55.取り残された時間――若返りの「罰」と「意味」
今回は、第2章「身バレと世界平和」の前の重要な決意につながる回です。
その知らせは、一通の慎ましいハガキで届きました。
かつて外交界で共にしのぎを削り、引退後も時折、手紙を交わしていた唯一の親友・節子の訃報でした。
佐藤家の居間でそのハガキを見つめる咲子の指先は、わずかに震えていました。
「……節子さんまで、行ってしまいましたのね」
葬儀は身内のみで済まされたと記されていました。
咲子は、今の姿では参列することすら叶いません。
彼女は洗面台に立ち、鏡を見つめました。
そこに映るのは、かつての親友が病魔と闘い、老いて、天に召されていく一方で、一滴の衰えも知らず、春の蕾のように瑞々しい18歳の自分。
「わたくしだけが、なぜ……」
今まで「二度目の人生」を謳歌してきたはずの心が、急激に冷え込んでいくのを感じました。
若返りは、神様からの贈り物だと思っていました。
けれど、かつての友が一人、また一人と「自然の摂理」に従って去っていく中で、自分だけがその列から外され、永遠の若さという檻に閉じ込められたような、言いようのない孤独が襲います。
「おばあ様……?」
心配そうに声をかけてきたみゆに対し、咲子は珍しく、鋭い声で返してしまいました。
「……一人にしてくださらない? 今のわたくしには、あなたの若さが……眩しすぎて、毒になりますの」
自室にこもった咲子は、暗闇の中で自問自答を繰り返します。
かつての仲間たちは、シワを刻み、白髪を蓄え、立派にその一生を「完結」させた。
それは人間として、何よりも尊く、美しい終わりの形です。
それに比べて自分はどうでしょう。
不自然に時間を巻き戻され、デジタルな皮を被って若者に紛れている。
「これは、贈り物ではなく……独りで生き続けろという『罰』ではありませんこと?」
もし、このまま100年も200年も生き続け、愛するものを見送り続けるだけだとしたら。それは「不死」という名の、最も残酷な刑罰に思えました。
翌朝、咲子は未明の庭に出ました。
寒椿が、凍てつくような空気の中で一際赤く咲いています。
彼女はその花を眺めながら、節子と最後に交わした手紙を思い出しました。
そこには、衰えゆく体で懸命に書かれた、歪な文字でこう記されていました。
『咲子さん。今の世界は、私たちが夢見たよりもずっと速く、少しだけ騒がしくなりましたね。
でも、未来を生きる子供たちの笑顔は、いつの時代も変わらずに美しい。それが、私たちが戦った唯一の報酬です』
咲子は、ハッとしました。
節子たちは、自分たちの「時間」を次の世代へ手渡し、去っていった。
ならば、不自然にもその時間を返された自分にできることは何か。
「……そうでしたわね。わたくしは、あなたたちが遺したこの平和な世界を、誰よりも長く、誰よりも深く愛でるために戻ってきたのですわ」
自分だけが若返ったのは、特権でも罰でもない。
去っていった者たちの「想い」を、今の若者たちに翻訳して伝えるための、生きた「架け橋」としての役割。
「節子さん。あなたの愛した未来の笑顔を、わたくしが守りますわ。……それが、この若さに課せられた使命ですもの」
咲子の瞳から、葛藤の涙がひとしずくこぼれ落ち、土に吸い込まれました。
鏡の中の18歳の少女は、もう迷っていませんでした。
その背後には、99年分の覚悟という、見えない翼が広がっていました。
次回はトラブルに襲われる一期生の様子が描かれます。
咲子はどう対応するのか、こうご期待を




