第1話 予兆
今回より本編になります!
やりたかったバトルシーンも盛り込んでいますので、異能者バトルが好きな方も、ファンタジー好きな方も、お楽しみください!
また「想いの強さが大きな力になる。異能バトル&現代風ファンタジー」を後々に明かされていく当面のキャッチコピーとして掲げ、更新して行きたいと思いますので、気になった方はブクマお願いします。
八神風賀がリゼティアを離れてから、一年が経っていた。
その間に英エレナ(はなぶさ・えれな)は、七ツ星市内にある七ツ星学園の高等部へ進学した。
高校生になった彼女は、少し普通とは違う学生生活を送っている。
法により、高校入学のタイミングで受けることを義務付けられている「遺伝子能力検査」。
対妖魔組織であり、検査機関でもあるリザイヤから彼女に届いた封書には、彼女の運命を決定づける文字が記されていた。
「能力者適性、A級」
遺伝子能力検査は、能力者としての資質をどれだけ持っているかを測る制度で、判定はA級からD級までの四段階に分けられており、そのうち、C級以上と判定された者だけが、リザイヤへの入所を許可される。
C級以上は、十万人に一人。
さらにA級ともなれば、年に多くても数人しか現れない。
けれど今の彼女は、まだ見習い扱い。
授業が終われば、放課後は七ツ星市郊外の訓練場へ。
仲間たちとともに、妖魔との戦い方についての基礎を叩き込まれる毎日だ。
そんな忙しい日々の中でも、心が落ち着く時間がある。
それは、同じくリザイヤの見習いであり、旧知の親友・黒須ナユタ(くろす・なゆた)と過ごすひとときだった。
* * *
放課後の喫茶店。
アンティーク雑貨がセンス良く配置されたお洒落な内装の店内には、軽快なジャズが流れており、香り高い紅茶の湯気がゆらめく、窓際の席でエレナとナユタはいつものように談笑していた。
「それでさー、あの告白シーンのアリスちゃんの表情が、もぉ~!可愛くってさー!」
エレナが身を乗り出して語る。
「ふふっ、そこはわたくしも同感ですわ」
ナユタが微笑みながら、上品にカップを傾けた。
淡い空色の髪は、後ろで大ぶりの赤いヘアクリップによってくるりんとしたアップスタイルにまとめられている。絹のように滑らかな声と、落ち着いた所作。
まさに社長令嬢そのものだが、エレナにとっては気兼ねなく笑い合える、かけがえのない親友だった。
「ねぇ、ナユタはどっち派?アリス×レン?それともっ!」
「……そうですわね」
ナユタが少し視線を伏せる。
そして、トーンを落とした声で切り出した。
「ところで、エレナ。……最近、街でおかしな事件が多すぎると思いませんこと?」
「事件?」
「ええ。各地での失踪事件の多発、農作物食害の急増、人間とも妖魔ともつかない変死体……。どれもリザイヤの情報網では“妖魔絡み”と見られていますの」
エレナの表情が一瞬で引き締まる。
「……それ、訓練生には知らされてない話だよね?」
「ええ。あくまで、わたくしの独自調査ですけれど」
二人の間に沈黙が落ちる。
BGMがやけに遠く聞こえた。
「……だっ、大丈夫だよ!わたし達、A判定であのリザイヤに入ったんだよ?妖魔なんか来たって、楽勝、楽勝!」
エレナが明るい声で笑うとナユタは、
「ふふ、そうですわね。でも……気をつけなさいませ、エレナ」
と苦笑してカップを置いた。
* * *
喫茶店を出ると、夕暮れの空がオレンジ色に染まっていた。
春の風が二人の髪を揺らし、街路樹の影が長く伸びていく。
「今日は風が気持ちいいですわね」
ナユタが淡い空色の髪を軽く押さえながら言った。
「そうだね。この平和をわたし達が守っていかないとね」
エレナが笑顔で返した。
いつもと変わらない、穏やかな放課後の一コマだった。
帰り道をしばらく二人で歩いていると、
エレナ突然立ち止まり、口に手を当てた。
「あっ……宿題のプリント、学校に置きっぱなしだった!」
「またですの?エレナは、本当にそそっかしいですわね」
ナユタが小さくため息をつく。
「すぐ取ってくる!先に帰ってて!」
エレナは、薄紅のポニーテールを揺らしながら軽やかに駆け出した。
***
学校近くの森林公園に差し掛かったとき――
「キャアアアアッ!!」
女性の悲鳴が響いた。
「まさか……妖魔っ!?」
エレナは駆け足で公園の奥へ。
広場に出ると、倒れた女性を囲むようにゴブリン型の妖魔が六体——
「助けなきゃ!」
エレナが右手を掲げる。
「いっけぇ!『アレグロ・スラッシュ』!!」
すると、掌の上から五本の光の刃が放たれ
妖魔を貫き、二体が絶命。
残る四体のうち、二体が怒りの咆哮を上げて飛びかかってくる。
「負けないっ!」
再び光の刃を放ち、二体も消し飛んだ。
「これで最後っ……!」
残る二体に狙いを定めた、その瞬間——
「いない……!?」
一体の姿が消えていた。
背後から息を呑むような気配。
「ギヒャァァァァッ!!」
振り返るより早く、妖魔の断末魔が響いた。
「……危なっかしいですわね、まったく」
柔らかな声が背後から届く。
そこには、倒れ伏す妖魔と、黒須ナユタの姿があった。
「ナユタ!」
「喫茶店へ向かう途中、この辺りで邪悪な気配を感じまして……心配でしたので、こっそりと後を追ってきましたの」
ナユタが微笑む。
「キッ…キィィィィッ!」
二人の強さに恐れ慄いた残り一体のゴブリンが公園の奥へと逃走すると、エレナは胸をなで下ろし倒れている女性のもとへ駆け寄った。
「……大丈夫。気絶してるだけ、息はある!」
「エレナ!何か来ますわ!!」
ナユタの声と同時に、轟音。
森の奥から、黒い瘴気を纏う異形の影が姿を現した。
二メートルを超える巨体。狼のような口と耳、不揃いな三つの目。
それは、これまで見たどの妖魔よりも凶悪な気配を放っていた。
「ゴブリン共は失敗したか……役立たずが」
低く響く声が地面を震わせる。
「エレナ!早く女性を安全な茂みへ…!」
と、次の瞬間、三つ目の妖魔がナユタめがけて突進した——
「来ましたわ『ディレイ・ゾーン』!」
ナユタは妖魔の拳をヒラリとかわす。
次の瞬間――
「グォォッ!?」
「掛かりましたわね」
妖魔が飛び込んできたタイミングでエネルギー弾が遅延発生し、妖魔の顔面へ炸裂。
そこにエレナも参戦する。
「わたしもっ!それっ!『アレグロ・スラッシュ』!!」
「グワァッ…!」
エレナの放った光の刃が命中し、妖魔がよろめく。
すると、ナユタが間髪入れずに、
「追い討ちですわ!『リバース・セクタ』!」
「ゴワァァッ…!!」
先程、エレナが命中させた光の刃が3秒ほど巻き戻り、同じ箇所に再度命中。妖魔は追撃のダメージが効いて、よろめく。さらに、続けざまに光の刃を放つエレナ。
「これでとどめぇっ!」
二人は勝利を確信した。だが——
「クッソォォ!!」
妖魔が鋭い視線を向けた瞬間、光の刃の軌道が反転。
「えっ!?」
迫ってくる光に、エレナは息を呑んだ。
放ったはずの刃が、今度は自分を狙っている――
同時に、妖魔がエレナ目がけて全力で突進した。
「まずい!『クロノ・ウォール』!!」
ナユタが急いでエレナに駆け寄り、結界を展開し光の刃を消滅させる。
だがその直後――
「キャアアアッ!」
妖魔のタックルが直撃。エレナは弾き飛ばされ地面を転がった。
さらに妖魔はナユタの背後に回り込み、羽交い締めにした。
「がはっ!……離しなさいなっ……!」
ナユタが叫ぶと、妖魔が息切れしながら呟く。
「ハァハァ…一か八かの賭けだったんだが……案外簡単に捕まって、拍子抜けしたぜ…へへへ」
「ナユタっ!!」
「おっと、動くんじゃねえ!!」
エレナがすぐに起き上がり、反撃の体勢を取りながら叫ぶが、
それを掻き消すような声で妖魔が牽制した。
エレナが反撃してこないと読むと、妖魔はナユタを見ながら言った。
「ハハハッ!こいつは、育ちが良さそうな娘だな。売り飛ばせば、暫くは働かなくて済みそうだ…」
ナユタの必死な抵抗を嘲笑いながら、妖魔は言葉を続けた。
「どうした?さっきのリバ…なんとやらは打ってこないのか?もう、打ち止めだったりしてな…ガハハ」
「………………」
考えを見透かされたからなのか、ナユタは徐々に抵抗を止めた。
すると、妖魔がエレナに向けて言った。
「赤いの、取引しよう。今ここを去れば命は助けてやる。だが……逆らえば、この娘の首をへし折る!」
エレナの喉が震えた。
どちらを選んでも、ナユタを失う。
沈黙。
風がざわめく。
「……そろそろ決めてもらおうか。立ち去るのか!抗うのか!」
その時――
「ドォォォン!!」
銃声が園内に響いた。
妖魔の上の目が撃ち抜かれ、苦痛の悲鳴を上げる。
「グワァァァッ、めっ……目がぁぁぁっ!」
妖魔が怯んだ隙にナユタは脱出し、エレナに駆け寄る。
同時に、白い軍服の裾を翻しながら、女性が音もなく駆け込んできた。
「エレナ、ナユタ!よく持ちこたえた!あとは私に任せろ!」
リザイヤ所属、エレナ達の教育係・若宮一吹。
陽光を反射する白の制帽、整えられた黒いセミロングヘアに凛々しい瞳。
腰には二振りの刀を携え、その姿はまさに歴戦の勇士そのものだった。
「若宮先輩っ!」
エレナ達が安堵の表情を浮かべたのとは対象的に、妖魔は心中穏やかではなかった。
「おのれっ……!目を…撃ちやがったな!予定変更だ、まずはお前から…」
「貴様が、人身売買を繰り返していた三つ目の妖魔か。……屑が」
冷たい声。
だがその奥には、怒りが滲んでいた。
「うるさいっ!!死ねぇぇぇぇっ!!」
怒り狂った妖魔が猛突進する。
「――散れ」
「ザシュッ!!ズババッ!!」
一吹の刀が、閃光のように走った。
風が一度、止まる。
次の瞬間——
「……っ!」
エレナは息を呑んだ。
さっきまで威勢よく暴れていた妖魔が、静かに地面に崩れ落ちた。
「が……ふ……!こんな……ことなら……転売でも……やってりゃ……」
最後の言葉を残し、妖魔は動かなくなった。
一吹は刀を納め、エレナ達に視線を向けた。
「女性がゴブリンに襲われていると通報が入った。駆けつけてみたら、君たちがこいつと戦っていた。事情は察したよ」
「若宮先輩……ありがとうございます!本当に、もうダメかと……」
「助けて頂き、感謝いたしますわ」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ」
一吹は首を横に振り、続けた。
「君たちは、まだ見習いでありながら身の危険も顧みず、女性をゴブリンから守ってくれただろ?おそらく、君たちが駆けつけなかったらその女性は売られていた。三つ目を倒すチャンスも逃していただろう」
「これは君たちの手柄だ。誇ってくれ、君たちは立派な妖魔スレイヤーだ」
その言葉に、エレナ達の胸が熱くなった。
リザイヤの一員として認められた喜び。
そして――
「せっかく授かったこの力で、これからも人々の暮らしを守っていくんだ」
心の中で、静かにそう誓った。
夕暮れの風が、二人の髪をやさしく撫でていた。




