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38.櫻守大感謝祭――結ばれる「知恵」と「絆」の桜路



「株式会社 櫻守」が設立されてから数ヶ月。一期生10名全員が登録者数100万人を突破するという、VTuber史に刻まれる壮挙を成し遂げた。その祝杯の席で、裏のプロデューサーである咲良(咲子)は、静かに、しかし抗いようのない確信を持って次なる一手を告げた。


「皆様。画面という薄い硝子を一枚隔てた交流もよろしいですが……そろそろ、同じ空気を吸い、同じ体温を感じる場所が必要ではありませんかしら? 国内最大級のアリーナを貸し切りましょう。わたくしたちが用意するのは、単なるライブではなく、世界で一番温かい『実家』の集いですわ」


配信での公式発表は、その夜の咲良の定例配信で行われた。 「――今冬、櫻守一期生全員が集う最初で最後の『大感謝祭』を開催いたします。司会は、このわたくし、咲良が務めさせていただきますわ」


ネット上の熱狂は、文字通りサーバーを揺るがした。かつて絶望の淵にいた10人が、今や銀河系軍団となってリアル会場に現れる。その期待感は、既存の「ライブイベント」の枠を完全に超えていた。


1. 会場に満ちる「知恵の種」とファンの絆

開催当日。冬の澄んだ空気の中、巨大アリーナの周辺は、数万人のファンで埋め尽くされていた。しかし、そこには大規模イベント特有の殺伐とした空気は微塵もなかった。


「あ、それ今回の限定アクスタですよね! 私は亜美マネージャーの法務動画で勉強してから、櫻守のファンになったんです」 「わかります! 僕もです。これ、もしよかったらどうぞ。自作の、咲良ちゃんが配信で紹介してたお茶菓子のリストです」


会場の至る所で、ファン同士が自発的に交流し、知識や「推し」への愛を交換していた。咲良が常々配信で説いていた「知恵を共有し、隣人を慈しむ」という教えが、ファンの行動原理マナーとして完璧に根付いていたのだ。 佐藤代表は「裏方の責任者」として一切表には出なかったが、彼が指揮した(実際には咲良が立案し、マネージャー陣が実行した)警備や物販のフローは驚くほどスムーズで、待ち時間ですらファン同士が仲良くなる「社交場」へと変貌していた。


2. 開演:司会・咲良の独壇場

アリーナの照明が落ち、地鳴りのような歓声が響く中、ステージ中央に巨大なホログラムが浮かび上がる。 艶やかな、しかし威厳に満ちた和服姿の咲良が現れた。今回のイベントには、佐藤代表は登壇しない。ステージを支配するのは、司会進行を務める咲良ただ一人だ。


「皆様、ようこそお越しくださいました。今夜はわたくしが、あなた方を夢の果てまでエスコートいたしますわ。……さあ、愛しき桜たちの、開花の時です!」


咲良の凛とした、それでいてどこか慈愛に満ちた声がアリーナを包み込む。 10人のライバーたちが次々と登場し、舞が構築した最新のVR演出と、咲良がプロデュースした「魂の歌唱」が披露される。その合間に挟まれる咲良のトークは、10人それぞれの隠れた努力や美徳を巧みに引き出し、会場のボルテージを一段ずつ、着実に高めていった。


3. 伝説の「全肯定」リカバリー

イベント中盤、ある「事故」が起きた。 バラエティコーナーの最中、最年少のライバーが、前事務所での辛い記憶と、今のあまりに幸福な光景の落差に耐えきれず、感極まって大号泣してしまったのだ。


「私……本当に……ここにいていいのかなって……。昔はあんなに叩かれて……」


歌うことも、話すこともできず、ステージに立ち尽くす彼女。数万人の観客がどう反応すべきか戸惑い、一瞬、アリーナの空気が凍りついた。配信画面には「放送事故か?」「大丈夫か?」という不安なコメントが流れ始める。


その時、咲良が静かに歩み寄り、彼女の肩に手を置くような仕草を見せた。


「泣いてもよろしいのですよ。その涙は、あなたが誠実に、歯を食いしばって歩んできた証。皆様、ご覧なさい。この涙こそが、これからの彼女をより美しく咲かせるための『慈雨』。……さあ、皆様の拍手で、会場に七色の虹を架けて差し上げてくださいな!」


咲良の言葉は、魔法だった。 次の瞬間、アリーナ中の数万人が立ち上がり、地鳴りのような拍手が巻き起こった。ファンたちは自発的にペンライトの色を切り替え、会場は言葉通り、鮮やかな七色の虹に染まった。


「咲良さん……みんな……ありがとう……!」


パニックになりかけていたライバーは、その温かな光に包まれ、最後には最高の笑顔を見せた。この一連の出来事は、後に「櫻守の虹」として語り継がれる伝説の瞬間となった。



「皆様、本当によく頑張りましたわね。亜美、舞、千尋。あなたたちが支えてくれたおかげで、あの子たちは本当の意味で『救われた』のです」


「咲良さん……私たちの方こそ、あんなに綺麗な景色を見せていただけて感謝しています」(千尋)


佐藤代表は、会場の撤去作業を遠くで見守りながら、咲良に無線を入れた。 「咲良さん、大成功だ。……でも、あんたの言った通り、これは終わりじゃなくて『始まり』なんだな。会場の外じゃ、もう海外のメディアがインタビュー待ちだ」


咲良は、モニターの中の自分――18歳の少女のアバター――を見つめ、99歳の知恵に満ちた微笑を浮かべた。


「ええ。このアリーナはまだ、小さな温室に過ぎません。……わたくしたちの『知恵』は、次は海を越え、言葉の壁を越え、世界中の孤独な魂を繋ぎに行きますわ」


咲良の視線の先には、日本という枠を完全に超えた、地球規模の「外交」としてのVTuber活動が、はっきりと描かれていた。

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