61.年の差八十一歳の「放課後」――大福と、等身大の二人
リングフィット回でリスナーを驚かせた咲良。
しかし、配信が終われば、彼女は佐藤家の居間に住まわせてもらっている「居候の咲子さん」に戻ります。
今夜はみゆが大学から帰ってくるのが遅く、咲子は珍しく独りで縁側に座り、月を眺めていました。
「おばあちゃん」ではなく「咲良さん」として
「ただいま戻りました……。はぁ、疲れましたわ」
夜10時過ぎ。疲れ果てた様子で帰宅したみゆは、リビングで着替えるのももどかしく、咲子の隣にどさりと座り込みました。
「おかえりなさい、みゆちゃん。随分と遅かったですわね。……あら、そんなに暗い顔をして。大学で何かあったのですか?」
いつもなら「おばあ様」と敬語を使うみゆですが、今夜はポツリと、同世代の友人に漏らすようなトーンで話し始めました。
「……就職活動です。インターンの選考に落ちちゃって。周りはどんどん内定をもらってるのに、私だけ、自分のやりたいことが何なのか、このままでいいのか、全然わからなくて」
咲子は黙って、みゆの好物であるイチゴ大福を一つ、彼女の口元へ運びました。
時代は変わっても、悩みは変わらない
「みゆちゃん。わたくし、永いこと生きてきましたけれど……わたくしだって、自分が何者なのかなんて、今でもよく分かっておりませんのよ」
「えっ? 咲良さんでも?」
みゆが驚いて顔を上げます。咲子はクスクスと笑いながら、夜空を指差しました。
「わたくしが若かった頃、世界はもっと単純でしたわ。国のために尽くし、平和のために戦う……。でもね、その裏でいつも『本当にこれでいいのかしら』『もっと別の人生があったのではないかしら』と、迷い続けてきましたの。……今のあなたと同じように」
咲子は、みゆの柔らかい手を自分の皺だらけの(精神的な)手で包むように握りました。
「迷うのは、あなたが自分の人生を真剣に愛そうとしている証拠ですわ。……道に迷った時は、遠くのゴールを見るのではなく、足元の石ころや、隣にいるわたくしの顔を見て笑いなさい。人生なんて、美味しいお菓子を誰かと食べる時間の積み重ねに過ぎませんのよ」
秘密の「パジャマパーティー」と「変顔パック」
「……咲良さん。ありがとうございます」
少しだけ元気を取り戻したみゆは、悪戯っぽく微笑むと、クローゼットから一着のパジャマを取り出しました。
「ねえ、今日は配信もお休みですし、二人で『パジャマパーティー』をしませんか? 私の最新の美容パック、咲良さんにも試してあげます!」
「あら、パジャマパーティー? なんだか楽しそうですわね。……でも、そのパックというもの、以前のリングフィットの時のように、顔が迷彩柄になったりいたしませんこと?」
その夜、佐藤家のリビングでは、顔に歌舞伎役者の隈取のような、あるいは緑色の奇妙な動物のようなデザインの美容パックを貼り付けた二人の女性が、深夜まで恋バナや将来の夢について語り合いました。
「咲良さん、変顔ですよ! 口元がパックで持ち上がっちゃって、ひょっとこみたいになってますって! 写真撮りましょ!」
「あら、みゆちゃんこそ。その緑色のパック、まるで河童ですわね。ふふふ」
スマホのシャッター音が鳴り響き、二人の等身大の笑顔が切り取られました。
永い時を生きるVTuberと、現代を懸命に生きる女子大生。
そこにあったのは、年齢や時代の壁を超えた、たった一組の「親友」の姿でした。
「2章:身バレと世界平和」まであと1日




