プロローグ:99歳から15歳へ - 神様の贈り物とvtuberとの出会い
病院のベッドに横たわる花村咲子は、99年という長い人生を静かに振り返っていた。
「長い人生だったわ...」
外交官として世界各国を駆け回った日々。夫の隆志と過ごした幸せな時間。
戦争の混乱も、平和な時代も、すべてを経験してきた。十分に生き抜いた。
そう思いながら、咲子はゆっくりと目を閉じた。
「ありがとう、神様...」
意識が遠のいていく。走馬灯のように人生の記憶が蘇る。充実した99年への感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。そして、静寂。
「あら...?」
気がつくと、咲子は明るい光の中で目を覚ましていた。
体が妙に軽い。手を上げてみると、しわしわだったはずの手が、まるで少女のようにすべすべになっている。
「これは...夢?」
慌てて起き上がり、近くの鏡を見た瞬間、咲子は絶句した。
鏡に映っているのは、15歳くらいの美しい少女だった。黒髪、大きな瞳、張りのある肌。間違いなく自分の顔だが、70年以上も前の姿だった。
「嘘でしょう...私の体じゃない!」
慌てて自分の体を確認する。どこからどう見ても15歳の少女の体だった。でも記憶は99年分、すべてそのまま残っている。
「神様...これは一体...」
病院の医師たちも困惑していた。血液検査、DNA検査、あらゆる検査をしても、間違いなく花村咲子本人だった。
「医学的にありえません」
白衣の医師が何度もそう言った。
「奇跡としか言えない現象です」
別の医師も首を振る。
「でも検査結果に間違いはありません。あなたは確かに花村咲子さんご本人です」
咲子は混乱していた。99歳だった自分が、なぜ15歳になっているのか。これは夢なのか、それとも神様のいたずらなのか。
「これは神様からの贈り物なのかしら...」
そう呟いた時、咲子はある変化に気づいた。頭の中が異様にクリアになっている。昔忘れていた細かい記憶まで、鮮明に思い出せるのだ。
「あら、不思議ね...」
咲子は自分の変化に驚いていた。まるで本当の15歳のようだ。以前なら忘れがちだった戦時中の細かい出来事や、外交官時代の会議の内容まで、まるで昨日のことのように思い出せる。
「昔忘れてたことまで思い出せるわ」
さらに驚いたのは語学力だった。外交官時代に覚えた12カ国語が、以前よりもずっと流暢に話せるようになっている。
「English, Français, Deutsch, 中文, 한국어, Русский, Español, Italiano...」
次々と各国の言葉が口から出てくる。発音も完璧だ。
「英語もフランス語も、前より流暢に話せるわ」
戸籍の整理に半年かかった。
外交官時代の伝手を使い、法的には「花村家の遠縁」として書類を通した。名目上の後見人は、隣家の佐藤家が引き受けてくれた。
隣の佐藤家には、娘がいた。佐藤みゆ。当時、高校二年生。茶色いボブカットで、よく笑う子だったが、どこか慌て者の匂いがした。
頼んでもいないのに引越し作業を手伝いに来て、段ボール箱を誤った部屋に運びながら、みゆは言った。
「咲子さんって、なんか落ち着いてますよね。あんな目に遭ったのに」
「九十九歳まで生きると、驚くことがなくなるのよ」
「九十九歳……」みゆは段ボールを床に置いて、首を傾けた。「信じてはいるんですけど、どう見ても同い年くらいなのに」
「あなたが信じてくれれば、それで十分です」
みゆは少し黙ってから、「じゃあ、今の時代で何ができるんですか?」と聞いた。
咲子は十二ヶ国語と外交術と老人ホームで磨いた麻雀の腕を思い浮かべてから答えた。
「それを、これから探そうと思っているの」
せっかく神様が若返らせてくれたんだから、何か新しいことをしてみたいわ」
咲子は考えた。豊富な人生経験を活かして、人の役に立ちたい。でも問題があった。
「99歳が15歳になったなんて話したら、きっと誰も信じない」
直接人と会うのは危険だった。正体がバレたら大変なことになる。
「誰にも直接会わずに、たくさんの人と話せる方法はないかしら...」
そんな時、インターネットで不思議な動画を見つけた。画面の中で可愛いアニメの女の子が楽しそうに話している。
「これは何?画面の中の可愛い子が話してるわ」
コメント欄には「VTuberの○○ちゃん可愛い!」「今日も配信ありがとう!」といった書き込みがたくさんあった。
「ブイチューバー?何それ?カタカナばかりでわからないわ」
咲子が首をかしげていると、隣に住む高校生のみゆちゃんが遊びに来た。
隣の佐藤家は事情を知る唯一の家族である。
「咲子ちゃん、何見てるの?」
「みゆちゃん、この『ブイチューバー』って何なの?」
「あー、VTuberね!」みゆちゃんが目を輝かせた。
「バーチャルなユーチューバーのことだよ〜」
「バーチャル?ユーチューバー?」
「えっと、つまりね...」みゆちゃんは一生懸命説明し始めた。
「コンピューターで作ったキャラクターを使って、動画配信する人たちのことなの。顔を出さないで、アニメのキャラクターとして活動するんだよ〜」
咲子の目が輝いた。
「それなら顔を見せずに多くの人と話せるじゃない!」
「そうそう!咲子ちゃんも興味あるの?」
「とても興味があるわ。これなら私の正体がバレることなく、たくさんの人と交流できる」
咲子の心は決まった。VTuberになろう。99年の人生経験を活かして、悩んでいる人たちの力になりたい。
「でも、どうやって始めるの?」
「うーん、まずは3Dモデリングとか、配信ソフトとか、動画編集とか...」みゆちゃんが指を折りながら数える。「覚えることがいっぱいあるよ〜」
「大変そうね。でも、やってみるわ」
咲子は決意を固めた。外交官時代、新しい技術や文化をすぐに覚えるのが得意だった。きっと今度も大丈夫だろう。
「みゆちゃん、お願いがあるの。VTuberになる方法を教えてもらえる?」
「もちろん!咲子ちゃんがVTuberになったら、きっと人気者になるよ〜」
それから咲子の猛勉強が始まった。
まずは3Dモデリングソフトの使い方から。最初は「これはどのボタンを押すの?」と戸惑ったが、持ち前の学習能力で徐々にコツを掴んでいく。
「昔取った杵柄で、新しいことを覚えるのは得意なの」
外交官時代も、新しい技術や文化をすぐに覚えて現地の人々と交流していた。その経験が活きている。
「咲子ちゃん、覚えるの早すぎ!」みゆちゃんが驚く。
「私より上手になってるよ〜」
次は配信ソフトの使い方。OBSの設定、音声の調整、画面の切り替え。専門用語だらけで最初は混乱したが、99歳の知恵と15歳の適応力で、どんどん覚えていく。
「外交官時代も新しい技術をすぐ覚えたものね」
動画編集も同様だった。カット、エフェクト、音楽の挿入。細かい作業だが、集中力は衰えていない。
そして最も難しかったのが、現代の若者言葉のマスターだった。
「やばたにえん?これでいいの?」
「うーん、ちょっと古いかも」みゆちゃんが苦笑い。
「今は『エモい』とか『尊い』とか使うよ〜」
「エモい...尊い...」咲子は真面目にメモを取る。
「若い子の言葉は難しいわね」
3年という月日が流れた。この間、咲子は毎日のように勉強と練習を続けた。技術的なスキルは完璧にマスターし、現代の流行も一通り把握した。
「ついにデビューの準備が整ったわね」
みゆちゃんも感慨深げだった。
「咲子ちゃん、この3年間本当にすごかったよ〜。きっと素敵なVTuberになるよ」
「ありがとう、みゆちゃん。あなたのおかげよ」
いよいよVTuberとしてのデビューが近づいてきた。




