44.伝説のASMR――「おばあちゃんの耳かき」は、もはや国家機密
しばらく日常回が続きます。1つ目の大きな舞台までのつなぎです
「ひょっとこキャンプ」の実写配信でVTuberの定義を物理的に粉砕した咲良でしたが、次に彼女が目をつけたのは、若者の間で根強い人気を誇る**ASMR(立体音響)**でした。
「皆様、最近は『ASMR』というものが流行っておりますのね。耳元で囁き、癒やしを届ける……。ふふ、長年、人の心の隙間を言葉で埋めてきたわたくしにぴったりではありませんこと?」
しかし、咲良が用意したのは、高級なバイノーラルマイク(通称:3Dio)ではありませんでした。
彼女が画面の前に置いたのは、**佐藤家の蔵から発掘されたという、煤けた謎の「竹製耳かき」**と、**何十枚もの布団を重ねた「特製・防音の座布団」**でした。
「今夜は最新の機械には頼りませんわ。わたくしが培ってきた『音の知恵』、その真髄をお聴かせいたしましょう」
配信が始まると、咲良はマイク(の代わりの集音機)に限界まで近づき、囁き始めました。
「……さあ、皆様。楽になさいな。ここは、誰にも邪魔されない安全な場所……。……そう、たとえ隣国の諜報員が聞き耳を立てていたとしても、わたくしのこの声は、あなただけのもの……」
視聴者コメント
「囁きがガチの『密談』なんだがwww」
「癒やしっていうか、これからクーデターの指示受ける気分になる」
「声のトーンが『外交の裏工作』のそれなのよww」
「咲良ちゃん、これASMRじゃなくて暗殺の指令だよww」
続いて咲良が披露したのは、「癒やしの生活音」でした。
しかし、その音のクオリティが異常でした。
「まずは、心を落ち着かせるための環境音ですわ」
『ザッ……ザッ……ザッ……』
(竹箒で落ち葉を掃く、異様に乾いた、それでいて心地よい音)
『ポタッ……ポタッ……チュン……』
(軒先から滴る雨だれと、遠くで鳴く野鳥の完璧な間隔)
視聴者コメント
「音響が良すぎて、実家の縁側が見える……」
「脳がバグる。これ録音じゃなくて、咲良ちゃんが時空歪めて『昭和』を召喚してないか?」
「鳥の声がリアルすぎて、飼い猫がモニターに飛びかかったww」
「環境音が、もはや『攻撃的』なまでの郷愁なんだが……(号泣)」
そしてメインイベント、伝説の竹製耳かきが火を吹きます。
「では……左耳から失礼しますわね。カリカリ……カリカリ……。……あら、ここですわね。あなたの心の奥底に溜まった、『余計な国家機密』。……いえ、『悩み』でしたわ。おほほ」
『カリ……カリ……』という音は、不思議なことに、単なる耳かきの音を超えていました。
視聴者コメント
「このリズム……待て、これモールス信号じゃないか!?」
「今『世界平和』って打ったぞ!!」
「耳かきの音でサブリミナルメッセージを送るなww」
「脳の奥まで掃除されて、前世の記憶まで消えそう」
配信の中盤、咲良が少し体勢を変えようとした瞬間、マイクの感度がMAXだったため、ある「音」が全リスナーの鼓膜に叩きつけられました。
『……ボキボキボキッ!』
「……あら。失礼。わたくしの腰が、無理な体勢のせいで少しばかり自己主張してしまいましたわ。……皆様、これもまた、人生の『軋み』というものですわね」
視聴者コメント
「癒やしのASMRで怖い音流すなwwww」
「人生の軋み(物理)www」
「骨の音がハイレゾで聞こえてきて脳が震えた」
「咲良ちゃん、すぐ接骨院行って!!」
5. 終演:集団催眠の終わり
配信の最後、咲良は最後に「最高に癒やされる音」として、**「急須からお茶を注ぐ音」**を10分間流し続けました。
その水の音の揺らぎ(1/fゆらぎ)は完璧に計算されており、配信終了時には同接20万人のうち、半数以上がチャットを打たずに寝落ち、あるいは悟りを開いたような沈黙に包まれていました。
「ふふ、皆様。よくおやすみなさいな。……耳の掃除を終えたら、次は心の掃除。……明日、世界が少しだけ静かに感じられるはずですわ」




