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34.波紋を呼ぶ「実家」――移籍希望の嵐

新事務所「櫻守さくらもり」が設立されてから一ヶ月。


救済されたライバーたちは、驚くほど活き活きと活動を再開していました。


表向きの代表は、みゆちゃんのお父さんである佐藤さん。


しかし、夜な夜な届くライバーたちからの悩み相談への回答、緻密な収益分配の計算、他事務所との法的な折衝案の作成……それら実務の根幹をすべて担っているのは、隣の屋敷で静かにお茶を啜る咲子(咲良)その人でした。


「佐藤さん、こちらが今月分の役員報酬の明細と、明日の役所への提出書類ですわ。内容はすべて私が整理しておきましたので、目を通しておいてくださいな」


「いつもすまないね、咲良さん

……しかし、これほど立派な報酬をいただいちゃって。

おかげでウチのローンも一気に軽くなるし、みゆの学費の心配もなくなったよ。

名義を貸して窓口に行くだけなのに、こんなに助かっちゃっていいのかね」


佐藤さんは、明細に記された数字を見て恐縮しながらも、心底嬉しそうに笑いました。


咲良としても、信頼できる隣人に正当な対価を支払えることは、何よりの喜びでした。


「何を仰いますか。佐藤さんの『誠実な大人』という看板がなければ、銀行も役所もこれほどスムーズには動きませんでしたわ。これは正当な対価。


これからも、我が社の『顔』としてよろしくお願いしますわね」


移籍希望殺到:ホワイトすぎる環境の罪

櫻守の評判は、ライバー間の口コミで瞬く間に広がっていました。


「運営の対応が神がかっている」「契約が驚くほど演者寄り」「佐藤代表がとにかく穏やかで信頼できる」……。


それらはすべて、咲良が前世で培った「人心掌握」と「組織管理」のノウハウを、咲良自身が裏で完璧に運用しているからこそ。


しかし、それがあまりに完璧すぎたため、思わぬ事態を招きます。


「お師匠様(咲良)、今朝だけで他事務所の有名ライバーさんから移籍の相談が十件も届いてますよ! パパも『俺には返信しきれない』って泣きついてきてます」


みゆちゃんの報告に、咲良はふぅと溜息をつきました。


「皆様、櫻守を『ただの避難所』だと思っていらっしゃるのね。

私がこの事務所を作ったのは、誰かを引き抜くためではなく、業界の『毒』を抜くためですのに。……よし、今夜の配信で、皆様にある『授業』をしましょう」


咲良の決断:引き抜きではなく「種まき」


その夜、咲良は緊急生放送を行いました。タイトルは『迷える子羊たちへ――櫻守の門を叩く前に』。


「近頃、多くの方から櫻守への移籍を希望するお手紙をいただきます。光栄ですが……櫻守は、誰でも入れる救助船ではありません。ここは、自ら知恵を持って歩みたい者のための『学び舎』なのです」


視聴者コメント

「移籍希望、殺到してるのか……」

「咲良ちゃん、どう対応するんだ?」

「佐藤代表が有能すぎるからみんな行きたがるんだよw」


「移籍を考えている皆様。まずは、今の場所で**『自分の正当な権利』**を主張しなさいな。そのための交渉術を、今から私がお教えします。櫻守が門戸を開くのは、それでもなお、理不尽に踏みにじられた時だけ。……さあ、運営さんを『説得』するための、賢いお話の仕方を伝授いたしますわよ」


知恵の伝播:業界全体の「ルール改正」へ

咲良は配信の中で、自ら作り上げた「櫻守の標準契約書」のテンプレートを公開。


ライバーが不利益を被らないための法律知識や、運営を論理的に説得するためのノウハウを、噛み砕いて解説しました。


「櫻守に入るのではなく、皆様のいる場所を『櫻守』のように変えていくのです。大人が変わらないなら、あなたたちが知恵を持って、大人を教育しなさいな」


配信終了後:最強のパートナーシップ

配信が終わると、業界は大騒ぎになりました。ライバーたちが一斉に自社運営に対し、咲良が教えた「論理的な改善案」を突きつけ始めたのです。


「ふふ、これで少しは、業界の空気が綺麗になるかしら」


「咲良さん、あんたの書いた原稿通りに窓口で話すと、みんな納得してくれるよ。……みゆも『私も櫻守のスタッフとしてもっと勉強しなきゃ』って張り切ってる。ウチの家族、あんたのおかげで本当に幸せだよ」


佐藤パパは、咲良から受け取った「佐藤代表としての声明文」を大切に鞄にしまい、充実した表情で帰路につきました。


咲良の「知恵」と、佐藤家の「誠実な協力」。この奇妙で温かい共同経営が、VTuber界を根底から変えようとしていました。

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