第六話
数ヶ月後。
個展が終わったタイミングでジェフは私に結婚の申し込みをしてきた。
王家の印がおされた手紙が送られてきたのだ。
そこには私への想いがたくさん綴られ、最後に
「どうか僕と結婚して欲しい」
と書かれていた。
驚くと同時に嬉しさが込み上げてくる。
ジェフとの結婚。
考えるまでもない。
私はすぐに承諾の返事を書いた。
すると、いつものようにステファニーがやってきた。
「いいなぁ、お姉様。王太子殿下と結婚だなんて」
「私もびっくりよ」
「これからは王太子妃ね」
「そうね」
「ねえ、お姉様。お願いがあるんだけど」
「なに?」
「レオナルド様はお返しするから王太子殿下を私にくださらない?」
「は?」
厚顔無恥とはこのことを言うのだろう。
あれだけ強引に私の婚約者を奪っておきながら、ジェフが現れたとたんにお返しするだなんて。
「何を言ってるの? 無理よ。ジェフは直接私に手紙を書いてきたんだから」
「私に譲るって言えばいいじゃない。お姉様よりも私の方が綺麗で可愛いんだし、王太子殿下ならきっと喜んでくれるはずよ」
ジェフのことだ。
ステファニーと会話したら、数分で嫌になるに違いない。
私は何も答えず、ステファニーに言った。
「それよりもレオナルド様との婚約パーティーの準備はいいの? もうじきでしょう?」
「レオナルド様はお姉様に返すから、どうだっていいわ」
さすがにこの妹をハウエル家に嫁がせるのは申し訳ないなと思い始めてきた。
あれだけ嬉しそうにしていたのに、今ではまったく興味を失っている。
「ねえステファニー、さすがにレオナルド様が可哀想よ」
「どうして? レオナルド様はお姉様と一緒になるんだからいいじゃない」
ステファニーの中ではもう決定事項らしい。
「だから私はジェフと……」
言いかけたとき、いつものように母がやってきた。
「ステファニー、どうしたの?」
「お母様、私、王太子殿下と結婚したい! レオナルド様はお姉様にお返しするから」
「あら。あれほどレオナルド様と結婚したいって言ってたじゃない」
「だって公爵夫人よりもお妃様のほうがいいもの! ね? ね? いいでしょ?」
「困ったわねえ」
母はそう言って私に顔を向けた。
ニヤリと笑うその顔はまったく困っていない。
「ねえ、メアリー。ステファニーがこう言ってるんだし、譲ってあげてくれない?」
「お母様、レオナルド様の時も言いましたけど、どうして私に来た縁談を妹に譲らなきゃいけないの?」
「お姉ちゃんなんだから仕方ないじゃない」
「レオナルド様の婚約パーティーも、ステファニーの名前で手紙を出してるのよ? いまさら無理よ」
そう言うと母は驚いた顔で私を責め始めた。
「まあ! なんてこと! メアリー、あなたステファニーの名前を勝手に使って手紙を出したの!?」
「それはお母様が書けとおっしゃったから……」
「私がそんなこと言うわけないじゃない。ほんと非常識な子! 信じられないわ!」
ステファニーは不安そうな顔で母に尋ねる。
「お母様、私、レオナルド様と結婚しなきゃいけないの?」
「メアリーがステファニーの名前で手紙を出しちゃったから、断るのは難しいわね」
「嫌! 絶対嫌! レオナルド様はお姉様に譲る!」
「ああ、可哀想なステファニー。大丈夫、手紙はメアリーが勝手に書いたことにしてあげるわ」
結局、母もステファニーもレオナルド様との婚約を私に押しつけるという見解で一致したようだ。
私はため息をついた。
「それじゃあ、お母様。それにステファニー。レオナルド様との婚約は破棄ということでいいのね?」
「破棄じゃないわ、あなたが結婚するのよ」
「私はジェフと結婚するから無理よ」
「だからそれはステファニーが……」
いい加減、私も頭にきた。
「ねえ、お母様。ジェフはこの国の王子様よ? そのジェフが私に結婚の申し込みをしてくださったのよ? いわば王命だわ。それに逆らうの?」
「そ、それは……」
王命という言葉に、さすがの母もたじろいだ。
王族の命令は絶対だ。
いくら可愛いステファニーの頼みとあっても逆らえない。
無論、私が断ればいいだけだが、あのジェフがステファニーと婚約するとは到底思えない。
「それに、さっきからレオナルド様を下に見てるような発言ばかりなさってるけど、あの方だって公爵様よ? このアソード家よりも遥か格上の大貴族なんだから発言には気をつけて」
「メアリー、あなたって子は……!」
母の顔が赤く染まる。
でも私も我慢の限界だった。
いつもいつも妹に振り回されて、父や母にバカにされて、すべて我慢してきた。
もううんざりだ。
「ステファニーの足下にも及ばないくせに、一人前に私に意見する気!?」
「ステファニーの足下にも及ばないですって? お母様、誰に向かってそんな口を利いてらっしゃるのかしら。私はもうアソード家のメアリーじゃないわ。将来の王太子妃よ。そこのところ、よく覚えておいてくださいね」
「……!!」
私の言葉の真意がわかったのだろう。
母はそれ以上反論してこなかった。
私が嫁いで王家と繋がりができようが、私の不興を買えば家ごと取り潰しになる可能性がある。
冷遇されてきた娘が王族になった途端、親族すべてを国外追放にしたという話は山ほどあるのだ。
「お母様、お姉様は何を言ってるの?」
ステファニーが問いかけると母は怒りの矛先をステファニーに向けた。
「お黙り、ステファニー!」
「お、お母様……?」
変わり身の早さはさすがと言うべきか。
「あなたは黙ってなさい!」
母はそう言うと、一気に人が変わったかのように私に接してきた。
「ね、ねえ、メアリー。まさか本気にしてたわけじゃないでしょう? 全部冗談よ、冗談。メアリーが可愛くてついからかってしまったの。許してちょうだい」
「お母様? 何をおっしゃっているの? レオナルド様はお姉様が……」
「だからお黙りと言ってるでしょう、ステファニー! あなたがレオナルド様と結婚したいと言ったのよ? それを心の広いメアリーが譲ってくれたのに、いまさらわがままを言うんじゃありません!」
「お、お母様……」
ステファニーがブルブル震えているのがよくわかる。
私自身、ここまで母が豹変するとは思ってもみなかった。
「それよりもレオナルド様との婚約パーティーの準備はどうなってるの? ちゃんと出席される方々の名前は覚えているんでしょうね」
「だってそれはレオナルド様が代わって対応してくれるから……」
「何を言ってるのステファニー! レオナルド様の代わりを務めるのがあなたの役割でしょう! 公爵夫人となるなら出席される方々のお名前くらい全員把握しておきなさい!」
あえて私の前でステファニーを叱りつけている母は、まるで私に許しを乞うているようだった。
今まで叱られたことのないステファニーは、泣き顔で母に言った。
「お母様、大声を出さないで……。怖いわ……」
「誰のせいで怒っていると思っているの! ほら、今から出席される方々のお名前を覚えるわよ」
母はそう言ってステファニーを引っ張ってどこかへ行ってしまった。
驚いた。
まさかあそこまで人が変わるなんて。
思いもしなかった逆転現象に、私はすっかり拍子抜けしてしまったのだった。




