナーからの絶望的な書き込みが流れていました。
「おほほ。失敗、ですの? ――よろしい、一つ昔話をしましょう」
咲良がふと、茶目っ気のある笑みを消し、遠い目をして口を開きました。
「わたくしも昔、ある少年を救うために大きな者を動かそうとして、大失敗をしましたわ。結果として、その子の大切なものを失うことになってしまった……。あの子の悲しそうな目は、今でも夢に見ますわ。……わたくしも、完璧な人間ではございませんのよ」
「ですが」と、画面の中の少女は続けました。
「そんな時こそ、足元の石ころを見て微笑むのですわ。石ころは何も語りませんが、あなたが笑いかければ、ほんの少しだけ明日が軽くなりますのよ。……石ころの微笑み。忘れてはいけませんわ」
エドワードの目から、堰を切ったように涙が溢れ出しました。
「石ころを見て笑え」。
30年前、瓦礫の山で親を失い、恐怖で声を失っていた幼いエドワードを抱きしめ、咲子先生が耳元で囁いてくれた、あの魔法の言葉。
「生きている……やっぱり、先生は生きているんだ……!」
確信が震えに変わります。
目の前の「宣戦布告書」がいかに愚かしく、価値のない紙切れか。恩師が生きて、今もこうして画面の向こうで誰かの孤独を救おうとしている。
ならば自分も、まだ諦めるわけにはいかない。
エドワードは泣きながら、手元の古い通信機を狂ったように操作しました。
「先生! 助けてください! 私は、世界を焼き払う悪魔になろうとしています!」
その瞬間――エドワードの手の中で、ずっと沈黙していた通信機の赤いランプが、まるで心臓の鼓動のように熱く、激しく点滅を始めたのです。




